第15話 借金王、戦場に立つ

翌日。

朝焼けと共に出発したオルレアン解放軍の中でも、俺達はジルの近くに配置された。気がつくとジルの野郎は絡みつくような視線でジャンヌを見てやがる。……まったく気味の悪い野郎だ。


オルレアンに到着すると解放軍は戦場を見渡す小高い丘に布陣した。ここから城までの距離はおよそ二キロ。イングランド軍は各城門の前に陣を敷いていた。


しばらくしてジルの幕舎に呼び出されると、将軍達を集めた作戦会議が行われていた。


「城内の様子は?」

狼煙のろしによれば城内の食料は残り二日。謎の病が発生しており、戦える兵士は三百名ほどとのこと」

「イングランド軍の陣容は」

「南門の鮮血王女ブラッディメアリ以下、各城門前に二千名ずつ。また長弓兵が西門に五百名。合計八千名でございます」


テーブルに広げられた地図に兵士を表す駒が置かれていく。それを睨みつけていたジルはやがて顔を上げた。


「……明日、夜明けとともに全軍で東門に突撃し、その後は北門へ移動する。おそらくイングランド軍は東門と西門の部隊を使い、我々を北門前で挟み撃ちにしようと考えるだろう」


そして言葉を切り、俺達を見た。


「補給部隊は西門の前方で身を隠しつつ待機。敵軍が移動を開始次第、城内に突入せよ」


主力をおとりに使う大胆な作戦だ。俺は少しだけ奴を見直した。


「陽動部隊の指揮は私が取る。長弓兵の射程に入る前に撤退するのを忘れるな」

「はっ!」

「承知しました!」


将軍達が慌ただしく立ち去るなか、ジルは俺達だけを残らせた。


「ジャンヌは本陣で待っているがいい」

「いいえ! 私もダリルさん達と一緒に城に行きます!」


一歩もひかないジャンヌの気迫に結局ジルは折れ、しぶしぶといった様子で俺を睨みつけてきた。


「絶対にジャンヌを守れ。おまえは死んでもかまわん……むしろ死ね」

「言われなくてもジャンヌを守るし、借金を返すまでは死ねねぇよ」


そんなやりとりの後、補給部隊のもとへ打合せに向かった。


「なぁ、王太子を助けたときみたいに全員を透明化できねーか?」

「さすがにこれだけの物資と人間は無理でちね〜」


アリーゼは肩をすくめた。いろいろな可能性を検討し、最終的に戦場で拾い集めたイングランド軍の装備で変装して戦場を突っ切ることにする。打合せを終え、俺達はあてがわれた天幕へと移動した。


「アリーゼは戦場は初めてか?」

「魔法実験の一環で何度か従軍したことがあるでちよ」

「そうか……怪我には気をつけろよ?」

「ボクのこと心配してくれるでちか? それじゃ一緒にテントで思い出作りをするでち!」

「なんでだよ!」


にじり寄るアリーゼからダッシュで離れる。ニヤニヤしながら彼女は自分用の天幕に入っていった。


まあ、あの調子なら戦場に出ても大丈夫だろう。それより心配なのは……周囲を見回すと、ジャンヌがじっとオルレアン城を見つめていた。よく見ると唇が小刻みに震えている。


「大丈夫か?」

「……すごく怖いです。こうしていても身体が震えるくらい」


彼女はまるで震えを止めようとするかのように、両腕で自分の身体を抱きしめた。そして言い聞かせるように言葉を続けた。


「でも……女神様とダリルさんが守ってくださるって信じてますから。大丈夫です!」

「……そうか」

「はい!」


まっすぐに見つめてくるジャンヌが眩しくて視線をそらすと、こちらを見ていたクリスと目があった。そのとたん、彼女も目をそらした。なんだか様子が変だが……まさかあいつも戦場で緊張してるんだろうか?

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