第2話 冷たい名医
ワタシは医者だ。
患者を治すの仕事だ。
毎朝七時に起きて、身支度を整えれば片手にパンをくわえてカルテに目を走らせる。
朝は慌ただしい。
サイレンが鳴り響き、ストレッチャーが悲鳴を上げる。
患者である男が断りもなく私の部屋を訪れた。
男は膝を笑わせて、腕に抱いた子供の遺体とストレッチャーに乗せられている他の遺体を尻目に叫んだ。
「うちの娘を助けてくれ!移植に必要な子供達を連れてきた!!」
ワタシはズレかけた眼鏡を直すと、すかさず聞いた。
「遺体の状態は!?死後どれくらいだ!?」
「半日も経ってない!いままで移動車の冷凍庫で保存していた!頼む!娘を!粉雪を助けてくれ!」
「当たり前だ!これ以上、命を無駄に散らせるものか!!」
──粉雪は男の一人娘で、難病を患い移植が必要だった。
ワタシは男のしでかした事を責めるよりも今、何をすべきかを優先させた。
ワタシは男と共に警察が手術を妨害すること防ぐため、手術室に続く廊下にバリケードを張ると、手術着に着替えた。
手術室ドアのランプが点灯する。
手術台には麻酔で眠る粉雪。
少女の体は闘病生活ですっかり痩せ細り、腕には無数の注射痕が痛々しく残っている。
肌は白く冷たい。
「救ってみせる」
誰に聞かせるでもなくワタシは呟いていた。
※
待合室には粉雪の父親がいた。
吐く息は白く、体は寒さと緊張で震えていた。
バリケードを張った手術室のランプがランランと輝いている。
男はそれから視線を外せずにいた。
「おい貴様!動くな警察だ!」
ほどなくして銃を片手に警官隊が男を追い詰めた。
何十丁と向けられる無機質で、冷たそうな銃口が今にも火を吹くのは簡単に予想できた。
男はそれを見れば、友人と久しぶりに出会ったかのように笑顔を浮かべて語った。
片目は涙を流し、もう片方の目は涙が凍りついていた。
「俺はたくさんの子供の命をこの手で奪った。俺の娘は移植が必要だったんだ...だが言い訳はしない。俺は「冷たい殺人鬼」だ!娘の友達は皆、娘のことを心配してくれていた!俺はそんな子供達の全てを奪った...!罪悪感はあった!だがそれ以上に!『これで娘が助かるんだ!』と喜んだ!俺に人の温かさはもうないんだ!!だから同情なんてせず今すぐここで殺せ!」
男の言葉に警察官は涙ぐんだり、嫌悪感で悪態をついたり......ある一人の警官は感情を爆発させた。
「風雪!なぜこんなバカな事をした!?アンタの作るアイスは本当に美味かったんだ!ウチの息子も好きだった!こんなことをして粉雪ちゃんが喜ぶと思うのか!?」
その警官は滂沱の涙を流して、子供を通して親交のあった同じ父親に叫んだ。
「これは自分のエゴだ。娘は喜ばない。それでも...人の心を凍りつかせてでも娘を救いたかった。生きていて欲しかった。だからアンタの息子もこの手にかけた...彼は最後まで娘のことを好きでいてくれて...本当に...本当に...」
風雪は最後まで語ることはなかった。
彼の言葉を遮るように一発、また一発と乾いた銃声が鳴り響いた。
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