第41話 リュカを、買う
三人はもといた場所に戻ってきていた。だが、誰かが口を開く前にハッチの外で爆発が起き、砕けたクルスタの破片がオービタル・リングに降り注いだ。激震が走り警報が鳴り響く。赤い光の中で我を取り戻したリュカは、反射的にガランサスのコクピットに飛び込んで回線を開いていた。
オービタル・リングの管制室や巡視艇、クルスタからの情報が入り乱れ飛び交っている。そんな中で、ほとんど傍若無人と言って良いほど強力な通信がオービタル・リング全体に向けて発せられていた。
『出て来いリュカ! マヤが待ってるんだぞ!』
カイルの声だった。唖然としたリュカはリング上に備えられたカメラをハックして映像を取り込むが、そこで数機のエクエスを相手に大立ち回りを演じているのは紛れも無くカイルのウッドソレルだった。その背後にはムーンダストも続いている。
「あいつら、何で……」
マヤがカイルを連れてきたのだろうか。だが、それなら何故カイルはそれに乗ったのか。好意を寄せている少女に頼まれたから? その可能性もあるが、まさかそれだけの理由でこんな敵地のど真ん中に殴り込みを掛けて来るとは思えない。もし正気でやっているのだとすれば、馬鹿を通り越して英雄的だ。
『勝手に居なくなりやがって、言い逃げかよ! あんな風に放っておいて忘れろなんて、身勝手すぎるんだよ馬鹿! おいマヤ、お前も何か言ってやれ』
『え、ええ!? 無理よ、こんなに敵がいるんだから!』
『言いたいことがあるから来たんだろ。そんなんじゃ、あいつも出てこないぞ!』
『だってそんな、一言でまとめられないし……うわっ』
動きの鈍いムーンダストに攻撃が集中する。ビームシールドの内側に籠っている間に駆けつけてきたカイルが敵を追い散らすが、オービタル・リングからの増援は少しずつ増えていた。
『……せめてもう一度、ちゃんと会って話がしたいんです。リュカ!』
攻撃に晒されながらも、マヤはどこに居るかも分からないリュカに向かって言葉を紡ぐ。足を撃たれて姿勢を崩し、マヤが短い悲鳴を上げる。
「行かないで良いの?」
コクピットまで流れてきていたエルピスが、リュカの頬に手を添える。
「エルピス、俺は」
「貴方にはまだ手も足も残っているでしょう? そして、今やるべきことも、自分が望むことも分かっているはずよ」
リュカには、これが彼女からの最後の言葉なのだと分かった。彼女の語る一言々々を胸に刻み、同時に、自分の中にまだわだかまっている惜別の念を削ぎ落としていく。もう二度と会うことも無い、会ってはならない相手。恋より深い想いを寄せた人だった。
だからこそ、自分は彼女から離れなければならない。
「ああ分かるさ。もう君から言葉を貰う必要は無い」
「それで良いのよ」
そう呟くと、エルピスはローブの中から林檎を一つ取り出してリュカに押し付けた。彼が投げ返すよりも先にエルピスはコクピットから離れ、エアロックに向かっている。もう返すことは出来なかった。
リアクト・スパインにスーツを接続し、エンジンに火を入れる。破壊されたカメラにわずかに光を灯らせながら、ガランサスは起動した。
「カーリー!」
忘我の状態にあった彼女をマニピュレーターで掬い、コクピットの中に引き入れる。エルピスは扉に取りついていた。隔壁が開く瞬間、彼女がこちらに顔を向けたような気がしたが、すぐにローブの裾は通路の中へと消えて行ってしまった。
「さようなら、エルピス」
彼女の姿が消えたのを確認してから、リュカは隔壁を破壊してガランサスを宇宙に解き放った。
スーツすら着ていないカーリーをリアクト・スパインの裏側に押し込んで、身体を固定するよう促す。彼女を浮かべたまま戦えば、コクピット中が血まみれになることは日の目を見るより明らかだ。
「リアクト・スパインの裏側にベルトがあるだろう、それで身体を固定しろ」
「……邪魔になるようなら、捨ててくれて構わないよ」
「笑えないな」
「冗談じゃない、本気だよ」
ガランサスの出現に気付いたクルスタが、目標をこちらに切り替えて殺到してくる。だが、カーリーはあろうことかコクピットハッチを開こうとしていた。その手を捻り上げ、彼女の顔をぐいと引き寄せる。
「馬鹿な真似をするな!」
「だって……」
「エルピスにああ言われたのが、そんなに堪えたのか?」
「…………」
アラートが鳴り、ABCSSが機体をかすめていく。リュカは咄嗟にカーリーの身体を抱き寄せ機体を急上昇させた。
『何やってるんだ、リュカ! そんなんじゃ墜とされるぞ!』
明らかに精彩を欠いた動きにカイルが疑問を呈するが、リュカは「分かっている」と言って回線を切った。オービタル・リングから機体を離脱させながら、何度もカーリーの名前を呼び続ける。
「私を乗せたままじゃ、足手まといになるだけだ!」
「そんなことは無い!」
「エルピスの……言う通りだ。君に寄生虫と蔑まれても仕方が無い。手助けと称して、君の復讐に寄りかかって来たのは事実だからね」
対殻刀を抜いたエクエスが一直線にこちら目がけて突っ込んでくる。リュカは視線で照準をさだめ、連装ビーム砲を集中して叩き込んだ。爆発の光に反応して遮光機が働き、目に入ってくる光の量を調節する。
「意外だな」
「え?」
襲い掛かって来たカタフラクト二機をいなしながら、リュカは抱き寄せたままのカーリーにそう言った。
「今更、そんなことをお前が気にすることが、意外だと思ったんだ。全部承知の上で、図々しさを押し付けてきているのだとばかり思っていたのだがな」
「図々しいって、いつもそう思ってたわけか……」
「自覚が無いのか、重症だな!」
言い終わると同時にカタフラクトの腹を蹴りつけ、バックパックに通じるエネルギーチューブを爪で切り裂く。
「カイル!」
『何だよ!?』
「倒すのは構わんが、なるべく撃墜はするな。半壊させて動きを止めたら、その場に放置するんだ。その方が敵は動きにくくなる」
『分かった!』
「さて……カーリー、うじうじするのもいい加減にしろよ。文句も愚痴も生き残ったらたっぷり聞いてやる。手を貸せ!」
「君はそれで良いの?」
「いつだって、お前には助けられていたさ」
「……口先野郎」
苦笑と共にカーリーはリュカの腕を離れて、リアクト・スパインの裏側へと回り込んだ。彼女が身体をしっかりと固定したのを確認してから、リュカは正面に迫っているカタフラクト目がけて機体を前進させた。
カタフラクトの腹部に光が収束し、赤い光線となって吐き出される。それをバレルロールで回避しつつ、速度を殺さずに突っ込む。
「オオッ!」
ガランサスの右腕に仕込まれた最後の武器、カバード・スティンガーを展開し、すれちがいざまに硬直しているカタフラクトの胸部へ叩き込んだ。だが、一機倒してもその数倍の数のクルスタが現れ、リュカの行く手を阻む。ビームブレイドを薙ぎ、奪い取ったライフルで撃ち抜き、少しずつカイルやマヤの戦っている戦域に近づいていくが、スラスターの半数が死んでいるガランサスには無限に近い距離に思えた。
近接戦闘では勝てないと悟ったのか、十機ほどのエクエスとカタフラクトが散開してガランサスを包囲した。完全に逃げ場を潰された所に、対殻ライフルの照準が向けられる。
「……カーリー!」
「分かってる」
リュカは、機体の脚を止めなかった。上下左右、それから後背の守りはカーリーに任せ、自分は正面突破にのみ意識を注ぐ。見えている敵から来る弾に当たるほど、自分は弱くないと言い聞かせながら。
真正面にカタフラクトが現れる。グラディスが乗っていたのと同じ、格闘戦特化仕様の機体が、対殻刀ならぬ対殻斧を構えて立ち塞がっている。リュカはビーム砲を連射するが、相手は威嚇射撃に驚くような腰抜けではなかった。
「相手にしていられるか!」
接触する直前、リュカは機体にブレーキを掛けた。胸部装甲の目の前を斧が通り過ぎていく。そのままカバード・スティンガーを叩き込もうとした時、敵はあろうことかスイングの慣性に任せて斧を放り投げ、空いた両手でガランサスに掴みかかって来た。
咄嗟に反応したリュカは、カタフラクトの胴体を蹴りつけて距離を取ろうとするが、それよりも先に敵の腕がガランサスの右脚を掴んでいた。
「チッ!」
リュカは即座にビームブレイドを右膝に突き立てた。元から脆くなっていた脚は簡単に砕け、ガランサスはカタフラクトの手中から逃れるも大きく姿勢を崩す。カタフラクトが再び迫ってくるが、リュカを捉えるよりも己の墜とされる方が早かった。背後から飛びかかったカイルのウッドソレルがビームブレイドを突き立て、そのままガランサスを引き上げた。
『マヤ!』
『はいっ』
合図と同時に、ムーンダストが搭載していた武装を一斉発射する。リュカを追いかけるあまり必死になっていた警備部隊は、クルスタ一機に搭載する量としては不適切なほどの火力を叩き付けられ、ろくに防御も出来ないまま動きを止められた。
「つ、追撃は止んだの?」
「足は止まったが、時間の問題だな。ヴェローナの裏側からも機体が出てきている。巡洋艦まで出てきたら、さすがに逃げきれない」
せめて船足さえ止められれば、クルスタの活動範囲が延長されることは無い。数時間でも構わない、敵の脚を止める手立てが欲しかった。そう考えあぐねているところに、カイルが機体と機体を接触させる。
『リュカ、逃げ切る方法が一つだけあるぜ』
カイルが、自信満々にそう言った。ご丁寧に機体にサムズアップまでさせて。
「何だそれは」
『まあ待てって。一応確認はとっておきたいんだよ。リュカ、あんたがここまで駆けつけてきたってことは、マヤ以外にはもう何もいらないってことで良いんだよな?』
「…………」
『どうなんだよ』
「ふん、考えがあるなら好きにしろ。お前には、俺の持ち物を全てくれてやると言ったからな」
『了解、確かに聞いたぜ』
言うや否や、カイルは海賊達から買い取った船から内火艇を全て発進させた。カイル自身もウッドソレルにコンテナを持たせ、推力を全開にしてオービタル・リングへと向かう。
「何を……」
カーリーが呟いた瞬間、カイルはコンテナを叩き割って、その中にあったものを鷲掴みにした。太陽の光が機体の手から零れ落ちるそれを金色に輝かせる。リュカが、エレクトラの中に入れたままにしていた金塊だった。
「まさか」
『ヴェローナ、暴れて悪かった! でも俺は、リュカを引き渡すわけにはいかない。だからこの金で、身柄を買うことにした!』
カイルは一切の迷い無く、大量の金塊を惑星ヴェローナとオービタル・リングに向けてまき散らした。リングからの砲撃を掻い潜りながら、片手をコンテナの中に突っ込んでは惜しみなく投げ捨てていく。彼が内火艇を撃ち抜くと、そこからもばらばらと金塊が吹きこぼれ、オービタル・リングのドックというドックに吸い込まれていく。あるいは、彼らの戦いを見物に来ていたやじ馬たちの船にぶつかったり、張り付いたりするものもあった。するとどうなるか。
港湾局員たちの制止に目もくれず、あるいは局員までもが衝突した金塊を回収しようとリングの外に飛び出してくる。無論、港など一瞬で機能停止してしまった。誰もが我さきに金塊を拾おうと泳ぎ回り、目先の欲にくらんで七転八倒している。リュカを捕まえようとしていた警備隊員たちもこうなってしまっては身動きが取れず、事態の収集を優先せざるを得なくなった。
飛び回りながら、嬉々として騒ぎを盛り上げるカイルとウッドソレルに三機のカタフラクトが追いつく。だが、すぐ近くまで接近させたかと思うと一気にスラスターを解放して引き離し、同じように金塊をばら撒き続ける。
その光景を遠くから見ていた三人は、それぞれ三者三様のリアクションを顔に浮かべていた。カーリーは唖然呆然といった具合で口を半開きにし、事前に話を聞かされていたマヤでさえまさか本当にやるとはといった具合で頭を抱えていた。そして、リュカだけが呑気に大笑いしていた。
自分をエドガー・ドートリッシュに仕立て上げていたものが消え去っていく。こんなに盛大な形でエドガーが解体されることになるとは思いもしなかった。なるほど、と胸中でリュカは頷く。金塊がまき散らされて小さな光の欠片と化すたびに、心を締め付けていた不快感が解消されていく気がした。自分に圧し掛かっていたものは今やカイルの手によって惑星ヴェローナにばら撒かれている。壮観とさえ言える光景だった。
ついにコンテナを空にしたウッドソレルが、光の翼を伸ばしながらカタフラクトを引き離し、三人の下に帰ってくる。
『全部使い切ったぜ』
「そうか」
『うん? なんでそんな、さっぱりしたような顔してるんだよ』
「実際、そういう気分だからだ。それよりも、急がないと時間稼ぎの意味が無くなるぞ。もうこれ以外に策は無いのだろう?」
『ああ、具体的な作戦はもう何もない。スターゲートは力押しで突破するしかない。ま、エレクトラを餌にしたから、だいぶ数は減ってると思うけどな』
カイルがさらりと口にした言葉に、カーリーが狼狽する。
「ちょっと待って、今何て言った!?」
『あん? だから、エレクトラを囮に使ったんだよ。エドガー・ドートリッシュの船はそっちだって知れ渡ってるからな。大丈夫大丈夫、撃沈されることはないだろうし、生きてりゃそのうち戻って来るさ』
「滅茶苦茶だよお前!」
『うるせえ、俺とマヤの持ち物だぞ。今更文句を言われる筋合いはねえよ』
ガランサスが、ムーンダストから手渡されていたライフルを発射する。
「無駄口はそこまでだ。行くぞ!」
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