2・アイリスさんはザムラーっスね
「そうなのか?」
「ちきゅーさんが増えたことで、ここに来る目的が多様化していったんですよ。それで大雑把に名称が付けられていったんです。イブキさんはイェーガーで合ってます。アイリスさんはザムラーっスね。エムザさんはヘンドラー。それぞれの意味は……」
【イェーガー】
バイラスビースト狩りをメインにお金を稼く。
大半がイェーガー。
【ザムラー】
エムストラーンにある素材を収集する。
手に入れたものを売ったり、それらを組み合わせて様々なアイテムにしたりする。
【ヘンドラー】
エムストラーンで店を開いて商売をする人。
【フォルシュング】
研究者。エムストラーンについて調査をする。
【ウワラァー】
退治も収集も商売もせず、バカンスを目的にやってきている人。
俺は、セーラの説明通りにメモしていった。
情報量が増えてきたので、要点をまとめるだけで一苦労だ。読むだけで面倒くさくなってくる。
キーボードではなくて、スマホで文字入力をするのだから、時間がかかっていた。
「アイリスさん遅いっすねぇ……」
「彼女が来るまでに一稼ぎできたな」
書き終えても、待ち人はやってこなかった。
ここはロビー。
俺のではない、アイリスのだ。
真っ白な密室空間の俺のロビーとは違って、汚部屋というほど物が乱雑と溢れている。
足の踏み場がなかった。
エムストラーンで集めた素材の倉庫として活用しているようだ。
乾燥された草、木の枝、ウコロやツノらしきもの、怪しい色をした液体が入ったビン。杖、剣、盾などの武器。金属の破片や土。ゴスロリの服やマントなどの衣類。皿やフォークなどの食器に、食べかけのパン。ここで寝泊まりする事があるのか、木の箱を重ねて作ったベッド、など色々とある。
生活感はあっても仕事場という感じで、女性らしい物は何一つとしてなかった。
「さすが、ザムラーですねぇ。アイリスさん、ガチっすよ。うわぁ、これはロドゴスの牙じゃないっすか。貴重品っすよ、どうやって手に入れたんだろう……へぇ」
ルルがこっそりとセーラに話したようだ。セーラは感心していた。
「それで、アイリスはいつくるんだ?」
ルルは、こっちをみて、わからないと首を横に振った。
「あいつはなにをしている?」
ふるふる、首を横に振った。
「おおおおおっ!」
セーラが、山積みとなった物の中に入って、なにかを発見していた。
「どうした?」
「見て下さい! パンツっス、ヒモヒモっス!」
黒のストリングショーツを発見していた。
「うわぁ、アイリスさん、こんなのはいてるんすか? エロイッスけど、似合わないっスねぇ……」
ルルは珍しく、身振り手振りで必死となっていた。声は聞えないけど、焦っているのは分かった。
「なんだって?」
「ビキニアーマーの女戦士さんの怪我を治したら、お礼にくれたものだそうです」
「はいたことがあるのか?」
ルルが、セーラになにか囁いていた。
「あははははは、それは可愛いっス」
「気になるんだが」
「いやぁ、これはアイリスさんに悪いっス。女の秘密っス」
「きっと、毛がもじゃもじゃとしてて、下着が見えなかったんだな」
こつん。
頭上を何か硬い物がぶつかった。
「エロ親父」
アイリスがやってきた。
「いま、俺を殴った?」
「これでね」
俺の頭を杖で叩いたらしかった。
彼女は地球側ではなく、逆にあるエムストラーン側からやってきていた。
「エムストラーンにいたのか?」
「野暮用」
なにか大きな袋をかかえている。
「ルルも余計なことを言わない。まったく」
セーラの手にあったストリングショーツを奪うと、物の山の上に放り投げた。
「欲しければ、あげるけど?」
物欲しそうにしていたセーラに言った。
「いやいや、ちきゅーさんサイズは大きすぎるっス。過激すぎて、うちは無理っス」
「イブキにはかせるといいんじゃない」
「あははははははは」
腹を抱えて爆笑する。
「わたしの下着。あさってなかったでしょうね?」
侮蔑たっぷりに俺を睨み付けた。
ルルは、大丈夫とジャスチャーする。監視役としてここにいたようだ。
「下着なんかあったのか?」
「あるに決まっているでしょ。エムストラーンは、地球にいる以上に服が汚れるもの。ルルに頼んで洗濯してもらっているし、毎日取り替えているわよ」
「へぇ」
だから、ゴスロリ服が何着もあるのかと納得した。
「もしかして、あんた……」
「イブキさん、これしかないっスからねぇ」
「フケツ。近寄らないで」
一度も着替えてないと分かって、引いていた。
「イブキさんが去ったあと、うちがちゃんと洗濯してるっスよ」
ナビはそんなことまでしていたのか。
「アイリスだって、部屋をこんなに汚くしてるだろ」
「汚いってなに。苦労して集めた物だらけ。全てが貴重品なの」
「あのヒモヒモな下着も?」
「っさい!」
杖で俺を叩こうとする。当たらない。本気で当てようとはしなかった。
「武器の前に、まずはネオジパングで服を買ったほうがよさそう」
「鎧など頑丈なの買ったほうがいいか?」
「重くなって、動きが鈍くなるからオススメできないっス。イブキさんは防御力が高く、足は遅いから、身軽な服のほうがいいっスよ」
「パンツ一丁はどうだ?」
「したいならすればいいっスけど、うちはナビをやめていただきます」
冗談だったのだが、セーラは真顔だった。
「服を買ってこいと言いたいけど、ファッションセンス悪そう」
「イブキさんのちきゅーの私服、ダサイっスから、うちがコーデしたほうがいいっスねぇ。この服は、セーラちゃんコーデなんっスよ」
セーラはえっへんと自慢げにする。
「私もいたほうがよさそうね」
「セーラちゃんコーデ、信用されてないっスかっ!」
「そういう訳じゃないけど……」
恥ずかしくなったのか、自分の髪の毛をさすった。男の服を選ぶのに、興味あるのかもしれない。
「防御力の高い服を着せたいけど、お金ないだろうし」
「結構あるぞ、えーと、手持ちは5000ギルスだ」
家賃、佐竹の香典、葬儀場までの運賃、飲み代など、かなり消費していた。
「少なすぎ……」
はぁ、と溜息をついた。
「イブキがまずするのは、自分のレベルにあったバイラスビーストを狩って、お金とレベルをあげること」
「武器はどうする?」
「ひとまずは」
セーラは、槍や剣などの武器置き場から一本の剣を手にすると、俺に渡した。
「これを使いなさい」
ロングソードによりも短かいが、幅は大きく、厚みがあって、ずっしりと重い。
銀ではなく、赤みのかかった色をしている。土で作られたような剣で、脆そうにみえる。
「ソールソード。見た目と違って、ロングソードより頑丈。土属性だし、相性良いはず。ただし、水属性には弱いから気をつけて。海のある場所にはいかないこと」
「分かった」
邪魔にならない場所で、軽く振ってみる。
悪くなかった。
動きは鈍くなるけど、安定した動きが取れた。
「くれるのか?」
「あげない。レンタル。稼ぎの20%。どう?」
「どう思う?」
得かどうか判断できなかったので、セーラに聞いてみる。
「ソールソードは、武器屋にないレア武器です。あったところで、イブキさんなら一か月稼いで届くぐらいでしょうね。アイリスさんの取り引きは非常に良心的っス」
「そっか、じゃあ借りておこう。ありがとうな」
礼を言うと、アイリスは目をそらした。
「これはサブだから。ダークドクロ相手なら、確実に折れる。だから、戦ってはダメ。あれを倒すなら、もっと強力な武器が必要となる」
「その武器はどうする?」
当てはあるようだ。アイリスは、自分の腕の見せ所と、自信満々に頷いた。
「私がイブキの武器を調達する」
「俺は?」
「邪魔」
アイリスとは別行動。
ひとりで黙々とお金とレベルアップ作業しろ、ということだった。
「わかった。じゃあ、セーラ、いくか?」
「違う」
「え?」
「セーラはこっち」
「え? え? え? うちはイブキさんのナビですし、そんなことは……」
セーラは自分を指さす。
「できるから、セーラを借りるの」
「できるっスかっ!」
セーラはびっくりしていた。
「パートナーの何百メートル以内にいなきゃいけない、なんてルールはないでしょ? 召喚されたあとは、自由に行動できるはず」
「そうっスけど。ああ、そうっスね」
理解できたようで、セーラは納得していた。
「さっきルルを置いていったけど、大丈夫だった。だから平気。イブキがセーラを呼ばなければ、別行動は可能」
ルルがロビーにいたのは、その確認もかねていたようだ。
「セーラをつれて、どこにいくんだ?」
「ヴェーダの巨像」
オリハルコンか。
「なにを探そうとしているのか分かったっスけど、見つかる可能性は低いっスよ」
「低いということはある可能性は高いということ。そのためにセーラの協力が必要なの。他にも……」
セーラは、大きな袋を見せる。
「それはなんだ?」
「クッキー。さっきネオジパングで、作ってきたの。たべる?」
袋から取り出して、俺たちにくれた。
形はいびつであり、砂糖もバターも使ってないようで、素っ気ない味だった。
「うまうまっス。もう一個くださいっス」
セーラはお気に召したようだ。
「だめ。これは、妖精たちと取り引きのために使うんだから」
「うちは妖精っス!」
しょうがないと、アイリスはクッキーを渡した。
「やったーっス!」
「つまり、こんな感じにクッキーを与えて、妖精たちに協力してもらうのか」
「いいアイデアでしょ」
「でも、見つかるのか?」
「愚問。探してみなければ、見つかりようもない。イブキは、お金を稼いで待ってなさい。絶対にオリハルコンを見つけてみせる」
ザムラーの血が騒ぐようで、アイリスは目を輝かせていた。
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