悪夢の始まり


   1


 7月の夏……

 僕の学校はキャンプへ行くことになった。

 うちのクラスは、夏という事で行き先は海と決まった。

 皆は、後に思い出になるだろうあのキャンプを心から楽しみにしていた。

 それなのに――


「みんな……残念だが夜7時からのボートクルージングは中止になった」


「えー!?」

 楽しみにしていたイベント。 ボートクルージングが急に中止になったのを聞かされて、皆は思わず叫んでしまった。

 当然、叫んでいないクラスメイトもいたけど、やっぱり残念そうな顔をしていた。 もちろん僕もショックだったし、とても残念だった。

「なんでですか!」 「こんなにいい天気だぜ」 「中止なんて聞いてません!」

 と、皆は納得がいかなかったようで次々とブーイングの声をあげていた。

僕はあの時戸惑っていた。 ほとんどの生徒があんなことを一度に言い出すから、結構な音量で夜の砂浜に響いていた。 それはまるで、結婚式の途中で工事の音が鳴っているかのようだった。

「あ……ごめんな。今日午後から嵐が来るって予報があったんだ。万一の事があったらあれだからな。

 残念だが、中止にする事に決まったんだ……」

「そんなの納得できません!」 「予報なんて当たる訳ねえよ!」 「こんなに晴れてんだ。絶対嵐にはならないね!」 「私もそう思います! ボートクルージングに行きたいです!」

 生徒達のブーイングはエスカレートし、生徒達は怒り、叫び、泣き出す始末。

 あの時、僕は少し迷っていたんだ。 本当はみんなを止めなきゃいけなかったんだ。先生も困っていたし、もし嵐になったら僕たちは元より、先生でさえどうしようもなくなるだろう。 だから本当は皆を止めるべきだったんだ。

 「嵐になったらどうするの、やめておこうよ」。と。

 普通のみんななら常識の目線からちゃんと物を言えるはずなのに、あの時の皆はモラルも節操もなかった。 そして僕も、心の中でボートクルージングへ行きたいと思っていたんだ。だから――あの時何も言えなかったんだ。

「あーもう、分かった!行くか!」

 みんなのブーイングに嫌気がさしたのか、呆れたように先生はボートクルージングを許可した。 先生はあんな事を言ったが、本当は行かせたくなかったのだろう。あのとき、先生はとても後悔したような顔をしていたから。

 本当にあの時、皆を止めていたらあんな事にはならなかったのにと今では後悔している。

 もしあの時選択を変えていたら、こんな運命は起こらなかったのだから――。


   2


 そして午後七時。

 皆、2年3組の43人を乗せた複数のボートは出発した、だが。

 一時間後、 船は沖を越え、陸地から結構離れた頃――


 突然、風が強くなった。


 豪雨になり、風が強く船を叩きつけた。 教師、槇村まきむら松司しょうじが言った通り、嵐が訪れたのだ。

「凄い風だ!」「いやああああああ、怖いよおおおおおおおおおお!」「だから言ったじゃないかっ!」「まさか、本当に嵐になるっ、なんてっ……!」「助けてお母さーーーーーん!」

 嵐は激しさを増し、船は完全に難破してしまった。

 皆の楽しさを見せていた笑顔は既に消え去り、いま残っている顔は恐怖と涙の入り混じった顔であった。 強風と豪雨の中、船のボディは傷つき、窓が割れ、床には罅が入った。

 暫く時間が経った後も、その嵐は止む事をやめず、ただただ荒れ狂い吹き咽び、轟音を立てながら容赦なく44の命と一つの船に脅威を振るい続けていた。

 生徒42人と教師1人、それと操縦士数人を乗せた船は真夜中もずっと風に打たれ続けていた。

 そして、無人島らしき所の浜辺に船がぶつかった瞬間、いくつもあった船は、その全てが例外なしに物の見事にばらばらに砕け散り、生徒達は浜辺に叩き付けられ、そのまま気絶してしまった。

 結局、どうやら息はあるものの、誰ひとりとして起き上がるものはいなかった。

 そしてこれが3組42人の3日間にわたる悪夢の幕開けとなった――

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