第31話 覚醒

 ウッドソレルのコクピットにアラートが鳴り響く。咄嗟に背中を反らせて機体を後転させ、敵の射線から逃れた。

「あれかっ!」

 撃たれた方向に目を向けると、天井に出来た穴を前に一機のクルスタが飛翔していた。大理石で出来た彫像を想起させる四肢と、それとは正反対の鋭利な翼を備えた形状はまぎれもなくカタフラクトのそれである。機体の仕様そのものは一般的で、対殻ライフルと対殻刀を主軸としたオーソドックスな武装で固めているが、どちらも機体サイズ相応の大きさとなっていた。直撃を食らえば装甲の薄いウッドソレルなどあっという間にスクラップだ。

 上空から狙い撃ちにされることを嫌った海賊たちは四機掛かりでカタフラクトに挑んだ。パワーでは劣っているが、旋回性能と小回りで優っているエクエスで翻弄しようというのだ。

 海賊たちはカタフラクトの下方から、竜巻のように回転しつつ射撃を加え、少しずつ包囲網を狭めていく。牽制で投げつけられたグレネードの爆発を浴び、白い機体の表面に僅かに汚れが着いた。爆風に煽られ態勢を崩したかに見えた。

「っ、行くな!」

 それは擬態だと直感的にカイルは悟っていた。制止しようとウッドソレルを上昇させるが、海賊たちの乗ったエクエスはすでに各々の格闘武装を展開して四方から襲い掛かっている。

 カタフラクトの背後から近付いていたエクエスは、ライフルの先端に取り付けた銃剣をバックパック目がけて振り下ろした。だが、その攻撃は機体同士の間に発生した光の壁によって妨げられる。勢いを殺していなかったため、反動によろめいて隙を晒したそのエクエスを、カタフラクトの大型対殻刀が真っ二つに切り裂いていた。

 カタフラクトは止まらない。腕を振った慣性を殺さず、五発のメインスラスターの推力を偏重させることで独楽のように回転して包囲を抜けた。正面にスペルを展開し直して三機が固まる中に突撃する。

 手慣れた海賊たちは、乗せられたという衝撃から即座に立ち直り、各々が別方向に散開した。ムレータに突っ込む牡牛のようにカタフラクトは三機の居た場所を全速力で突っ切っていく。大きく弧を描いて飛ぶカタフラクトにエクエスが次々とABCSSを撃ち掛けるが、それらは全てスペルによって無力化されてしまう。

「この野郎!」

 カイルは真下から襲い掛かった。必然的に射線は十字砲火の形となり、さすがのカタフラクトも全方位をカバーし切れなくなる。バレルロールを繰り出してウッドソレルの砲火から逃れるが、その先にはエクエスが待ち受けていた。

 今度こそ勝負が決まる、そう確信していただけに、カタフラクトがエクエスの腕をあっさりと捕まえて捻り上げる様は相当に衝撃的だった。

 関節は反対方向に折れ曲がり、バイザー型のメインカメラは苦悶しているかの如く明滅する。僚機を盾にされた海賊たちは動きが取れなくなり、一瞬、その場に硬直した。カタフラクトのパイロットはその隙を見逃さなかった。

 プレス機のような巨大な足がエクエスを蹴り飛ばし、別の一機に追突させる。二機が絡まった刹那を逃さず、カタフラクトは対殻刀を投擲して串刺しにしてしまった。そのまま急加速して柄を握り、斬り抜ける。

 火の玉と化して落ちていく二機のエクエス。激昂したか、あるいは恐慌状態に陥った最後の一機は正面から突っ込むが、呆気なくカタフラクトの腕に装備されたビームマシンガンによって片付けられた。

 カイルは途中から見ていることしか出来なかった。機体のパワーと乗り手の力を巧みに、かつ大胆に使って見せたこのパイロットは、間違いなく自分よりも格上だ。手練れの海賊たちが一矢報いることも出来ずに薙ぎ倒されたのだから、経験の少ない自分が相手になるわけがない。

 だが、鋼鉄の百目巨人は最後の標的、即ちウッドソレルにその全ての視線を向けている。この敵を倒さない限り逃げることなど絶対に出来ない。

「……やるしかないかよ!」

 ヘルメットの下でカイルは唇にそっと舌を這わせた。唇は渇いているばかりでなく、緊張と恐怖に震えていたが、敵を見据える瞳は爛々と燃えていた。

 地表に達した二機のエクエスがエンジンを爆発させる。二つの巨大な光球が生まれるのと同時に、カイルは機体を前進させた。

 連装ビーム砲を撃ちつつ、その光の中にABCSSを隠して一撃で勝負を決めようとする。が、無論そんなものにカタフラクトが動じるはずも無かった。スペルを正面に展開し、その後ろからビームマシンガンを乱射する。防げない攻撃ではなかったが、だからこそ嫌らしい。カイルはウッドソレルを横転させてやり過ごし、目まぐるしく射撃ポイントを変えながら攻撃を続ける。その旋回速度は確かにカタフラクトを上回っていたが、敵は射線に合わせてスペルを展開するだけで、全く取り合わない。こちらが撃っているものより、弾速も威力も高い弾が飛んでくるたびに胆の縮む思いがした。機体が揺れ、その振動がアームレストやリアクト・スパインを通じて伝わってくる。

 唐突にカタフラクトからの応射や止んだ。カイルは好機とばかりにライフルの銃口を向けるが、解除されたスペルの向こうに、凶暴な紅い光が集中しているのが見えた。

 咄嗟に機体を上昇させ射線から逃れる。一瞬前までウッドソレルが居た場所を熱線が通り過ぎていった。カタフラクトの腹部に搭載された大口径ビーム砲の光である。

 カイルは撃ち返そうとしたが、すでに敵機は次の行動へと移っていた。マシンガンを乱射しつつ、片手に持たせたライフルでしっかりと狙いを定め、確実にこちらを墜とそうと近づいてくる。カイルは機体の機動性を恃んで回避しようとするが、先の大口径ビーム砲によってコロニーの天井近くへと追い詰められていた。そちらへ上昇するよう仕向けられたのだ。その意図に気付いた時、怒りや焦りより先に、敵への感嘆の念が湧いた。

「でも、まだやられないッ!」

 ビーム砲を撃ちつつ可能な限り後退するが、スペルを展開したカタフラクトは意にも解さなかった。それどころかほとんど直線で動いているため、彼我の距離は段々と埋まりつつある。

 狙い澄まされた一撃はウッドソレルに直撃こそしなかったものの、右手に持たせていたライフルを破壊してくれた。次はコクピットだと言わんばかりに、カタフラクトが照準を修正する。

「ライフルが駄目でも、これがある!」

 右腕のビームブレイドの出力を最大まで上昇させ、正面に向けて投げつける。巨大な剣がいきなり現れたように見えたのか、カタフラクトはさすがに横転してやり過ごし距離をとった。

 だが、その時カタフラクトの真後ろから振り子のように襲い掛かったビームブレイドが、ライフルを手首ごと斬り飛ばしていた。

「どうだ!」

 コクピットの中でカイルは叫ぶ。

 一投目のビームブレイドは囮。本命は、密かに上方の鉄柱へと投げつけていた左手のブレイドだ。カタフラクトがその鉄柱を通り過ぎたタイミングで左腕を振り下ろし、強引にその軌道を変えたのである。

 ウッドソレルは後退から前進に転じ、弾かれた右腕のビームブレイドを回収する。カタフラクトに対し牽制射撃を加えつつ、高跳びの選手のように背中を反らせて鉄柱を飛び越え、左腕のブレイドを巻き取った。

 カイルは、敵に戸惑う間も与えず突撃した。咆哮を上げながら左右のビームブレイドを連続で繰り出す。スペルに弾かれようが、それを解除する暇を与えず斬りまくり、時には大きく機体を旋回させて背後に回り込んだりもした。

 だがカタフラクトのパイロットも一筋縄ではいかない。機動性の面ではウッドソレルに圧倒されているが、カイルの太刀筋を読んで的確にスペルを張り、隙あらばビームマシンガンを撃ち込もうとしてくる。

 両者の戦いに転機が訪れたのは、カイルの放ったビームブレイドが捕まえられた瞬間だ。右腕に装着されたそれを投げつけたのだが、逆にワイヤー部分を握られ手繰り寄せられた。

 カイルは抵抗しようとするが、カタフラクトはその膂力でもってウッドソレルを振り回した。風車のように回転させられながらもカイルはなんとか右腕のフィッシュアンクをパージさせるが、カタフラクトの跳び蹴りまではかわせなかった。

 コクピットに激震が走る。三半規管を揺さぶられ、内臓に強烈な衝撃を食らったカイルは吐き気を堪え切れなかった。ヘルメットの中に吐瀉物をまき散らすが、食道を液状の物体が逆流する不快感が、なんとか彼の意識を繋ぎ止めてくれた。

 ウッドソレルが落下する方向には池があった。カイルは機体の肩をその方向に向けさせ、ビーム砲を乱射する。水蒸気爆発がいくつも発生し、立ち上った水しぶきがウッドソレルの姿を覆い隠す。

 カイルは、汚れたヘルメットを投げ捨てた。

 上空に浮かんでいるカタフラクトは、水しぶきの中に消えたウッドソレルを探そうと躍起になっている。

「一番強い武器で、仕留める……!」

 右手に握ったロッドのホイールを回転させ、カバード・スティンガーを選択する。同時に、ウッドソレルの右腕からビーム砲の砲身が露出した。砲口はちょうど手首の下あたりにあり、一見すると小口径だが、ジェネレーターと直結しているため火力は折り紙付きである。ただし至近距離でなければ十分な威力を持ちえないため、これまで使えなかったのだ。

「勝負だ!」

 まだ辛うじて発生している重力の中から、ウッドソレルが飛び立った。メインスラスターの噴射がひときわ巨大な水しぶきを作り、虹を背にしながらカタフラクトへと向かう。

 カタフラクトの腹部が光った。大口径ビーム砲の熱線を、左腕に残ったビームシールドの出力を全開にして受け止める。

「いけェ!」

 ウッドソレルの背中から巨大な光の翼が伸びる。ビームシールドは赤い光を押し返し、かき分けるが、あまりの熱量にウッドソレルの青い装甲が焦げ付いていく。コクピット内にアラートが響き、シールドの限界を訴える報告がしきりになされている。モニターは白熱していて正面の視界が全く分からない。

オーバーワークをさせていることなど百も承知、こちらが破壊されるか押し切れるかはほとんど運まかせなのだ。だからカイルは歯を食いしばって恐怖に耐えた。少しでも軌道をずらせば、シールドからはみ出た部分を持っていかれる。この状況下で四肢のいずれかを失うことは死につながる。必然的に、カイルの集中力は増していった。表層的な感情や衝動を突き抜けて、ただ生き延びたいという生存本能の部分まで降下していく。

 この光は長くは続かない。止んだ瞬間に右腕のカバード・スティンガーを叩き込む。カイルはそう考えていた。事実、赤い光は少しずつ弱くなってきている。

(今だ!)

 そうカイルが思った時、それは起こった。

 カイルの目の前にウッドソレルの姿がある。シールドは粉々に砕け、腕そのものに深刻なダメージを負いながら、しかし右腕に残った切り札……それはナイフだった……をコクピットに突き立てようとしている。だがそれが届く前に、ウッドソレルの背中には逆手に持たせた対殻刀が突き立てられている…………。

「上!」

 熱線を突破したウッドソレルは、その右手を強引に上方へと振り上げた。そこには逆手に持たれた対殻刀が待ち構えている。

 動揺が機体に現れた。わずかな差ではあったが、カタフラクトが腕を振り下ろすよりも、ウッドソレルの右腕から光が溢れ出る方が早かった。

 対殻刀の刀身が、まるでウッドソレルの掌の中に吸い込まれるかのように消失していく。機体のジェネレーターから供給される膨大なエネルギーは、対殻刀を熔解させるのみならず、その先の左腕までもろとも吹き飛ばす。

 カタフラクトは右腕の残った部分でウッドソレルを殴ろうとするが、それよりも速く、カイルは左腕のカバード・スティンガーを展開させて腹部の砲口を撃ち抜いていた。堅牢な装甲を持つカタフラクトのウィークポイントである。

 腹に大穴を開けたカタフラクトは力を失い、頭部の無数のカメラアイは一斉に光を失った。

 カイルは機体を離脱させる。直後、カタフラクトは巨大な光球に変わり、微塵もその痕跡を残さず爆散した。

 動悸が収まってくれるまでしばらく時間が必要だった。背中をゆっくりとリアクト・スパインにもたれさせ、両手を放す。カタフラクトは跡形も無く消えたが、戦闘の緊張や恐怖はいまだにカイルを捕らえ続けていた。

「……怖かった」

 思わず口をついて出た言葉がそれだった。情けないとは思わない。機体性能のみならず乗り手にも十分な力量があり、何かが狂えばあっさりと殺されていたに違いない。今、こうして息を荒げていること自体が奇跡だ。

 だが何よりも不可解なのは、最後の瞬間に脳裏をよぎったあの光景だ。自分がウッドソレルではなくカタフラクトの中にいるようだった。

「まさか……まさか、な」

 カイルは片手を額に押し付けて、汗で張り付いていた髪を掻きあげた。水を一口だけ含んで、身体に溜まった熱をなんとか下げようとする。考えれば考えるほど熱くなりそうだったので、カイルは意識を別の方向に向けることにした。

「マヤ。そうだ、ちゃんと逃げたのか?」

 思考の方向を無理やり転換させてレーダーを確認すると、地表に留まっていたムーンダストの反応が徐々に接近してくるところだった。カイルは回線を通じて呼びかけるが、彼女の反応は虚ろだった。

「何かあったのか?」

「ううん、何も……大丈夫」

 そんな見え透いた嘘などカイルには通じない。彼は少しだけ躊躇ってから「そんな風には見えないぞ」と続ける。

 片腕が無いためバランスを取りにくくなっているムーンダストは、ふらふらとよろめきながら先行している。カイルは残った片腕をウッドソレルに抱えさせ、真上に出来た穴目がけて急上昇させた。

「エレクトラに帰ろう」

『……うん』

 海賊達が奪える物を手あたり次第に強奪しているのを尻目に、二機のクルスタは監視の目から逃れるために遊弋していたエレクトラへ着艦した。だが格納庫に三機目のウルティオの姿は無く、エレクトラの船腹に取り付けられていた内火艇もろとも消え去っていた。

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