第10話 劫火
エリナと合流したスレイとミリシャは、オークの巣のある地点まで移動をしながら、手短にオークの素で内での作戦の概要を纏め始める。
「それで、闇討ちでもして数を減らしていく気?血の臭いには、敏感なオークが相手だから焼き討ちでもしないと時間の無駄よ」
手にした矢に手を加えながら、歩を進めるエリナ。当然の指摘だが、その言葉にどこか棘のようなものを感じてしまう。
妹のミリシャに気づかれないように視線を向ける辺り、妹を危険な目に逢わせたくないからの発言のようだ。
「殲滅魔法の当てがある。最初に見張り台を確保してエリナは待機、次にミリシャと俺が中心地にポイントをマーク」
「次に巣の中央でスレイが暴れる間に私は、見張り台から援護するお姉ちゃんと合流。殲滅魔法を防御魔法で余波を受けて、余力があれば、戦闘続行だよ!」
この作戦には、ミリシャの存在が必要不可欠。どうしても、危険な目にあう可能性がある上に一人でも役割を失敗するとオークの素の中で乱戦になるだろう。
「幾らなんでもリスクが高すぎるわ…!」
「この辺りの森の魔素濃度が高いといっても、殲滅魔法で山火事になって人災起こすわけにもいかないだろう?」
「3人しかいないんだもん、全員がリスクを背負わなきゃいけないよ!…私の魔力が切れたときはお姉ちゃん頑張ってね?」
こほん、と小さな咳払いをして二人の少女の肩を掴み、姿勢を低くさせてる。何事かとスレイを見る二人だが、真剣な目つきに変わった姿を静かに見守る。
「巣の周りを巡回する見張りのオークがいる。手早く片付けて進入口を確保する」
ハルバートを少女たちに預け、太腿に縛り付けた大型ナイフを仕舞うホルダーに手をかけ、ゆっくりとその刀身を晒していく。
少女たちをその場に残し、黒く磨かれた大型ナイフを構えて中腰でゆっくりと巡回しながら鼻歌を歌うオークの視覚に回り込む。オークも鼻歌を歌うものなのかと感心しながら、体内の魔素を脚部に集中させ肉体を強化させ、跳躍する。
音もなく宙を舞ったスレイは、オークの首元へ深くナイフの刃を突き立て、その命を絶つ。
「…ま、巣の傍なら血の臭いが敏感だとしてもごまかせるだろう」
オークの血のこびりついたナイフをふき取り、ホルダーに仕舞うとオークの巣への進入ルートを確保するために巣を囲む木材の一部をほんの少しだけずらして、人一人が通れるだけの綻びを作り、少女たちと合流する。
「あなた、それだけの技術どこで学んだのよ」
エリナは、舌を巻くほどの手早い行動に思わず呆れ顔になる。
「知り合いに手癖の悪いやつがいたから、そいつから学ばせてもらった」
無事に内部に潜り込んだ3人は、邪魔な位置にいるオークをスレイが確実に仕留めていき、見張り台を確保する。夜の闇に紛れながら、デットウェイトになりかねない荷物を一旦エリナに預け、スレイとミリシャはゆっくりと巣の中央へ視線を向ける。
「ちょっと、本当にアレをやる気なの…?」
道中で語られた余りにリスクの高い作戦の内容に怪訝そうな顔を見せる。それは、どれか一つでも欠けてしまえば、成立しない作戦内容だ。
「お姉ちゃん、絶対大丈夫だよ」
心配する姉にウインクを返しながら、スレイの背中を追いかけるミリシャ。エリナは、なにかあれば、私があの人間を後ろから撃ち抜く決意を固め、静かに息を潜める。
「さて、ミリシャ。そろそろこの巣の中央だ。アレを使おうか」
オークの作ったであろうお粗末な建物の陰に隠れながら、スレイの言葉に無言で返事を返したミリシャは、懐からスレイのギルドカードを取り出した。彼女が魔素を込めていくとギルドカードは、僅かに淡く光りだし、その隠された機能を晒しだす。
「ヴァイスさん」
『聞こえているよ。その位置なら問題ない』
僅かに震えるギルドカードからヴァイスの小声が返ってくる。
ギルドカードに隠された機能は、ギルド支部の宝玉を利用した一種の通信機能。
様々な条件と技術、製作コストが必要になるが、遠距離での通信を可能にしたヴァイスの技術の結晶。
それは、数刻前のエリナの離脱まで遡る。
『まさか、スレイから通信が入るとは思わなかったよ。サリアとリオンからすでに話は聞いているが、そちらの状況を教えてくれないか?』
「なるほど、遠距離通信用の術式を組み込んでいるから特別なわけか」
「えっと…?カードから声が聞こえるけど」
困惑するミリシャにそのまま魔素を送り続けてもらい、ヴァイスに簡単に状況を伝えると流石のヴァイスもエルフと共闘して、オークの巣を叩くとは夢にも思っていなかったらしい。普段の胡散臭い声も鳴りを潜めて、至って真面目に返事を返してくる。
『状況は分かったが、そのオークに新人は出すことができないな…流石に今の彼らには、荷が重いだろうね…しかしオークの巣が二箇所もあったとはねぇ』
「ヴァイス、このギルドカードのある位置は、正確に分かるか?」
『それなら大丈夫だが、いったい何をするつもりなんだい?』
通話越しに困惑したヴァイスの顔が浮かび、思わず苦笑してしまう。なんせ、これからやろうとする事は、元の世界でポピュラーな攻撃。
「このギルドカードを目印にして、その場所に殲滅魔法撃ち込めることは可能か?」
『並の魔術師なら難しいと思うが、ここには私がいる。もっとも、撃ちこめる魔法は一発が限界だと思ってくれた方がいいんだが…君、とんでもないこと考えてくれるねえ」
ヴァイスは、ぐったりと力の抜けたような声で返事を返す。呆れたような声にスレイは、してやったりと微笑を浮かべる。
「1発撃てれば十分じゃないか?」
『それもそうだね。それじゃ、支援が必要なときにまた呼び出してくれ。流石に隣の少女も魔素が森の補助を受けていても消耗しただろう?』
「流石にこんなに消耗激しいのをずっと繋ぐのは無理!それじゃおじさん。また後でね!」
魔素の供給を止めると淡い発光も徐々に収まっていく。最後にヴァイスのおじさんじゃないという声が聞こえた気もするが、多分気のせいだろう。
やはり、14歳程度の少女には、ヴァイスの声はおじさんになってしまうようだが、自身も数年でヴァイスとさほど変わらない年齢になってしまうことに気がついたスレイは、僅かに影を落とす。
「これ、体内の魔素量が多くないとまともに使えないよ。欠陥品じゃないのー…スレイ?どうしたの」
「いや、なんでもない…なんでもない。それにこのサイズで、遠距離の通信できれば十分さ。これで連絡とった後に結界魔法使えるか?」
「森は私の友達、任せてよ!」
まさか、異世界で長距離支援砲撃なんて受けることになるとは、夢にも思わなかった。通信機能を使うには、それ相応の魔素の供給が行える魔術師が必要である。
ギルドカードの位置が分かったとしても、見えない場所に魔法を発動させることのできる術者は、この世界でも数えるほどしかいない。
ギルドカードの位置を探るためには、ギルド支部に設置してある宝玉を使う以上、ヴァイスの射程でもかなりギリギリの位置。
今回は運よく条件が重なったようだ。
『正直な所、これだけ距離が離れていると威力は減衰して、撃ち漏らしが出ると思う』
「ミリシャ、作戦通りで発動したらエリナのいる見張り台まで走り抜けて、合流を頼む。いざとなったらこっちもフォローに回るから安心してくれ…それじゃ、頼んだ」
「うん!」
軽く右手を上げると同時に魔素を活性化させて、肉体強化を施していく。
『正直ぶっつけ本番だが、任せてくれ。闇夜を焦がせ紅き巨星、我が名において悪しきを祓い永劫の静寂を…』
詠唱を始めたヴァイスの声が響く中、エリナの元へ向かおうとしたミリシャは、突然その足を止める。
「えっと、スレイ。無茶しないでね?」
彼女の表情を吹き飛ばすような微笑で、ミリシャの頭を撫でる
「言っただろ。無茶と無謀とは、昔から仲良しなんだ」
地面を抉り取るような爆音を立て、炎で暖を取りながら肉を食らうオークの東部に目掛けて、手にした刃を突き立てる。宙にばら撒かれた体液が踊る中をスレイは、影のように疾走する。
オークたちにとって、突然拠点の真ん中に現れた敵。夜の晩餐を邪魔され、仲間の頭が叩き潰された出来事は、オークの目を引き付ける。
「テキシュウダ!!!」
その混乱の中ならば、上空の魔素の動きに気づくようなオークは1匹もいなくなるが、スレイが目を引くとなると離脱を開始したミリシャの存在も多少、目立ってしまう事になる。
「あーもう!オークはお呼びじゃないからね!!」
「ニガスナ!!」
建物の影を縫うようにミリシャは、叫び声を上げながら駆け抜けていく。
数匹のオークが見張り台の方向へ逃げるミリシャを追いかけていくが、それを許すエリナではない。魔素を貯め込んだ矢が風切り音を上げながら、ミリシャに手を伸ばすオークの腕に深く突き刺さる。
だが厚い肉の鎧の前では、エリナの矢は、致命傷に程遠い。
突き刺さった矢を見ながら、妹を追う足を止めて、大声を上げて笑い声をあげるオークと取り巻き。その光景をエリナは、弓を肩に担ぎながら悪戯っぽく微笑んだ。
「それはどうかしら?」
エリナは、息を切らした妹を受け止めると同時に放った矢の仕込みを起動した。
徐々に内側から熱を帯びたオークは、突然自身の身に起きた変化に困惑しはじめ、慌てて矢を引き抜こうとするが、その行動はすでに遅い。全身に気泡を作りながら、周囲のオークを巻き込み、内部から派手に自爆する。
「お姉ちゃん、その攻撃は趣味が悪いよ…それじゃ、おじさんお願いします!」
『ヴァイスおにいさんと呼んでほしいんだけどね!!さてと、巻き込まれないでくれよ?ヴォルケーノ・イラプション!』
闇が支配する森の中を突如、生みだされた太陽が照らしていく。それは、上空で生みだされた巨大な炎の塊。
突然の襲撃に意識を割かれていたオークが、上空を見上げて唖然としているが時すでに遅し。
「ヴァイスの奴、デタラメ過ぎるな」
徐々に落下を始める炎の塊に肝を冷やしながら、全身に魔素を回して落下地点から全速力で離脱するスレイ。限界点を超えた強化で、全身から嫌な汗が流れ出すが、構ってる状況ではない。半ば無理やり、見張り台の上で待つ二人と合流して、ミリシャへ指示を出す。
「ミリシャ、結界回せるか?」
「任せといて!でも、多分それ使うと暫く魔法は使えないと思うけど…」
「後のことは、彼とお姉ちゃんに任せなさい」
自分を頼りにする二人の期待に応えるためにミリシャは、自身の魔素の大半をつぎ込んだ強力な結界を展開させる。
だが、あの殲滅魔法を受け止められるかと不安げに俯いてしまう。
「安心しろ。破れてもちゃんと受け止めてやる」
スレイとエリナは彼女を守る様に立ち塞がっている姿に自身を取り戻した。同時に地上に着弾する炎の塊がオークの巣を丸ごと融解させていくかのように包み込み、瞼を閉じていても視界を真っ白に染め上げる。
「っぅぅ――!!!」
ミリシャから声にならない叫びが漏れ、やがて静寂が訪れる。
光が収まると同時に倒れこんだミリシャをスレイとエリナが受け止めて、周囲に視線を向けると巣の大半は、吹き飛び全ては黒に染まっていた。
「流石に魔素がほとんどないよ。回復するまで二人で頑張ってー…」
「任せろ。数の数はそんなに多くない。2人でもやれるなエリナ?」
巣を離れていた数匹程度のオークが憤怒を纏い向かってきている。スレイは、無理な強化でボロボロな上にミリシャは、戦闘不能と状況は最悪であったが、エリナには不思議とこの状況でもなんとかなると希望が沸いていた。
だからこそ、思わずその名を口にする。
「離脱した時、大分身体を酷使したようだけどスレイこそ大丈夫なの?」
「誰かさんが名前で呼んでくれたから2割増しで元気だ」
不調を隠すようにハルバートを担ぎ上げ、目の前から迫るオークからエリナへ視線を向ける。一瞬呆けた顔を見せ、無意識の内に名前を呼んでいた事に動揺するエリナ。
「な、これは別にそういうのじゃないし!」
「おーい、二人ともイチャついてないで、早く倒してきてよー…」
スレイは、ニヤリと口元を曲げ、再び全身に魔素を回して突撃していく。
エリナとミリシャに迫るオークを優先的にハルバートの餌食にすることで、最大の脅威として立ちはだかり、2人の安全を確保する。そんな彼の後ろからエリナが魔術付加された矢で、的確にオークの足を撃ち抜いていく。
それはミリシャの視線を奪うコンビネーション。
お互いが自身の戦いやすい戦場を組み立てていく。
ハルバートの重量と間性を利用して回避と移動を行うことで、体力と魔素の消耗を抑え、最大限の攻撃を引き出すという手慣れた戦闘スタイル。スレイを同時に襲い掛かろうとするオークの眉間には、遠距離からエリナの矢が撃ち抜く。
だが、数が減るにつれて、前線に立つスレイの息も荒くなっていく。
「スレイ、最後は貰うわよ?」
最後の一体にハルバートを振るおうとするが、先に放たれた矢がその生命活動を奪いさる。スレイは、振り上げたままのハルバートをそのまま肩に担ぎ直して、二人の下へ戻るとそのまま倒れこむ。
「人の獲物を取らない方が好みなんだが」
予想の斜め上を行く答えに思わず微笑むエリナとミリシャ。その姿は、まるでファンタジーゲームのヒロインでも見ているようだと心の中で呟く。
「ほんと、スレイは変な人間」
「だよねー!…そんなことより魔素切れで動けなーいーーお姉ちゃんー家まで背負ってよーー!」
黒こげの大地にそれぞれ腰を下ろす3人。服が煤で汚れてしまうが、服の汚れよりも疲労の色の方が強い。
スレイに至っては、村に到着したその日に依頼を受け、オークとの戦闘を二日間こなしている為、疲労も限界ギリギリだ。
「ミリシャ、私もそんな余裕はあるわけないでしょ…今は、集中力切れて何もしたくないのよ」
「スレーイ、お願い!」
「はいはい、お姫様」
少々振るえる身体に鞭を打ち、魔素切れの少女を背負いあげる。
「一旦、私たちは村に戻るわ。結界の前までその子をお願い」
「お姉ちゃん、スレイも村に連れて行こうよ!」
「手を貸してもらったのは、事実だけど…分かったからミリシャ、その顔は止めなさい」
姉の返答に渋い顔を見せていた少女は、姉の回答に満足したのか、そのまま流星の背中で眠りについた。人間の背中に背負われながら呑気に寝息を立てる妹の姿を見て、エリナはため息を漏らす。
エリナは、この人間なら信じてもいいかもしれないという考えが過ぎったが、即座に首を振り否定してしまうが、隣を並んで歩いても不思議と悪い気分にはならない。
「悪いな、このまま村に戻らなくていいのは助かる」
「別にあなたの為じゃないわ。それにその、交渉とかもしないといけないんでしょ?」
とっさに話題を変えようとする反応に思わず苦笑するスレイを見て、エリナは不機嫌そうな顔を見せる。全部、ミリシャの所為なんだからと自分に言い訳をしてそっぽ向いた。
「やっぱり、変な人間…」
少女の小さな呟きは夜の森に溶けていく。ふわりと夜風に舞った髪をかきあげながら、少女は自分の村へ歩き続けた。
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