スディン王子の嫁探し

白石令

前編

『各国の尊き王家の血を引きし王子たちよ! 過酷な冒険の末の運命の出会いをしてみたくはありませんか? 数々の試練の乗り越え、眠り姫を目覚めさせよう! 歯車は今、廻り始めたっ!』



 そんな内容の冒険勧誘チラシを何度も読み返したあと、俺はそれを背後に控える剣士にずいと突きつけた。

「エルー、これは何だ?」

「――魔女の呪いで百年の眠りについた姫君が、今年王子の愛によって目覚めるとお告げがあったらしいな。それで各国の王子に口づけさせて目覚めさせようっていう、まあ一種の道楽のようなイベントだな。貴族でもいいそうだが。未婚者限定」

「そうじゃないっ! 俺が聞きたいのはだな、何でこんなくそ怪しいもんが、俺の机のど真ん中に置いてあるのか、ということだ!」

「その方がおまえの目につきやすいと思ったんだが?」

 この野郎、腹が立つほど澄ました顔しやがって。俺が何故怒っているのか、とっくに承知のくせに。

「エルー、これは俺への嫌味か。新手のいやがらせか?」

「いやがらせ? とんでもない。興味があるかと思ったから置いてやったまでだ」

「……どーいう意味だ」

「そのままの意味だよ」

 言い切り方が見事だった。

 返す言葉を失った俺に、すかさずエルーは言いつのる。

「だが確かに、一介の家臣が出すぎた真似をしたか。んじゃあスディン、おまえの愛するご家族に、十九にもなって恋人もおらず付き合っても一ヶ月で破局するその言い訳は、自分でするということだな?」

「う……」

「たとえばそれで眠り姫を目覚めさせて妻とすれば、ご家族だけでなく国民も安心するだろうと思ったんだがなぁ」

「うう……」

「俺も乳兄弟として、日々悪夢に悩まされているんだぜ? おまえが王位を継いだとき、隣がずっと空っぽで、結局国は滅びるという」

 う、嘘だ! 悪夢を見るほど繊細な神経してないだろう、おまえは!

「まあ眠り姫を目覚めさせられるのは運命の相手だけらしいから、おまえは無理だろうがな……何しろすべての女の運命から逃げられると評判なくらいなんだし」

「何だその評判!? いつから!?」

「だが駄目で元々だ。いいか、スディン。確かに嘘くさいイベントだが、もしこれで眠り姫を連れ帰ることができたら、もう父君や姉君方からの嫌味やいじめもなくなるんだぞ?」

 うっ!?

「失うものはない。得るものはあるかも知れない。それでもおまえは行かないと?」

 そう言われると心が揺れる。

 こんなイベントにすがらないと恋人も見つけられない、と認めるのは癪だが、行っても別に損はないわけだ。エルーがこういう風に言うときは、必ずろくでもないことが待っているものだが……

 俺は恐る恐るうなずいた。

「……わ、分かったよ。行く」

「よし。じゃあ注意事項を読み上げるから、よく聞いてろよ」

「ああ」

「『注意事項・このイベントには危険が多数ありますが、これが原因で命を落とされても、我々実行委員会は一切責任を負いません』」

 ちょっと待て。

「ただのお遊びじゃないのか!?」

「さっきも言ったとおり、暇を持て余してる王侯貴族の、暇つぶしのようなイベントだろうな」

「じゃあ何で命の危険があるんだよ!」

「眠り姫のもとに辿り着くまで、試練や困難が多々あるんだろ」

「何だそれはあああっ! 俺は嫌だぞ! 失うものがあるじゃないか!」

「……残念だな、スディン」

 エルーは四角い機械を取り出してみせた。

「今の会話はすべてこの〈吸音機〉に記録してある。まさか第一王位継承者が約束を反故に――なんて、しないよな?」

 きょ、脅迫してきやがった。

「だ、だが、命の危険があるとは聞いてなかったぞ」

「訊かれなかったからな」

「だがその、仮にも第一王子が死ぬようなことがあればだな……」

 俺は何とか食い下がる。

 チキン野郎と言うなかれ。俺の運動神経はひどいのだ。胸を張って繰り返そう。俺の運動神経はひどい。

 しかし、エルーは自信満々の笑顔で俺の肩を叩いた。

「大丈夫だ。俺がいるんだから」

 それが一番信用ならないんだよ。

「どうしても嫌か」

 どうやら顔に出ていたらしい。

 エルーは大きなため息をつくと、さっと背を向けた。

「この〈吸音機〉を姉君方にお渡ししてこよう」

「うわ――っ! 待った待った分かったああああっ!」

 冗談じゃない。あの年増どもに前言を撤回したなんて知られたら、ここぞとばかりにいびられるっ!

 俺がすがりついて喚くと、エルーはあっさりこちらに向き直って、満足げな笑みを浮かべた。

「行くんだな?」

「い、行くよ……行きます」

 こうして俺は、いるかも分からない眠り姫探しをさせられる羽目になったのだった。



『レェディィィエッス・ゥエェェーンドォ・ジュエントルメェ――ンっ! と言っても女性は一人もいらっしゃいませんがぁっ! とにかく、ただいまより開会式を始めさせていただきますっ!』

 司会者はマイクを握りしめ、ひとりで盛り上がっていた。

 なんとなく癇に障るなぁ、と我ながら理不尽なことを思いつつ、俺は溜め息をつく。今日何度目だろうか。

「そういや、一人も女がいないな。華がない」

 隣でエルーがぼやいた。

 まあ、死ぬ危険のあるものに女性は来ないだろう。

『不肖ながらわたくしっ! 司会を務めさせて頂きますフォーと申しますっ! 今年三十二歳、妻はもちろん子供も二人おりますっ! ちなみに十九のときに結婚いたしましたっ!』

 どうでもいい。その自己紹介ものすごくどうでもいい。俺と同じ年に結婚してるってなんだよ。不公平だ。

「しかし意外と人いるんだな。王族とか貴族ってのはみんな暇なのか? それとも、わざわざこんなイベントに参加してまで女が欲しいのか?」

 掃いて捨てるほど女が寄ってくるエルーらしいセリフである。呪われろこの野郎。

『――眠り姫は魔女に呪いをかけられ――』

 気づけば、壇上でマイクを握る人物が変わっていた。ハゲ頭の中年親父だ。名札には委員長と書いてある。

 エルーが欠伸をした。

「お偉方の話ってのはどこでも一緒だな。内容は薄いのに長い」

「否定はせんが、それには俺も入ってるのか?」

「いんや。スディンは俺にとってお偉方には入らないからな」

 それは喜ぶべきなのか、怒るところなのか?

『――力なのです。それゆえ魔女は眠り姫に呪いを――』

 うわ、またさっきと同じこと言ってるよ。勘弁してくれ、こっちは早く帰りたいんだ。

 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、実行委員長とやらの演説は長々と続いた。

 四十分経ってようやく司会者が止めに入り、強制終了。参加者たちはすでにだらけきっている。

『さあ皆さま、お待たせいたしました! この壁の向こうに、眠り姫は眠っておりますっ!』

 妙にハイテンションな司会者フォーが、壇上の壁を示して言った。

 縦に一本、黒い筋が入っているだけの壁だと思っていたが、どうやら違うらしい。

『十人の勇者よ、この扉をくぐるのですっ!』

 ちなみに参加者は確かに十人だが、その従者や護衛も含めると二十人は超えている。

 ゴゴゴゴゴ……と壁が震えた。

 黒い筋からぱらぱらと破片をこぼしながら、ゆっくりと左右に開いていく。

 一体何が待っているのか……俺も含め、その場の全員が固唾を呑んで見守った。

 やがて完全に壁がなくなってしまうと、そこに広がっていたのは――

 視界を埋め尽くすほどのイバラ。

「……イバラ……?」

 誰かの自信なさげな呟きが聞こえた。疑問形だったのは、何のことはない、色とりどりのイバラだったからだ。

 青、赤、黄色、紫、白に黒……目がちかちかするほどのカラーバリエーション。ペンキでもぶちまけたのかと思うくらいに不自然な色である。

『さあっ! イバラを乗り越え、無事にもう一度この床を踏めるのは一体何人なのでしょうかっ! おそらく半分も無理だと、わたくし司会者フォーは予想いたしますっ!』

 一同が呆気にとられる中、誰よりも早く立ち直ったのは俺ではない。

 エルーだった。

「んじゃまあ、行ってくる」

 すらりと剣を抜き放ち、無造作にイバラに歩み寄ると、ばっさばっさと斬り進んでいく。

『おおっと!? 最初に動いたのは何とも意外や意外っ! 美形の剣士ですっ! すごいです、あっという間に道を作っていっておりますっ!』

 他の参加者たちも我に返り、それぞれイバラを排除しはじめる。剣で普通に斬れるようだ。

 俺もエルーに走り寄る。ただし手伝いはしない。逆効果になるからだ。

 イバラは前が見えないほど密集していた。これではどれだけ広い部屋なのかも把握できない。

『それでは皆様、ご武運をっ!』

 と、背後で司会者フォーが高らかに激励した瞬間、ゴゴゴガコンッと、恐ろしく軽い調子で壁が閉まった。

 早っ! 開くときはあんなに重そうだったのに!?

「あ、開かないっ!」

 誰かが絶望的な声を上げる。

 閉じ込められた。後戻りも棄権も許されない。なんだこの物騒なイベント。

 エルーだけがひたすらばっさばっさとイバラを刈りつづけていた。動じないにもほどがある。

 そのうち全員が諦めて作業に戻っていった。

 しばらくして――

「うわあああああっ!?」

 響き渡る悲鳴。

 俺はぎょっとして見回すが、イバラが邪魔で何が起こったのか分からない。

「い、一体どうしたんだ?」

「――スディン」

「な、なんだ?」

 エルーが冷静に告げた。

「このイバラ、動くぞ」

 振り下ろされたエルーの剣を、イバラがくねって避けている。

「……なんだこれはっ!」

 驚いてバランスを崩した。そこへイバラが突進してくる。俺は慌てて身をかわした。

「おい、スディン。あまり前へ出るなよ。死ぬぞ」

 エルーは襲い掛かってくるイバラをことごとくなぎ倒していく。さすがは国一番の剣士!

 ――しかし異常事態はそれだけでは済まなかった。

『ケケケケっ! なかなかやるな、兄ちゃんっ!』

『油断していたぜ……』

 イバラに顔が浮かびあがり、しかもしゃべったのである。

「おい、エルー! しゃべったぞ、こいつら!」

「聞こえた」

 なんでそんなに冷静なんだよ!?

『もうやめてっ! 争いは憎しみの輪を広げるだけよっ!』

 目をキラキラさせて叫ぶイバラ。ばっさりとエルーに上下真っ二つにされる。

 それを見て、ケバい紅色のイバラが口をとがらせた。

『サイテーっ! なにあんたーっ! 信じらんな――いっ! ムカツクーっ! チョーベリーバッドって感じーっ!』

 う、うるせえっ! 何だこのおかしなイバラどもは!?

 何しろそれぞれ違う顔がくっついていて、いろいろなことをしゃべくっているのだ。長くいたら正気を失うかも知れない。

『う……! ちくしょう、ここまでか……だが、これほど燃えたのは初めてだったぜ。やるな、あんた……』

 さわやかな青年顔のイバラが倒れた。なぜあんなに満足そうな笑顔だったのかが気になる。

『泣かない、で……いいのよ、これがあたしの……運命、だったの……あなたの、せいじゃない……自分を……責め……ないで……?』

 一体どんな物語が繰り広げられているのか。

『うう……っ、お、俺は……まだ……俺は……死ぬわけには……!』

 赤と緑二色のそのイバラは、豪快に倒れたあともぷるぷると痙攣けいれんしつつ立ち上がろうとしていたが、すぐに力尽きた。

『……すまない……レナ……約束を……守れなかっ……た……』

 名前があるんだ。

『どこ? ……あなたが見えないの……』

 そう言って死ぬ間際に体をくねらせたのは、目に痛い黄色いイバラである。ぽろぽろと涙をこぼしてみせても気持ち悪い。

『見せてやるぜ! イバラが持つ無限の力をっ!』

 無駄に叫んだそのイバラは、現れた瞬間エルーにみじん切りにされた。

 ――その直後である。

 俺たちの前に、一際大きく太い、鮮やかな色をしたイバラが、高笑いとともに出現した。

 金色に輝くその威容はまさに王!

『先に進みたければ、俺の屍を越えていけっ!』

 イバラ王がエルーに襲いかかる。

 エルーは無数の触手を斬り飛ばし、イバラ王との間合いを一気に詰めた。

 切断された触手が打ちあげられた魚みたいにピチピチ跳ねていて、とてもグロテスク。

『甘いわぁっ!』

 イバラ王は横手から一撃を放った。

 しかしエルーはそれを屈んで回避。がら空きになったイバラ王の腹へ刃を打ちこむ。

 続けて剣を引き抜くと、とどめとばかりに振り下ろした。

 金色の液体が飛び散る。

『なぜだ……なぜ、この俺の猛毒スペシャルアタック・スペシャル・スペシャルバージョンが……』

 スペシャル何回言うんだよ。

『ふ……そうか。絆……か』

 いや誰も何も言ってないし。

『俺の負けだ……力だけでなく、心においても……』

 もう訳分からん。

 金色のイバラ王が倒れると、他のイバラたちも次々にしおれ、崩れ落ちていく。

 イバラたちの屍の向こうには、きれいなお花畑が広がっていた。

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