現代御伽話短編集
未旅kay(みたび けー)
1、シャッターチャンス
青年が1人、ファインダーを覗く。
第四次世界大戦の兵士の中に若きカメラマンが1人フランス兵の連なる列に並び、混ざっている。
青年は息を呑む。真向かいの兵士の身体を銃弾が貫く。決して、ゲームのように何弾も当たったとしても戦い続けることは不可能な世界だ。首に汗が滲む。
そして、少年はシャッターを切った。フラッシュが相手の日本兵を包んだ。
俺はこんな事をするために、親父の店を継いだんじゃ無い。俺の家は代々続く小さな写真館だった。大学もしっかり出て、やっと親父と親父の守ってきた写真館で多くの人の笑顔を撮影出来ると思ってた。
「赤紙・・・。」
何でだ。俺の理想の世界が変わった瞬間だった。国際的な首脳会談で、そこで微笑む全ての大統領や総理が一瞬で暗殺されたのだ。
世界は一瞬で凍りついた。そして、戦争が始まったのだ。しかし、俺が持たされたのは人を貫く銃でも、一瞬で人を弾き飛ばす手榴弾でも無かったのだ。それは、俺が心から愛していたカメラだった。嬉しかったかって?今は何とも言えない。
俺は決して戦場の場で仲間と手を取り合うソルジャーを撮れとなど命令されなかった。
それは俺の職業が写真家だっていうことを、知りながら俺に浴びせられた言葉だった。
今、俺は山奥で動きづらい防弾チョッキと殴られたら軽く飛んでいきそうなヘルメットを被ってフランス兵と共に行動している。
日本を裏切ったんだ。
フランス兵たちは、俺に言った。カタコトでも、しっかりと伝わるように、「我らから見たあなたの母国の兵士達を撮ってください。」と。
息が苦しい。
「我々を撮らずにあなたは、あなたの国の勇姿を残すのです。」
隣でフランス人の通訳が丁寧な口調で俺に語りかける。
「なぜですか?」
そう尋ねると、
「あなたがカメラから覗き映る人たちは、皆が同じように見えるはずだ。国を人を信じて戦うソルジャー達は。それはきっと、あなたの写真を見る人たちはそう見られるはずだ。」
むかえに座り、タバコを吹かそうとする兵士を眺めながら俺は軽く頷いた。
簡易テントのキャンプに着くと、一晩過ごした。
早朝、機関銃や手榴弾などが並ぶなか、俺は一眼レフを肩にかけ望遠レンズを皮のリュックサックに入れると準備を済ませた兵士と簡易テントの入り口を出た。
その時だった。大きな爆発音と目の前には血だらけのこちら側の兵士が倒れていた。
急げと通訳に連れられてトラックの荷台に他の兵士と乗った。
トラックはガタガタとひどく揺れ、一本の舗装のまばらな道路に出た。酷い銃声が耳の中を反響した。
後ろから銃弾が左腕を掠めた。痛みで俺は悶えた。動脈から外れていて良かった。荷台のドアの窓ガラスが弾け飛ぶ。
通訳が俺にそこのカーブを曲がる時に、奴らを撮影するように命令する。痛みに耐えながら、俺は割れた窓枠にフォーカスリングを乗せると渾身の力を込めてシャッターボタンを力の入る中指で強く押した。何とか銃を構えた日本兵をカメラは捉えたはずだ。肉眼で日本兵を見る前に身体が浮いた。
その時、トラックの横に相手の手榴弾が落ちて強くトラックが左右に揺れた。ドライバーの腕が悪かったら崖に落ちていただろう。ドライバーは、ハンドルを強く切ってカーブした。
窓に近づいていた俺は身体が勢いよく飛ばされて荷台の壁に強く頭を打った。
目を覚ますとベットで横になっていた。腕は包帯で強く縛られて止血されていた。
都市郊外のフランス領の病院にいた。鉄パイプの晒け出されたようなベットがズラリと並べられている。
周りには傷だらけの兵士が天井を見上げていた。
外で記憶にある爆音よりも莫大に大きい爆発音が響いた。
俺の目的、それは人をこのカメラで撮影することだ。軋むベットから飛び降りて外に飛び出した。防弾チョッキが邪魔だ。ヘルメットが邪魔だ。でも、コレらが無ければ銃弾一発からも自分の身体を守れない。
俺はフランス兵士とフランス領に攻め込んできた日本兵の戦闘に瓦礫の傍ら、カメラを構えた。
俺は自分の出来ることをする。
銃弾を避けながらシャッターを切る。歯を噛み締めては息を吸い、そして吐く。荒い呼吸が自らの心臓を大きく震わせている。これが戦場なのだ。それを俺は残す。
何度もシャッターを切った。振り返らずにひたすら走る。
「この野郎、この野郎。俺が撮りたかったのは笑顔だけだったのに、人間の生き生きとした姿だったのに。」
俺の足は止まった。
俺には、見憶えのあり過ぎる撮影機材が並んでいた。
2つのアンブレラと大きな蛇腹式カメラがこちらを向いていた。まるで、大きな天使の翼を広げた真っ黒なドラゴンの様に俺には見えた。
バシャリと俺が親父の傍らからよく聞いていた懐かしい音と共に大きな白い発光が俺とその周囲の兵士を包んだ。
その一瞬の出来事だ。俺は振り返り首を後ろに向けて目を疑った。自分がシャッターを切った日本兵達が倒れているのを。
自分のカメラが人の魂を奪っていたのを。
俺は騙されていたのだ。
首脳会談で一瞬で多くのお偉いを殺した。魂を奪ったのは一台のカメラだった。いつからだろうか、カメラが人の魂を奪う機材に変わったのは。
俺の知っているかぎり親父のカメラは決して人殺しの道具なんかじゃなかった。
俺は、戦場で倒れた。決して、もう立ち上がることは無いだろう。昔、カメラは魂を奪う道具と人々に嫌われていた。そんな、人々の思い込みが現実に変わった瞬間だったのかもしれない。
完
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