四季の宿(家庭用)

黒河満

第1話 腰痛とリウマチに効く青い粉

 「『白い箱 浸る老体 プレ湯潅』 ははは!」

弱々しくははは・・・と続く中、風呂場のタイルに反響する声に老いを感じて切ない。

 俺はもう81だ。いつお迎えが来ても不思議じゃあない。妻はもういない。子供と孫は東京に行ってしまい、この田舎にはこの男独りぼっちだ。

 ウン十年分の労働でできたちっぽけな貯金と年金の許す限り、俺は好き勝手に生きていた。安い酒だが毎日好きな肴で晩酌もできる。昼間は畑に出て草を刈ったり、疲れたら昼寝をするだけの悠々自適な生活だ。

 近頃、都会の若者が俺のような暮らしを求め、この田舎に何人かやってきた。が、どいつも長続きしなかった。なめるなよ、これは「大人」の遊びなんだよ。若僧に分かってたまるものか。


 そういえば、何かを忘れている気がする。ああ、入浴剤を入れるのを忘れていた。浸かる湯を両手に掬い、顔の上半分をゴシゴシとこする。枯れた肌とは違い、眉毛は未だに水分を弾いた。

 脱衣所の洗面台の下を覗き込む。流石に腰が鈍いがこの程度で痛むほどではないぞ。

「よし・・・あった」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「四季の宿」

ほっこり、安らぎ、和らぎ♨

別府、下呂、草津、登別の四種類の四季を集めて、あなたを癒します・・・



 「効能:腰痛、リウマチ、にきび、関節痛・・・ね」

 俺はこのタイプの入浴剤が大好きだ。昔妻や子供たちと行った名湯の思い出が蘇るようだ。なんとなく「草津」を手に取って袋をちぎる。おお、おお、青緑。素晴らしい。日々の疲れを癒そうとするその懸命さよ、おお。この製造元に感謝。

 ・・・ん?この製造元、近いじゃないか。なおさら良い。

―どうやら製造している工場は男の住む地域の隣町に存在しているようだった。


 「腰痛とぉ~~~~リウマチに効くゥ~~~青い粉ァ~~~」

腰にタオルを巻いたまま扇風機の前に立つ。タオルがパタパタと靡く。

 あまりに気持ちがよかったのでその場でツイストを踏む。あの頃に比べると随分とへたくそになったものだ。と、その時にステップが止まる。ぐにゃり。

 「なんだぁ?」足元を見ると新聞から飛び出た求人広告のチラシであった。チラシが随分と溜まっているのを思い出し、明日はコイツらを台所に敷いて天ぷらを揚げるかと考えたところにふと目につく文字があった。

 「足代製薬・・・ん?なんだか既視感があるような。この住所、あっ」

足代(あじろ)製薬。先ほどの入浴剤の製造元であった。製薬会社にしては清潔感のない名前だと笑ったので覚えていた。この偶然に感謝。

 

 そして俺はとんでもないことを考え出していた。

「今度は俺が浮かばせる番だ。」スパイのように寝間着に早着替えをした俺は、颯爽と床についた。

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四季の宿(家庭用) 黒河満 @samidarefast

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