第4話:吸血鬼という存在2

「俺たちの種族は絶滅の危機に瀕しているんだ」

椅子に深く腰掛け昴はゆっくりと話し始めた。

「吸血鬼が?」

「そう。と言っても1年、2年、の話じゃないけどね。でも少しずつ数は減ってきている。主な原因は人間との交配が進みすぎてしまった事かな。吸血鬼としての血が薄まってきているんだ」

「薄まったらどうなるの? いつか人間になってしまうとか?」

梓のその問いに昴は黙って首を振る。

「吸血鬼としての血が薄まってしまっても、肉体は吸血鬼のままなんだ。人間になるわけじゃない。血が薄まってしまった彼らは本能だけで動き、理性も持たず、ただ血を吸うだけの化物になってしまうんだ。それを俺たちはFと呼んで処分してまわっている。だから年々数は減り続けてる」

少し悲しそうに伏目がちになる。恐らく彼はその処分とやらに立ち会った事があるのだろう。

「…それで俺たちは考えたんだ。どうにかして人間になれないのか? とね」

「人間になる? 出来るんですか?」

「今のところ吸血鬼が人間になる術は見つかっていない。遺伝子レベルで僕らは殆ど人間と変わらないのにもかかわらず、その一歩が越えられないんだ。そして、その研究に手をこまねいている間に青の奴らが勝手に真逆の研究を始めた」

「青?」

先ほどもその単語を聞いた気がする。梓が首を捻ると昴が「忘れてた」と慌てて補足に入った。

「実は俺たちも一枚岩じゃないんだ。赤、青、黄、とそれぞれ瞳の色が違う3種族が居て、人間と仲良くしたい穏健派の赤の一族と、人間に対抗しようとする強硬派の青の一族、中立の黄の一族。普通に暮らしてる方はそうでもないんだけど、貴族達と頭は三つ巴って感じなんだ。ちなみに見たからわかると思うけど俺たちは赤。穏健派だよ」

「それでその青の人達が赤の人達に黙って違う研究をしてた?」

「そう。真祖(しんそ)を蘇えらせる研究を勝手にしていたんだ。真祖というのは俺たちの大元になった最初にして最強の吸血鬼。…そして、その成功例が君だよ。梓ちゃん」

「え?」

一瞬の思考停止。そしてすぐに彼女の頭はフル回転を始めた。

(真祖が吸血鬼達のご先祖様というところまでは辛うじて理解できた! 出来たけど、昴さんは今なんて言った? …実験の成功例? それが私? 言った? 言ったよね? 私、普通の女子高生なんですけど!!! 人間の父と人間の母の間に生まれた純度100%の人間だと思うんですけど!!! 第一、私血なんて欲しくない! 吸血なんてしたいと思わない!)


「…人違いだと思います」


長い逡巡の末、絞り出したのがこの一言だった。昴はその一言に苦笑いで応じる。

「ん~。そうだといいなぁーって俺たちも思ったんだけどね。

 ……ここから先は御自分で言いますか?『お父さん』? いえ、斉藤信二しんじさん」

矛先が向けられたのは梓の父だった。ぴったりと、目が合う。

近くにいた梓には父が息をのむのが分かった。

「梓…私がお前を造ったんだよ。青の研究所で、弥生の力も借りて、真祖の体は再現できないけれど、せめて血だけなら。ってね」

「弥生って…お母さん? お母さんの事よね?」

「あぁ。そうだよ。お母さんは青の奴らにかどわかされた女性の一人だった」

「―――っ!」

言葉が出ない。心臓が早鐘を打つ。梓の理解が終わる前に彼女の父は続けた。

「私が実際にその研究が行われているのを知ったのは、もう実験が佳境に入ってからだった。当時の私は研究所でもあまり評価されていたわけではなく、ただ遺伝子の研究が大好きな男だったんだ。一部のチームで真祖の再現実験が行われているのは小耳にはさんでいたけれど、自分には関係のない事だと思っていたし、そしてなんとなくその方法では実験が成功しないだろうことも予測していた」

父の握り締めた手が少し震えている。梓はそれを見つめることしかできなかった。

「そして、やはり実験は失敗した。その時に私の実験を手伝っていた男に聞かれたんだよ。信二さんなら今回の実験どうしましたか? とね。

私は持てる知識を総動員して彼に話して聞かせたよ。どうすれば今回の失敗は防げたか、どうする方法が一番ベストなのか。私の中でそれは単なる世間話だったんだ。

だけど、その半年後、その男が連れてきたのは真祖となる子種を身籠った弥生だった」

「………」

「私はそれから身重の弥生と一緒にその研究所から逃げた。青の奴らがいつ弥生とそのお腹の子を奪いに来るかわからないから各地を転々としながらね。そして数か月後、お前が生まれたんだ。梓」

俯いた父の表情は見えない。しかし、小刻みに揺れる肩が彼の状況を教えてくれた。それが今までの話を嘘じゃないと証明しているようだった。

「…でも、…でも、私は吸血鬼じゃない! 血なんか欲しくない!」

否定の言葉が欲しかった。自分は父と母の子なのだと、実験なんかで出来た無機質な命じゃないのだと。

父の腕を掴むと、その手に父の手が重ねられた。いつもそばにいた優しくて大きな手が今は少し怖い。

「お前の体は人間の物だよ。私が再現したのは血だけなんだ。だから血が吸いたくなることも、生きる為に血が必要になる事もない」

(そんな言葉が欲しいんじゃない。私が欲しいのは…)

「私はっ! 私はっ…お父さんにとって娘?」

「…――-っ!」

父の呼吸が止まったのが分かった。梓にはそれで十分だった。

すぐに肯定の言葉が出てこない。つまりそういう事だ。今まで父だと信じてきた人はどうやら自分を娘だと思っていなかったようだ。

「…わかった」

「梓っ!」

諦めたように言うと、父が、信二が慌てたように肩を掴んだ。

「もう、いいかな?」

その腕をやんわりとはがしながら、そう言って割り込んできたのは昴だった。

「今の説明で分かったと思うんだけど、今回の誘拐事件を起こしたのも青の奴らの差し金なんだ。そして、彼らはまた狙ってくる。俺たちとしても君が青に渡って兵力上昇なんてことになってもらっても困るんだ。だからしばらくこの屋敷に滞在してくれないか? 必要なものは過不足なく与えると約束するからさ」

「…嫌と言ったらどうなるんですか?」

「力づくで止める様に上から言われてる。俺もそんなことはしたくないからさ、そんなことは言わないでほしい」

これはお願いなどではない、まわりくどい命令。

それがわかって、梓は首を縦に振る事しかできなかった。

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