第7話
「兄ちゃん、そのお菓子僕もーっ!」
「さっき一個やっただろ! これは俺のーっ!」
丘の上にある小さな家から賑やかな子どもの声が聞こえてくる。家の中では、お菓子の袋を抱えた紅福と、お菓子を欲しがる煉がバタバタと追いかけっこをしていた。
紅福は十歳、煉は五歳。普通に考えれば追い付けるはずの無い歳の差だが、狭い家の中の事。紅福は棚と椅子で作られた袋小路に追い詰められ、煉に捕まってしまった。
「兄ちゃんのケチ! 〝アレ〟やっちゃうよ!」
言うや否や、煉は紅福の腕をガシッと掴み、そして「うー!」と唸った。すると煉の手が赤くなり、次いで煉が掴んでいる部分からジュウゥゥゥ……という音と、シュウゥゥゥ……という煙が立ち上る。
「あっちちちちっ! 何すんだよ、煉!」
煉の手を振りほどき、紅福は慌てて腕を振った。腕を冷ましながら抗議する紅福に、煉はふくれっ面をする。
「お菓子分けてくれなかったお返し!」
「だから、さっき一個やっただろ! ……って言うか、菓子分けてやんなかったぐらいで、体温上昇させた手で触るな! 今夏だぞ、夏! 拷問じゃねぇか!」
「べーだ!」
紅福の抗議を受け流し、煉はあっかんべぇをするとそのまま走り出す。その煉を、今度は紅福が「あっ、待てこの野郎!」と叫びながら追いかける。さっきまでとは逆の光景だ。
そんな中、戸を開けて家の中に入ってきた者がある。すらりと背の高い、細身の女性だ。女性は走り回っている二人の子どもを視界に収めると、キッと眉を上げた。そして、その細い身体のどこから……と思えるほどに大きく、凛として通る声で怒鳴る。
「こら! 煉! 紅福!!」
「あ、お母さん!」
「ゲ、姉さん!」
ピタリと走るのを止めた二人に、女性――
「ケンカばっかりするんじゃないの! 今日は一体何が原因?」
問われて、二人はおずおずと経過を語る。それを聞き終わった鳳玉は、再びぺしりと二人の頭を叩いた。
「煉、むやみやたらと龍の力を使うんじゃないの! 紅福も、煉はあんたの弟みたいなもんなんだから、お菓子は平等に分けてあげなさい!」
「……はーい……」
鳳玉に怒られ、二人はシュンと項垂れた。その様子を傍で見ていた女性が、苦笑しながら鳳玉に声をかける。
「まぁまぁ、鳳玉。二人とも元気で何よりだよ。ケンカするほど仲が良いって言うからねぇ……」
「そうも言っていられませんよ、お義母さん」
若い男性の声が聞こえ、一同は戸の方を振り向いた。入ってきた人間を認識し、煉の顔が明るくなる。
「煉の炎は、既に並大抵の龍よりも強くなっているんです。下手にケンカをしたら、紅福が死にかねませんよ」
「あなた。薪割りが終わったのね。お疲れ様」
「あぁ。当分は無くならないよ、鳳玉」
そう微笑んで、男性――鳳玉の夫であり煉の父でもある火龍、関火天は部屋の中へと進み入った。仲睦まじい夫婦の様子を、女性――紅福と鳳玉の母、
「お疲れ様、火天。それじゃあ、お父さんが帰ってきたらみんなでお茶にしましょうかね」
玉蘭の言葉に、紅福は「そう言えば……」と呟いた。
「父さん遅いな。何やってるんだろ?」
「おじいちゃん、散歩から帰ってきたら遊んでくれるって言ってたのにぃ……」
不満そうに煉がしゃがみ込む。それと、バタン! と大きな音を立てて一人の初老の男性が駆けこんでくるのはほぼ同時だった。
「玉蘭、子ども達を連れて逃げろ! 早く!」
「おじいちゃん!?」
血相を変えて飛び込んできた祖父――
「逃げろって……どういう事だよ?」
「何があったんですか、お義父さん!?」
「火天……」
火天も帰って来ている事に気付いた黄日は、少しだけホッとした表情を見せた。だが、すぐにまた顔を強張らせて言う。
「火天……〝龍狩り〟だ!」
「な……こんなところまで!?」
鳳玉の顔まで緊張を帯び、辺りの空気がピリピリとし始めた。大人達の雰囲気にただならぬものを覚えた煉は、怯えながら紅福の服の裾を掴む。
「兄ちゃん……龍狩りって何……?」
紅福は、その言葉だけなら聞いた事があった。できる事なら、一生実物にお目にかかりたくはなかったそれだ。
「龍のコレクターの事だよ。珍しい龍を手に入れては戦わせて、その能力を試したり、更にたくさんの珍しい龍を手に入れようとする嫌な龍士……。最強の死神龍である義兄さんを捕まえようと来やがったな……!」
「お父さんを!? でっ……でも、お父さんの龍士はお母さんだよ!?」
奪う、という概念を未だに知らぬ煉は、言われた意味がわからないという顔で泣きそうになる。その顔に、紅福はまだ顔も見ていない龍狩りの龍士への怒りが湧いた。
「あいつらに、そんな言い分は通用しねぇよ! 欲しい龍がいたら誰の龍であろうと自分の龍になるよう契約を持ちかける。龍が拒めば、他人の龍になるくらいなら、とか言ってその龍や龍士を殺しちまうような連中だからな!」
「えぇっ!? 嫌だよぉ、お父さんが他の人の龍になっちゃうなんて!」
「お母さんだって嫌よ!」
鳳玉が凛とした声で言い放ち、「だから……」と言葉を続けた。
「だから、迎え撃つの! お父さんは最強の死神龍……負けはしないわ。だから、巻き込まれないうちに、遠くに逃げなさい。煉、紅福!」
鳳玉に促され、煉はおずおずと頷いた。そして、縋るようなめで火天を見る。
「……お父さん、負けないよね?」
すると、火天はフッと優しく微笑んだ。そして、目線を煉に合わせてしゃがみ込むと、煉の頭をくしゃりと撫でる。
「当たり前だろう? 煉、お前の父さんは、弱い龍か?」
その問いに、煉はブンブンと勢い良く首を振った。
「ううん! お父さんは……世界で一番強い龍だよ!」
その答に、火天は再び微笑んだ。そして、「よくできました」というように、もう一度煉の頭を撫でる。
安心した様子の煉の腕を、玉蘭が引いた。
「さぁ、早く逃げるよ!」
そう言って、黄日と共に紅福と煉を戸口へと促す。だが、四人が戸口を潜る前に、外から激しい風の音が聞こえた。次いで、ミシミシという木が折れる音。そして、家の一部が大きな音を立てて破壊される。
「うわっ!?」
折れた梁が落ちてきて、紅福は間一髪でそれを避けた。梁は床に落ち、埃をまき上げながら派手に砕ける。
「紅福!」
「兄ちゃん!?」
心配そうに駆け寄る黄日と煉に、紅福は「大丈夫」と言いながら立ち上がった。埃でむせ返ってはいるが、怪我は無い。
「けど、今のは……」
「おやおや、奇襲は半ば成功、半ば失敗……というところですか」
紅福の耳に、聞き慣れない声が聞こえてきた。どこかねっとりとした、聞いていてイライラとしてくる声だ。
舞い上がる埃の向こうから、一人の男が姿を現した。黒い髪を撫でつけ、整った服を身に纏った……一見すると紳士のような男だ。だが、見ているだけで吐き気を催すような気配を帯びている。……そう、紅福は感じた。
男は、ぐるりと辺りを見渡すと、満足そうに頷いた。そして、自らの斜め上に向かって声をかける。
「しかし、手を抜いてこの威力とは……流石の攻撃でしたよ、
「ふん、当たり前だ! 俺様を何だと思ってやがる?」
声のした方へ、紅福は視線をやった。埃が落ち着き、視界はクリアになりつつある。そこには、黒く巨大な龍が佇んでいた。
「……龍……」
「くそっ……もう来たのか……!」
紅福が呆然と呟き、火天が毒づく。歓迎されないその態度は想定内だったのか、男は表情を変える事無く丁寧に胸に手を添えた。
「お初にお目にかかります。ワタクシ、世界中の龍を集めて旅するコレクター龍士、
そう言って深々と頭を下げてから、来雷は「さて……」と呟いた。目が、獲物を狙う目になっている。
「長ったらしい前置きは省きまして……出てきて頂きましょうか? いるんでしょう? ここに、巷で最強と謳われる死神龍が!」
その言葉を聞いた途端、火天が舌打ちをした。そして、勢い良く鳳玉の方を見る。
「鳳玉!」
「えぇ!」
頷き、鳳玉は両手を重ね合わせた。そして「ハッ!」と一声放つと、その腕にあざのような紋様が浮かび上がる。龍と龍士の契約を紋様文様だ。同じ紋様が、火天の頬にも浮かび上がっている。
鳳玉がもう一度気合いの入った声を発すると、火天の身体は一瞬のうちに激しい炎に包まれた。そして、赤く巨大な龍の姿に転じると、勢い良く空に舞い上がる。
炎を操る最強の死神龍、関火天の真の姿だ。
「ほほぉう……そちらの旦那様が死神龍でしたか。……奥様が龍士でいらっしゃると。……ホホッ、これは珍しい」
舐めまわすように鳳玉を見る来雷に、火天が目を剥いた。
「珍しいからどうした! 私だけではなく、鳳玉までもコレクションに加えようとでも言うつもりか!?」
すると来雷は「フム……」と唸り、しばらく考える素振りを見せる。
「それも面白い……が、やめておきましょう。私は龍コレクター。あくまでも龍だけを集めている者ですからね……黒風!」
「おうよ!」
来雷の呼び掛けに威勢良く応え、黒い龍が火天と同じように空に舞い上がった。そして、台風並みに強烈な風を、火天に向けて発生させる。
火天の発生させた炎は風を受けて激しく燃え上がり、強烈な炎は地上にいる紅福達にまで襲いかかろうとする。
「何っ!?」
危うく家族を焼き掛けた事に気付いた火天は、慌てて火の威力を弱めた。その様子に、黒風は気持ちよさそうに嗤う。
「ッハハハハハッ! 残念だったな! お前の属性は炎、俺様は風! 風が吹き荒ぶ中で炎を使えば、火力が強まる事くらいわかってんだろ? それも、この風向きだ。強力になったお前の炎が、お前達自身に向かっていくぜぇっ!」
「……!」
火天が、グッと息を呑むのがわかった。だが、地上にいる者達は納得がいかない。思わず、黄日が声を張り上げた。
「しっ……しかし! 火天は死神龍だぞ! 死神龍の炎がいくら強いとはいえ、普通の龍が起こした風の勢いに負けるなど……」
「あぁん? 何言ってんだ、じじい?」
黄日を、黒風がぎろりと睨み付けた。その視線は、さっきまでとは打って変わって不機嫌な様子だ。
「確かに、死神龍が生まれる確率は少ねぇ。けどな、この世に一匹しか生まれねぇってわけじゃあねぇんだぜ?」
黒風の言葉に、玉蘭の顔がハッと青ざめた。
「……まさか……!」
「そう! そこの老婦人が気付かれた通り! ワタクシの龍、黒風は、風属性の死神龍なのです! ……これでおわかりになりましたか? 自分達が、如何に不利なのか、という事が!」
来雷の言葉に、その場にいるほぼ全員の顔色が悪くなる。当然だ、火天の力が及ばなければ、今この場で龍の力に敵う者はいない。
「義兄さん……」
不安から、紅福は思わず呟いた。すると、その微かな声を黒風が耳聡く聞き付ける。
「ところでよぉ……さっきから気になってたんだよな。そこでウロチョロしてるチビどもがよぉ!」
「! な……」
黒風の視線が自分達に向いた事を悟り、紅福の背筋に悪寒が走った。煉も同じく気付いたのだろう。「兄ちゃん……」と不安げに紅福の裾を掴んだ。
その不安げな様にますます楽しくなったのだろう。更なる楽しみを得ようと、黒風が紅福達に向かって風を放った。ヒュンッという鋭い音が聞こえる。
「煉! 紅福!!」
鳳玉の声が聞こえた。玉蘭の声にならぬ悲鳴も聞こえた。黄日が、火天が、紅福達に駆け寄ってこようとしている姿も見えた。
そして、鋭い風が何かを切り裂く音が聞こえた。
思わず目を閉じていた紅福は、恐る恐る目を開ける。怪我は、無い。
「……?」
「兄ちゃん……」
不安そうな声が聞こえてくる。見れば、煉も恐る恐る目を開けているところだ。
「煉? 無事か?」
「うん……兄ちゃんは?」
「俺も。……何で……」
何で助かったのか。そう言いかけた時、ぴちゃり、という小さな音が紅福の耳を打った。ハッとして振り返ると、そこには血に染まった鳳玉が両腕を広げて立っていた。全身は切り刻まれ、どくどくと血があふれ出している。
「……え?」
状況が、一瞬理解できなかった。紅福の声に、鳳玉が力無く振り向く。血にまみれた顔で、鳳玉は微笑んだ。
「良かった……二人とも無事ね……?」
「……姉さん……?」
「お母さん……? 血が出てるよ……?」
震える二人の声に、鳳玉は済まなそうに苦笑した。そして、足の力を失ったのか、その場に崩れ落ちる。
「姉さん!」
「お母さん!?」
「鳳玉!」
紅福が、煉が、玉蘭と黄日が、鳳玉に駆け寄り、抱き起こし、名を呼ぶ。鳳玉は、ごぽりと血を吐きながら、声を絞り出した。
「……煉? 紅福と、仲良くね? ……紅福、煉を……守ってやってちょうだい……私の、代わりに……」
「姉さん? 何言って……」
「……ごめんね、ちゃんと……守る事が、できなくて……」
それだけ言うと、鳳玉は言葉を発しなくなった。抱き上げた身体が、徐々に重くなっていく。
「……姉さん……?」
紅福は、震えながら声をかけた。だが、鳳玉は動かない。目も開かない。
「嘘だろ……? 姉さん……姉さんっ!」
「お母さん! ……嫌だよ……お母さん!!」
紅福と煉の叫び声が、辺りに響く。その声に、一部始終を見ていた来雷が愉快そうに笑って見せた。
「ホホッ! 中々感動的なドラマを見せて頂きましたよ。……さて、これでアナタを縛る龍士はいなくなった。アナタに力を分け与える者がいなくなってしまったワケです、火天サン。どうです? ワタクシを新たな龍士とする気は、ありませんかねぇ?」
その言葉に、宙で事の成り行きに呆然としていた火天はキッと来雷を睨み付けた。
「ふざけるな! 鳳玉を殺した奴になど、誰が従うものか!」
激昂した火天の赤い身体が、更に赤く、赤黒くなっている。シュウシュウと、蒸気が立ち上る音も聞こえた。
「フム、残念」
特に残念そうにも見えない様子で、来雷は呟いた。そして、「それでは……」と言う。
「今後闇討ちされたりしないように、殺しておかなければいけませんね。……黒風」
「おう!」
来雷の呼び掛けに、黒風の目が喜色に満ちた。それに呼応するかのように、来雷の顔にも冷たい笑みが浮かぶ。
「ここにいる者、全てを殺しなさい」
「待ってましたっ!」
叫ぶや否や、黒風は火天目掛けて強烈な風を幾度も放った。鳳玉の命を奪った、空気をも裂く鋭い風の刃だ。
風は容赦なく火天に襲いかかり、全身を切り刻んでいく。
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
「お父さん!!」
「義兄さん!」
防戦もままならぬ火天に、煉と紅福は悲痛な叫び声をあげる。その声が届いたのだろうか。火天は視線を煉達に向けると、血まみれの中微笑んだ。
その顔には見覚えがあると、紅福は感じた。それもそんなに過去の話じゃない。たった数分前……鳳玉が死に際に見せた微笑みと、同質のそれだ。
「義兄さん……?」
嫌な予感がする。悪寒が止まらない。そんな紅福と、同じように何かを感じたらしい煉に、火天は優しく、安心させるように言った。
「煉、紅福……安心しろ。何があってもお前達は……私の家族は、私が皆、守ってみせるから……!」
黄日が、ハッとした。
「火天? ……まさか、お前……!」
「煉の事……よろしくお願いします、お義父さん……!」
言うや、火天はそれまでよりも更に高く高く舞い上がった。そして、限界まで飛び上がったかと思うと、黒風に向かって急降下を始める。その様は、さながら彗星のようだ。
「蔡来雷! 黒風! 愛する妻、鳳玉を殺したお前達の事を、私は絶対に許さない! 例え属性の相性が悪くとも……お前達は、私と共に地獄に落ちてもらう!!」
「一直線に突っ込んでくる……相討ち狙いですか!」
「しゃらくせぇ! 撃ち落としてやらぁっ!」
龍達の掛け合いに、紅福達は蒼ざめた。
「相討ち……まさか義兄さん、死ぬつもりか!?」
「やめてよ、嫌だよ! お父さんまで死なないでよっ!!」
煉の願いとは裏腹に、火天はいよいよ速度を増し、纏う炎も強力になっていく。黒風に突っ込む直前、紅福達の耳に、火天の苦笑するような、済まなさそうな……そんな声が届いた気がした。
「煉、紅福……辛い想いをさせて、済まない。これからは守ってやる事ができなくなるが……どうか、二人とも元気で……」
「お父さん……お父さぁぁぁんっ!!」
煉の叫びは、火天と黒風がぶつかり合う衝撃音で掻き消された。二匹の龍はぶつかり合い、激しく燃え上がり、そして地に落ちる。
「あっあわわわ……ヒィィィィィーっ!!」
地上にいた来雷は落ちてきた二匹の龍の下敷きになり、見えなくなった。そして、燃え盛る炎は草を伝い、辺り一面に広がっていく。
「義兄さん……」
「お父さん……お父さんが……」
紅福は呆然と座り込み、煉は泣きじゃくる。そんな中、ビシリ、という音が聞こえた。
「!? 何の音だ!?」
紅福が辺りを見渡している間にも、ビシビシビシ……という音が続く。その音が頭上から聞こえてきた時、紅福は気付いた。
辛うじて半分残っていた家に火が付き、崩れ始めている。
「まずい……家が崩れるぞ!」
「紅福、煉! 逃げなさい、早く!」
叫びながら、黄日と玉蘭が、紅福と煉を突き飛ばした。それと同時に家は一気に崩れ、瓦礫が黄日と玉蘭に降り注ぐ。
「とっ……父さん! 母さん!!」
紅福が叫んでも、家の崩壊は止まらない。やっと崩壊が止まった時には、家の面影はどこにも無く、二人の目の前にはただ、瓦礫の山だけがあった。
「父さん……? 母さん!」
紅福の呼び掛けに、応えは無い。
「にっ……兄ちゃん! ここ!」
煉が、瓦礫の一角を指差した。そこから、皺の多い手が伸びている。
「母さん! ……煉、そこ、持ち上げろ! 早く!!」
「う、うん……!」
二人は力を合わせ、瓦礫をどかそうとした。だが、所詮は十歳と五歳の子ども。瓦礫はうんともすんともいわない。
「持ち……上がらねぇ……。何でだ……? 姉さんも義兄さんも……父さんも母さんも俺達の事、助けてくれたのに……俺達には何も……何もできねぇのかよっ!?」
「おじいちゃん! おばあちゃん! ……嫌だよ……もう誰も死なないでよっ! いきなりみんないなくなっちゃうなんて、嫌だよぉぉぉっ!!」
しかし、紅福と煉がどれだけ悔しがろうが、泣き叫ぼうが、瓦礫は遂に動く事は無かった。炎の勢いが強まり、二人を瓦礫の山から遠ざける。
赤々と空が染まっている。ごうごうという音が渦巻いている。
巨大な炎がうねり、唸りながら燃え盛っている。
その様を紅福と煉は呆然と見詰めている事しかできなかった。
「……父さん……母さん……」
炎を見詰めながら、紅福がぽつりと声をもらした。だが、その声に返事をする者は無い。
紅福は、ギリ……と歯を噛み締めた。
「畜生……」
噛み締めた歯の隙間から、嗚咽と共に声があふれ出る。
「畜生ぉぉぉっ!!」
紅福は、天を仰いで叫んだ。喉が裂けるのも構わないと言わんばかりに、ありったけの力を込めて。
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