5・騎士として守ってあげることね


 ネオジパングのエルザの酒場。ここでアイリスたちと待ち合わせている。

 夕方の四時という半端な時間なので、店内はガラガラだった。

 俺は初めて来たときと同じ、テラスの外の景色がよく見渡せる席に座った。

 ステーキをほおばっていく。肉の部類によって違いはあるのか、今回は噛み応えがあった。

 久保さんをフレンドにした収穫はあった。

 だけど、稼ぎは4000ギルスに満たない。

 ライス付きで1000ギルスのステーキ。

 それに、後からやってくるアイリスと二人の妖精の分をおごれば、数百ギルスしか残りそうにない。


「味はどう?」


 改良したから飲んで欲しいと、エルザさんがサービスしてくれたコーヒーを飲んでみる。


「うん。前のよりずっと良くなっている。香りとコクはコーヒーそのものだ。苦みというか酸味がちょっとキツいかな。でも、酸味の強いコーヒーもあるし、これはこれで悪くない。心なしか、頭がスッキリしてきた」

「心なしじゃないわよ。カフェインの代わりになるものを入れてみたもの」

「代わり?」

「これ」


 美味そうにタバコの煙を、空に向かって吐き出した。


「大丈夫なのか? 麻薬のように強烈だったぞ」

「ようにじゃなくて麻薬そのもの。日本にあったなら確実に禁止になるほどやばいブツ」

「いいのかよ、そんなのを吸っても」

「この世界のルールはあっても、法律はないから自己責任ね。コーヒーは微量しか入れてないから害はないわ。むしろ健康にいいはず。試作一号を飲んだ男性は、量が多かったようで、健康になりすぎて、勃起が止まらなくなってたわねぇ」

「そいつは羨ましい。ED気味だから飲んでみたいものだ」

「勃起不全なの?」

「一年前、女で色々とあってからな」


 俺はコーヒーを飲んでいく。

 残念なことに、股間の部分は熱くならない。なったらなったで、アイリスたちに見られてしまい、ヤバい事になりそうだが。


「ボーヤは、まだイェーガーをやってたのね。軟弱そうだったから、すぐに根を上げるものと思っていたわ。感心、感心。少しはたくましくなったんじゃない?」


 エルザさんは、テーブルに手をつけて、顔を近づけてくる。

 俺のことをマジマジと観察するが、こっちから見えるのは巨乳だった。プルプルと美味しそうに弾んでいる。

 目のやり場に困って視線を外したら、彼女はクスっと笑った。


「ボーヤのレベルは?」

「11。最近は上がらなくなっている」

「10を超えてから、上がらなくなっていくわよ。自分よりも強いバイラスビーストを倒すか、同レベル帯のを何ヶ月も時間をかけて倒し続けるしかない。レベル20以上のイェーガーは、何年もここに来ているベテランね」


 ベテランでも、レベル20ほどということか。


「レベル27の黄色のバイラスビーストを倒せば、一気に上がるかな?」

「そりゃ、上がる……ってそれユニークビーストじゃない?」


 俺は顔を上げた。


「ダークドクロ。レベル27だ。白骨の砂漠にいるそいつを倒すまでは、エムストラーンに居続けるつもりだ。といっても、他に稼ぐ当てがないから、倒したところで、ここにいるだろうけどな」

「やめなさい。倒す前に死ぬわよ」

「わかっている。それでも倒さなくてはならない。そのために、いい手を探しているんだ。なにかないかな?」

「なんで、ユニークビーストを倒したいの?」

「友人を殺された」

「ああ」


 納得がいったようだ。


「敵討ちをしたいのね。気持ちは分かるけど、諦めるのが一番の手よ。忘れなさい。といっても言うこときかないでしょうけど」

「言うことをきかず、死んでいった者は?」

「数えるのも忘れたわよ」


 エルザさんは、不味くなってきたと、タバコを草むらに投げ捨てる。

 アリぐらいの小さな虫たちがカサカサと集まってきて、それを食べていく。


「仲間はいるの?」

「レベル13の白魔法使いが一人。だけど、勝てる保証がなければ手助けはしてくれない」

「一人でもいるとは驚きね」


 驚いてなさそうに言った。


「エルザさんが俺の立場ならどうする?」

「そこの掲示板に、ダークドクロを倒してくれたら30万ギルスの報酬の貼り紙をするかしら」


 店の掲示板には、フレンド募集の他に、討伐してほしいバイラスビースト、集めて欲しい素材の報酬金額が書かれた貼り紙がある。


「30万ギルスなんて無理だ。それに、俺はあいつを自分の手でやっつけたい」

「レベル11のあなたでは無理。高レベルの仲間を雇うのが得策でしょうね。だけど依頼料は高いし、たとえ100万ギルスでも断る人が大半ね。お金抜きで、そんな厳しい条件を引き受けてくれる変わり者なんてひとりぐらい……」


 誰かが浮かんできたようだけど……。


「いえ、いないわ」


 彼女は首を横に振った。


「言いかけた人が気になるんだが」

「ダメよ。あの方は忙しい。それに、命の危険をさらすわけにもいかない。忘れて頂戴」


 名前を出す気にもならないようだ。口を固く閉ざしてしまった。

 エルザさんが、タバコを取りだして、火を点けていった。


「イブキさーん! お待たせしました! うちがいなくて寂しくなかったっスか。怪我はしてませんか?」


 セーラが、テラスの柵から飛んでやってくる。


「あ、美味しそうなの発見。お腹ぺっこぺこだったんですよ。いっただっきまーす!」


 ステーキを取るとパックリと食べた。


「それ、俺のだ!」

「んー、うまうまっス!」


 こいつが一人いるだけで、10人いるようなやかましさだった。


「なんだ、あなたナビとお別れしてなかったの」

「そうっス! うちはちょっとアイリスさんにレンタルされてたんっスよ」

「目的のは手に入ったのか?」


 俺は聞いた。


「いやぁ、ないない。オリハルコンなんか見つかるわけないんすよ、クッキーをエサにして何百もの妖精を使って探しまくりましたけど、落ちていても小さな破片くらい。他には、石ころとか、ガラクタのようなもばっかっス。それでも貴重な薬草などあったようで、アイリスさんは拾いまくってましたけどね」


 セーラは、笑いが止まらないといった様子でペラペラと喋っていく。


「セーラ。うるさい。余計なこと、いわないの」


 アイリスが、店側からテラスにもってくる。


「おっおっ、おまえっ!」


 エルザさんは目を大きくしていた。口にあったタバコが床に落ちてしまっている。


「あ、いや、ごほん……」


 咳払いをする。

 直ぐに元の表情に戻した。


「ごめんなさい、なんでもないの。人違いをしていたわ、ちょっと、似ている人を知っていたもので。この子が、あなたの白魔法使いなのね」

「アイ、リス、です」


 おどおどと、挨拶をする。


「初めまして。この店のマスター、エルザよ。ゆっくりしていってね」


 エルザさんは、初対面である事を強調してから、カウンターに戻っていく。


「エルザさんと会うのは初めてか?」


 アイリスは、三角帽子とマントを脱いで、俺の正面に座った。

 それから、こくん、と頷いた。


「それにしちゃあ、向こうは知っているみたいだった」


 しかも動揺していた。


「知らない。気のせい、じゃない? ここには、依頼の掲示板を見るので、何度か来ているけど、会ったことないし」

「食事は?」

「人、苦手。いつも、ロビーで食べてた」

「エルザさんは、イブキさんと違って地球の仕事が忙しい人なので、滅多にいる方ではないっスからねぇ。うちも、イブキさんのパートナーになって初めて会ったっスよ」

「古株なのか?」

「エルザの酒場は、うちが記憶しているときからありましたっス。ただ、あのエルザさんが、何代目か、という可能性もあるっスけどね」

「一代よ。私の前にエルザはいない」


 エルザさんが何か大きなものを持ってやってくる。


「超特大デラックスパフェよ」


 5人分はありそうな特大のパフェがテーブルに置かれた。

 ソフトクリームに果実のソース、エムストラーンで取れたフルーツがいっぱい乗ってある。


「おいしそう」


 特大の甘いデザートに、アイリスは表情を隠すことができなくなり、口が笑いかけていた。


「よかった。女の子はこれが好きだものね」

「高くないか?」

「可愛い子にはサービス」


 この人は、ロリコンなのだろうか。


「おおっ、エルザさん気前良いっス」

「でも、こんなに、食べれな、い」

「食べてくれる子が二人いるじゃない」


 ちょんちょんとアイリスとルルを指さした。


「そうっスよ、アイリスさん遠慮なく残して下さいっス」

「ん、じゃあ」


 アイリスは、細長いスプーンでパフェのバニラ部分をちょっぴりとすくった。

 小さな口の中に入れていく。


「おいしい。この世界で、こんなの食べられるなんて。びっくり」

「遠慮なく食べてね」


 試作品だったのか、喜んでくれてホッとした様子だ。


「うちも、うちも食べたいっス!」

「あーん」

「あーん!」


 アイリスは、セーラとルルにも食べさせる。

 パフェと妖精効果か、アイリスはクスクスと笑っている。

 滅多に見せない笑みだった。


「複雑ねぇ……」


 エルザさんはその様子を、両腕を組んで、くわえ煙草で眺めている。


「どうした?」

「あの子のレベルは13だっけ?」

「ああ」

「最近来たわけじゃないようね。まさか、ボーヤの彼女なんじゃ?」

「まさか。表を知らないでそんな関係はなれない。見た目はああだけど、中身はどうだかねぇ。俺より年上じゃないかと言ったら、否定はしなかった」

「へぇ」

「30ぐらいの行き遅れなら、顔次第では、考えてもやらんでもないな」


 でも、今の子どもっぽい姿を見ると年相応なのかもしれない。


「あなた、あの子とユニークビーストを倒そうとしているのよね?」

「そのつもりだけど?」


 言葉を閉ざす。なにか考えているようだ。


「しょうがない」


 溜息のように、タバコの煙を吐き出していく。


「ちょっと、そのユニークビーストを調べさせてもらうわよ。白骨の砂漠だったかしら?」

「そうだけど、協力してくれるのか?」

「気まぐれよ」

「そういや、そのユニークビーストがいる地帯に久保さんというフォルシュングと会ったんだ。あの人も、そいつのこと調べてくれるって言ってくれた」

「ああ、大学教授のインディージョーンズね」

「知っているのか?」

「この世界、狭いからね。だったら、ボーヤよりインディージョーンズに聞いたほうが早いわね。あなたは……」

「ん?」


 エルザさんは、俺の片方の肩を揉んでいく。

 痛みを感じるほどに力を込めていた。


「私が見る限り、あの子はまだ子供。ボーヤは男の子なんだから、騎士として守ってあげることね」


 エルザさんは手を離して、「ごゆっくり」と店内に戻っていった。


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