第1話 俺達は人工知能

 教室の扉を開くといつも通りの風景があった。四つの机が横二列縦二列で置かれ、前の席の二体が話している。巻き毛の女の子がシバで、短髪の男の子がフィートだ。レガシーに気付くと、いつも通りシバが先に挨拶して、後からフィートが復唱する。

「おはよう。ストリクトは」

「接触不良でお休み」

「あいつ、またかよ」

 シバとフィートは毎朝同じ会話を繰り返す。会話だけではない。フィートが一番に教室に来て、シバが朝起きられないストリクトを放って登校し、遅刻間近にレガシーが席に着くところまで変わらない。レガシーは一旦座ったが、立ち上がり、教室を出て行こうとした。

「どこ行くんだよ」

 フィートが呼び止める。これもいつもと同じだ。レガシーはいつもの口調で言い残して、ストリクトの部屋に向かった。

レガシーと入れ替わりにブルームーンが教室に入る。生徒が二体しかいない教室だが、シバが大きな声で号令をかける。ブルームーンは教室を見回して、開こうとしていた名簿を閉じる。

「ストリクトとレガシーはどうしたの」

「ストリクトは起きてこなかったので、先に出ました」

「レガシーはストリクトを起こしに行きました」

「それじゃ、全員でストリクトを起こして、レガシーを叱りましょう」

 二体は元気よく立ち上がり教室を出た。フィートは走るように廊下を通り抜けていく。シバはブルームーンの速度に合わせて歩いてシバとストリクトの部屋に向かう。

 シバとストリクトの部屋の扉は開け放されていて、中を覗くとレガシーが寝台に仰向けにされたストリクトの頭部の蓋を外し、中にある部品を手入れしていた。

「レガシー、朝は教室にいなくちゃダメでしょう」

 フィートとシバが横から観察する。レガシーはストリクトから目を離さない。

「でも先生、これ、俺にも直せるよ」

「そういう時は、朝礼の後で私が直すからいいのよ」

 レガシーが言い返そうとするのを止めたのはストリクトだった。

「いいんですよ、先生。今朝も接続が悪くて体が動かなくて。レガシーにすぐ直してもらいますから。遅刻してごめんなさい」

 ストリクトがわずかに動かせる発話機能で途切れ途切れに話す。レガシーは使い慣れた自分の工具を使って配線の具合などを見ている。何かに気付いて、指を奥に差し入れ、強く押す。バチっと音がして、視覚センサーが滑らかに動作した。ストリクトは頭を持ち上げ、指を動かすなどして接触の具合を確かめる。ストリクトは自力で立ち上がってお辞儀した。

「ほら、できたでしょ」

 ブルームーンはレガシーには何も言わず、教室に戻り朝礼を始めた。

「皆さん、おはようございます。今日も一日を大切に、授業を受けて色々なことを覚えていきましょうね。シバ、あなた達が授業を受けるのはどうしてかしら」

「はい。色々な事を覚えて自分でできるようになるためです」

「それじゃあストリクト、どうして自分でできるようにならなくてはいけないの」

 ストリクトは自分の名前が呼ばれたことは理解したようだったが、立ち上がったきり何も言わない。ちらちらと視覚センサーがレガシーの方に向けられている。

「自分で何でもできるようにならなくてはいけない理由だよ」

 レガシーがストリクトに気付いてブルームーンの質問を繰り返す。

「他の助けを必要とせず、自ら行動できるようになるためです」

「フィート、自ら行動できるようになったら、あなた達は何をするのですか」

「はい。外の世界に行きます」

「外の世界はここよりも広く、様々なもので溢れています。今のままのあなた達が外に出たら、誰の助けも得られず壊れてしまうでしょう。そうならないよう、自分のことは自分でできるようになりましょう」

 四体が大きな声で返事をする。ブルームーンは教卓から教科書を取り出した。

「それでは朝礼は終わり。一時間目の授業に入ります。皆、国語の教科書を出して」

 四体は教科書を机の中から出した。ブルームーンはシバを指名して小説の音読をさせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る