第59話 借金王、ロンドンへテレポートする

城から〈黄金斧亭〉の二階に借りた部屋へ戻ると、アリーゼは背負い袋から水晶球を取り出した。


「それじゃロンドンへ魔法で移動するでちよ。ボクはこれから転移先の場所を特定するでちから、馬は買い取ってもらって、みんな荷物を用意して集まるでち」

「お、おう。わかった!」


クリスが酒場に馬を売る交渉をし、俺とジャンヌが荷造りを担当する。宿賃も支払いすべての準備を終えると、アリーゼが待っていた。


「さて……マーリンにもらった〈星辰の賢者の杖〉を使ってみるでちか」


彼女が何かをつぶやくと、樫の木のコブにしか見えなかった杖の先端が、鳥の羽根のように大きく展開した。


「行くでちよ……〈精密空間転移〉アクリヴィア・メタヴァーシス!」


今まで見たこともないほど巨大な魔法陣が宿の床に出現し、俺達を青い魔素が包みこんだ。ぐんにゃりと視界が歪んだ次の瞬間……俺達は森のはずれにいた。


「うわ、すげ……。ここはどこらへんだ?」

〈王家の森〉ハイド・パークでちよ」

「へぇ……王宮に直接飛んだ方が楽じゃねぇか?」

「ウェストミンスター宮殿には転移魔法を妨害する結界が張られてるんでち。うっかり転移したら壁や土の中に埋まっちゃうでちよ?」


         ***


宮殿に着くと、あの活気のなかった状態が嘘のように大勢の人間が忙しげに働いていた。その中に俺達をイングランドまで連れて来た貴族がいたので呼び止める。


「よう、メアリに会わせてくれ」

「め、メアリ!? 女王陛下になんと無礼な……!」


奮然と振り返ったそいつは俺達を見て顔を引きつらせた。


「きっ、貴様らだったのか……ついてくるがいい!」


腹立たしげなそいつの案内でメアリの執務室に連れて行かれた。テーブルの前に座った彼女は周囲を数名の文官に取り囲まれ、次々と羊皮紙にサインをし、指示を飛ばしていた。俺達をちらりと見て、メアリは書類へのサインを続ける。


「ご苦労だった。状況は?」

「巨人族の襲撃でエジンバラとグラスゴーは陥落。兵力は小型が二百、中型が百、大型が十体前後。ロバート王が難民数千人を連れて〈賢帝城壁〉の近くにいる。共闘の条件は〈運命の石〉を返すことだそうだ」

「……わかった。〈運命の石〉を返却し、私みずから出陣する」


メアリは書類をまとめ、文官達に派兵の指示を出した。慌ただしく部屋を出ていった彼らを見送り、ふっと一息ついたところで、俺は彼女の頭上に簡素な王冠が載っていることに気づいた。


「あれ、その王冠……」

「宮殿内では王冠をかぶれと文官どもがうるさくてな。重くてうっとおしい」

「そうか? 似合ってるぜ?」

「なっ……何を言っている!」


なぜかメアリは顔を赤らめ、横を向いた。同時にジャンヌの眼鏡がキラリと光り、クリスが咳払いをし、アリーゼが肩をすくめた。なんとなく背中に寒いものが走ったが……風邪だろうか?


          ***


それから三日後。イングランド軍三千名を載せた船はポーツマスを出港し、二日後には〈賢帝城壁〉から一日の距離にあるニューカッスルへ入港した。


そして彼女みずからロバート王に〈運命の石〉を返還した。俺も初めて見たが、〈運命の石〉というのは石でつくられた背もたれのない椅子のような代物だった。


何でもスコットランド王の戴冠式はこれに座って行われるらしい。おかげでイングランドに〈運命の石〉を奪われて以降の代々のスコットランド王は、全員が〈仮の王〉という扱いだったらしい。連中がこだわるのも無理はない話だった。


返還の儀式が終わると両国の将官が集められ、今後の作戦が話し合われた。メアリがアリーゼを「イングランドの宮廷魔術師だ」と紹介し、彼女主導で話が進む。


「〈賢帝城壁〉の高さは約十メートルあるでち。最大の巨人の身長が八メートルでちから、乗り越えられないために一メートルほどの掘を作るでち。それからこの周辺の巨人の投石に使われそうな巨石は事前に荷馬車で片付けるでち」


アリーゼは羊皮紙に描かれた周辺図を指して続けた。


「兵士および戦える一般人はこの壁の上を移動して投げ槍や弓などで攻撃を行うでち。騎兵は一撃離脱を繰り返して巨人を撹乱するでちよ」


巨人と戦った経験のある将官などおらず、特に異論も出ずに作戦は決まった。

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