第2話 冷たい名医

ワタシは医者だ。


患者を治すの仕事だ。


毎朝七時に起きて、身支度を整えれば片手にパンをくわえてカルテに目を走らせる。


朝は慌ただしい。


サイレンが鳴り響き、ストレッチャーが悲鳴を上げる。


患者である男が断りもなく私の部屋を訪れた。


男は膝を笑わせて、腕に抱いた子供の遺体とストレッチャーに乗せられている他の遺体を尻目に叫んだ。


「うちの娘を助けてくれ!移植に必要な子供達を連れてきた!!」


ワタシはズレかけた眼鏡を直すと、すかさず聞いた。


「遺体の状態は!?死後どれくらいだ!?」


「半日も経ってない!いままで移動車の冷凍庫で保存していた!頼む!娘を!粉雪を助けてくれ!」


「当たり前だ!これ以上、命を無駄に散らせるものか!!」



──粉雪は男の一人娘で、難病を患い移植が必要だった。


ワタシは男のしでかした事を責めるよりも今、何をすべきかを優先させた。


ワタシは男と共に警察が手術を妨害すること防ぐため、手術室に続く廊下にバリケードを張ると、手術着に着替えた。


手術室ドアのランプが点灯する。


手術台には麻酔で眠る粉雪。


少女の体は闘病生活ですっかり痩せ細り、腕には無数の注射痕が痛々しく残っている。


肌は白く冷たい。


「救ってみせる」


誰に聞かせるでもなくワタシは呟いていた。




待合室には粉雪の父親がいた。


吐く息は白く、体は寒さと緊張で震えていた。


バリケードを張った手術室のランプがランランと輝いている。


男はそれから視線を外せずにいた。


「おい貴様!動くな警察だ!」


ほどなくして銃を片手に警官隊が男を追い詰めた。


何十丁と向けられる無機質で、冷たそうな銃口が今にも火を吹くのは簡単に予想できた。


男はそれを見れば、友人と久しぶりに出会ったかのように笑顔を浮かべて語った。


片目は涙を流し、もう片方の目は涙が凍りついていた。


「俺はたくさんの子供の命をこの手で奪った。俺の娘は移植が必要だったんだ...だが言い訳はしない。俺は「冷たい殺人鬼」だ!娘の友達は皆、娘のことを心配してくれていた!俺はそんな子供達の全てを奪った...!罪悪感はあった!だがそれ以上に!『これで娘が助かるんだ!』と喜んだ!俺に人の温かさはもうないんだ!!だから同情なんてせず今すぐここで殺せ!」


男の言葉に警察官は涙ぐんだり、嫌悪感で悪態をついたり......ある一人の警官は感情を爆発させた。


「風雪!なぜこんなバカな事をした!?アンタの作るアイスは本当に美味かったんだ!ウチの息子も好きだった!こんなことをして粉雪ちゃんが喜ぶと思うのか!?」


その警官は滂沱の涙を流して、子供を通して親交のあった同じ父親に叫んだ。


「これは自分のエゴだ。娘は喜ばない。それでも...人の心を凍りつかせてでも娘を救いたかった。生きていて欲しかった。だからアンタの息子もこの手にかけた...彼は最後まで娘のことを好きでいてくれて...本当に...本当に...」


風雪は最後まで語ることはなかった。


彼の言葉を遮るように一発、また一発と乾いた銃声が鳴り響いた。

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