第22話 人造聖剣

 聖剣。

 スレイの元いた世界では、神や妖精などに鍛えられた剣は、聖なる力を宿し、ある時は神話の怪物を、またある時は国の危機を救うため英雄の手で振るわれ、数多くの神話や伝説として名を刻んできた。

 神話の神の持つ剣は、力の象徴として。英雄が持つ聖剣は、勝利の象徴としての意味を持ち、当然この世界の聖剣もそれに倣うような伝説を秘めた代物。


「人造聖剣?王国に伝わる聖剣なら幾つかいるが…そのうちの1本ということは、人造聖剣という存在が複数あるということになるよな」


 この世界でも同様に聖剣は存在している。

 最初の聖剣と呼ばれる存在は、最初の異世界人を気に入った精霊の王が彼に託した1本の剣が始まりと言われている。


 かつて、異世界人の英雄が国同士の争いを納め、魔物の脅威から民を守る為に振るった聖剣。

 切れ味の落とさず、刃こぼれもしない刀身。異界の人間が持つ多大な魔素を込めて振るうことで、眩い閃光を放ち、害悪を消滅させる究極の兵装。

 これを振るうことで、召喚された異世界人は、真の意味で力を発揮することができるとまで言われている。


「話は、初代の異世界人が精霊の国と呼ばれる場所で譲り受けた聖剣が、数多の戦いの末に砕けてしまった事に遡ります」


「となると…まだ、王国が誕生した頃になるのか?」


「大体そのくらいになるのですよ!まだ、戦乱の時代になるのです」


 スレイの疑問にエルは、素早く回答するとリーザロッテに笑顔を向ける。

 妹の態度に苦笑しながら、リーザロッテは人造聖剣の誕生についての話を進めていく。


「砕けた聖剣の破片を新たな剣に埋め込むことで、この世界の人間でも聖剣の力を振るえる剣を作ろうとして、王国で生まれた品だそうです。……剣としては、空間や対象の魔素を喰らうことで、実体を持たない魔物ですら容易に切断できる聖剣の名に相応しい力を持っているのですが…」


 一旦言葉を詰まらせたリーゼロッテは、微妙な表情を見せる。


 スレイは、彼女の態度でこの剣の結末を察しながら箱を眺める。

 刻印魔術などで厳重に保管された状態それを見れば、どういう扱いなのか嫌でも分かってしまう。


「それは、担い手も例外ではありません。…剣として完成するまで数多の職人の命を奪って、ようやく完成に漕ぎ着けました」


「完成後も多くの使い手の命も奪い続け、人造聖剣はやがて魔剣として扱われるようになりました。それが、人造聖剣と呼ばれる剣の真実になります」


「壊れた聖剣ってところか…」


「結果として、職人も命を落としたことで製造法も失われ、厳重に封印処理が施されていた代物ですし、壊れた聖剣という認識も間違いないかもしれないですね」


 早い話が、オーバーテクノロジーなどと呼ばれる代物。

 聖剣を砕いて作ったら、元の剣にあった制御魔法が破損して、誰も扱えなくなっただけじゃないかと心の中で呟く。


 スレイの中で、担い手の魔素を喰らうなら、担い手が聖剣と同じように壊れていれば、あるいは…という考えが過ぎるが、一旦その考えは置いておく事にした。


「なんというか…よくそこまでして作ろうとしたな?」


「その当時は、今の王国の象徴とも呼べる召喚陣などが、まだなかった時代だった為、止むを得ず取られた苦肉の策だったらしいですよ」


 そういいながらリーザロッテは、部屋の隅に置かれた木箱に視線を移す。

 察するにそんな物騒な代物をこの隔離場所に保管しているのだろう。下手に引き抜きでもすれば、結界に傷でも入れかねない代物。


 それはそれで、大丈夫なのかとスレイは問いかけるが、


「木箱の中に魔術処理を行った布で包み込んで、本来の機能を阻害する処理をしているので、大丈夫ですよ。この部屋にある人造聖剣は、鞘に収めている限りは、安全に取り扱える代物なので問題ありません」


「大丈夫ですって言われても…そんな物騒な剣が部屋の隅に保管されてるのは、思うところがあるわね」


「まぁ、その遺失物もとい人造聖剣が、どんなものかは分かった。問題は、えっと…エル、ちゃん?の症状の進行具合だな」


「結界で抑えていても呪いの進行速度を抑えるのが精一杯です。たまたま巡礼中の聖人指定執行者が立ち寄ってくれる手筈になっていますが…」


 聖人指定の執行者。

 彼らは、王国の首都に総本山を持つ教会に所属している特異な力を持った人間。


 魔素に由来しない特異な力を持って生まれてきた彼らは、協会の総本山から各地に派遣され、魔に飲まれた村を実力を行使して、救済することが主な目的。

 また、異能を持って生まれたきた子供たちを保護、救済することも彼らの努めである。


「間に合わないってことだな?」


「現状のままが続くとエルの身が持ちません。術式で抑えていても、悪夢が身体や精神に与え続ける負担がないわけじゃないので…」


「でも、おねえちゃんのお陰で、起きてる間に幻覚を見ないだけ他の患者さんよりずっとマシです…」


 曇った顔で俯く姉妹の姿にスレイは、決意を込めた瞳でエリナに向ける。

 それは、関わってしまった時点でエリナも予想していたスレイの瞳。何を言っても聞き入れそうにない態度に嘆息する。


「エリナ、やれるか?」


「やれるか?じゃないでしょー。まったく、もう…エルの悪夢に潜り込んで術者にカウンターしかけるつもりなんでしょう?」


 エリナは、文句を言いながらも自身のバックから刻印の刻まれた魔石を取り出して机の上に並べていく。


「悪いな。ちょうど良さげな物もあるし、あれを使えば多分なんとかなるだろう」


 スレイは、部屋の隅の小箱に親指で指を刺す。

 その先にあるのは、件の人造聖剣。


 人造聖剣のデメリットは、担い手の魔素も吸い尽くすという点であるが、魔素の放出や受け取る器官がほぼ壊れているスレイにとっては、精々よく斬れる剣でしかない。


「多分、スレイなら人造聖剣のデメリットも気にせずにその剣を扱えるんだろうけど、彼女の夢の中でその武器が使える保証はないのよ」


「あー…多分、それについては問題ない。欲を言えば、短槍に加工したいところだが、預かり物の改造は不味いよな?」


「そもそも、鍛冶師が魔素奪われてしまいますから加工も難しいかと…」


 それもそうだと呟いたスレイは、リーザロッテの許可を取ってから箱に厳重にしまわれた聖剣を握り、包まれた布を剥ぎ取っていくと、部屋の魔力灯に照らされながらは姿を晒した。

 黒をベースにくすみがかった紅の装飾が施された鞘に収められ、一見すれば騎士などの扱う儀礼用としての一面も持ったシンプルな両刃の直剣。


 だが、鞘に刻まれた禍々しいまでに刻まれた刻印からは、鞘に収められている剣が普通の剣でないことを確かに主張している。

 聖剣も魔剣も見てきたスレイだが、手にした人造聖剣は、正の要素も負の要素も含む両義性を持つ直剣。

 まともな人間が握れば、すぐに廃人になってしまうことにも納得ができてしまう。


「改めて聞くけど、エルの夢とシンクロしてダイブするって本気なのね?」


「大丈夫だ。直感だが、例の件と繋がっている確信がある」


 聖剣を握った手を軽く突き出して、薄っすら笑う姿にエリナは、呆れ顔になりながら術式に必要な準備を整えて、軽く頷き返した。


「でも、えっと、私はともかく…スレイさんも呪術の影響を受けるってことなんですよ!大丈夫なんですか!?それに…」


 一言で言えば、策もなしに敵地に飛び込んでいくような無謀な行い。エルにとって、これから行われる無策な行為に我慢できずに止めに入るが、彼女の恐れを抱いた心の叫びはエリナによって遮られる。


「エル、スレイはそう簡単にくたばらないから安心して大丈夫よ。それにスレイが勝手にエルに同行するだけの話。そんなに気負いする必要もないわ」


 止める事を諦めた顔をしながら、スレイに信頼を向けている不思議なエリナの態度にエルも言葉を失う。

 やがて、エルは諦めたように俯くと、顔を上げてスレイに視線を合わせる。


「…分かりました。私も向こうでのスレイさんをサポートするのでどうか、よろしくお願いします!」


 深く頭を下げたエルの頭を軽く撫で、エリナにエルを一旦任せたスレイは、3人を見守っていたリーゼロッテに視線を向ける。ほんの少しだけ表情を緩めたリーザロッテは、スレイの手をとり、


「学生のエルが賭け事なんて教師の立場としては、本来止めなくちゃいけない立場なんですけど…お願いを聞いてもらってもいいですか?」


 その問いに静かに頷いたスレイは、彼女に続きを促した。


「ちゃんと元気に目覚めてくださいね?」


 純粋すぎるリーザロッテの願いに思わず、動揺しかけたスレイだったが、すぐにいつもの余裕を取り戻すと軽い冗談を口にする。


「研究や依頼の為と言わない辺り、嬉しい限りだ」


「もー…そこまで私は、悪魔みたいな事言いませんよ」


 スレイの軽い冗談を口元に手を当てて苦笑しながらリーザロッテ。

 そんな、姉の見せる珍しい姿にエルは、思わず訝しげな視線を送るとすぐに気がついたリーザロッテは思わず赤面してしまう。


「スーレイ、行きがけに美女を口説いてるなんて余裕ね」


 スレイの頭に強いが走ると同時に視界が黒に染まっていった。

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