第13話 リュカとカーリー
「趣味悪いぜ!」
カイルが手に持ったナイフを繰り出す。リュカは目の前まで迫ったそれを手の甲で弾き、そのまま左手をカイルの腕に絡ませた。同時に彼の足元を払い、転倒させる。頭が付く直前、カイルはリュカの腕が離れた瞬間に身体を丸め、後転して受け身をとった。
「何が?」
「無駄使いが、だよ!」
起き上がったカイルは再びナイフを構え突進する。素手のまま突っ立っているリュカは、カイルの手を一つ一つ先読みし、最小の動きとエネルギーで確実に捌いていく。
ただの組手にも関わらずカイルに真剣を持たせたのは、実戦通りの緊張感を持ちたいという点もさることながら、エドガーとして猫を被っている間に溜まったフラストレーションをスリルで発散するためでもあった。
ホテルの運動室を貸し切り、かれこれ三時間近く続けているが、いまだにリュカは息切れを起こしていない。多少汗を掻いてはいるが、髪を額に張り付ける程度で、髪どころかシャツまで汗まみれのカイルとは対照的だ。リュカよりも激しく動き続けていたせいで、動きの切れも最初ほどではなくなっている。全力で動き回っていることを考えれば十分な体力ではあるが、逆にいえば我武者羅で単調に突っ込んでいるだけともとれる。
「役者に花束なんか投げたりしちゃってさ! 見てるこっちが恥ずかしかったぜ」
「ドゥクスの振りをするなら、少々派手なくらいが調度良い……正直、あれは我ながらやり過ぎたと思っちゃいるが」
苦笑している彼の顔に、カイルがナイフを突き出す。リュカは軽く首を捻って避けた。
「ふん。体力、バネ、反射神経は見込がある。だがそれ以外がてんで駄目だな。クルスタに乗ることは出来ても、格闘戦が出来ないのでは意味がない」
カイルが横薙ぎを放った時には、リュカはすでに身体を屈めて懐へと飛び込んでいた。左手で、ナイフを振り下す腕を掴み、右手で襟首を掴んでいる。気が付くとカイルは床の上に仰向けで倒されていた。
「……反射神経が良いって言った後にこれかよ」
憮然とした声でカイルは呟いた。
「それだけじゃどうにもならんという証拠だな」
投げた瞬間に奪っていたナイフを振りながらリュカは言った。その余裕しかない表情に、カイルはますます渋面になっていくのだった。
リュカは壁際に置いてあったタオルで顔を拭き、ミネラルウォーターを飲む。中身を半分ほどに減らしてから、起き上がっていたカイルに投げ渡した。
「地上で、二次元の戦闘さえ制せないようでは、宇宙に出てもたかが知れているぞ」
「あんたに言われる筋合いはねえ」
「俺を相手に手も足も出なかったことを忘れたのか?」
「チッ!」
空になったボトルが投げ捨てられる。
「もっと戦術について研究するべきだな。たとえ相手がどんな雑魚であっても、侮らず、一手ごとに駆け引きを仕掛けていく。それが、クルスタに乗った貴種を倒す唯一の方法だ」
「……あんたはそれが出来るのかよ」
リュカは小さく笑った。それが優越を示すものなのか、それとも苦笑なのか、カイルには分からない。
「昔は出来なかったさ。今はそれなりに出来るようになった」
「あんたも、昔からクルスタに乗ってたのか?」
「ああ。お前が乗り込むよりもずっと早くにな。五年前にウルティオの一号機を完成させてからは、南部宇宙と東部宇宙をうろつきながら、海賊ややくざなベラートルと戦っていたよ」
今思うと、最初は本当に酷かった。それこそ今のカイルのように我武者羅に突っ込むような戦い方ばかりをしていたと思う。なまじウルティオの性能が良いだけに、力押しでも勝ててしまうという問題もあった。
もちろん、性能差などものともしない猛者はいくらでもいる。ウルティオを完成させたという慢心はすぐに叩き潰された。
「中にはとんでもない凄腕もいた。そんな連中と戦っている間は、ずっと読み合いだ。さっきから俺はお前の攻撃を捌いていたが、出来る貴種はそれをスペルでやる。となると、腕二本は自由なままだ。スペルの発現に多少意識を割いたとしても、隙だらけの敵に有利な戦いを強いることが出来る」
未熟なセルヴィがドミナに挑む場合、大抵はその絶対無敵の壁の前に戦意を喪失してしまう。ある程度経験を積んだ者なら、スペルを展開している間のクルスタは、そのスペルの面積と反比例するように動きが鈍化することを知っている。敵がそのタイミングで仕掛けてくることを承知している歴戦の戦士ならば、敵の攻撃してくるポイントを予測してスペルを張り、反撃する。
そして、リュカのようにドミナの戦い方を知り尽くしたものであれば、その一部にしか展開されないスペルの間隙を縫って致命傷を与えるのだ。
「お前がこれからもクルスタに乗って戦い続ける気でいるのなら、絶対に修得すべき技術だ」
憮然とした表情で聞いていたカイルも、さすがにリュカの言うことが正論であると認めざるを得なかった。
「それは分かったよ……でも、俺のバッカニア壊したのはお前だろ! 弁償しろよな!」
「別に構わんが。あんな機体にいつまでも乗っていたら、遠からず死ぬぞ」
「じゃあ何だよ、新しいクルスタでもくれるっていうのか?」
「欲しいのか?」
「そりゃあ」
「ふむ」
しばらくリュカは黙り込んだ。クルスタの最新鋭機と言えばカタフラクトだが、あれが強いのはドミナが乗るから強いのであって、セルヴィであるカイルが乗った所で性能は発揮できない。
「まあ考えておこう。それで何の話をしていたかな」
クルスタの話に移ってからずいぶん経ってしまったので、それまで組手をしながら何を話していたかすっかり忘れてしまっていた。
「あんたの無駄遣いの話だ。趣味が悪いって」
「ああ。そういえばそうだったな」
「あんたが誰にどんな理由で復讐したいのかってことも、まだ聞いてない。数日で解放するとか言っておきながらもう二週間経ったし、かといって俺を軍に突き出したりもしない。どういうつもりなんだよ」
詰め寄ってくるカイルに、リュカは一拍置いて聞き返した。
「お前はこの二週間、貴種の街で過ごしてどう感じた?」
「どう、って……なんでいつも、質問に質問で返すんだよ」
「良いから答えろ」
リュカの有無を言わせぬ口調に、渋々カイルは彼について回ったここ二週間の出来事を思い返してみた。
こうして俯瞰してみると、自分の人生では絶対に行かないだろうと思っていたような、そもそも存在することの想像さえ出来ないような場所に何度も行っている。オペラ座の最上段の桟敷、ドミナのサロン、夜会、美術館、大聖堂……そのどこにおいても、やはり思うことは一つ。
「皆、同じ人間……だよな。そんな、貴種とか劣種とか、関係無くって……」
カイルは別に、ヒューマニズム的な意味を込めて発言したわけではない。彼の純粋な感想だった。
もちろん振る舞いや仕草は、貧困層の人間とは比べ物にならないほど洗練されている。だが、人が人に向ける羨望の瞳はどこに行っても見受けられた。そんな視線が目立ったのは間違い無くリュカのせいだ。彼は相対する人ほぼ全員から、程度の差こそあれ、確かに羨望されていた。
人が人を羨む光景など、ヴェローナであろうがシノーペであろうが、どこでも目にすることが出来る。そこにドミナとセルヴィの違いなど無い。
「いつも誰かが誰かを見ていて……下手に金がある分、シノーペの連中よりギラギラしてる感じがした」
「連中が特別とは思わなかったんだな?」
「そうかな。スペルだって、日常的に使っているようには見えないし」
カイルはこれまで、ドミナは自分たちセルヴィとは全く別の生き物だと思っていた。これは彼に限らず、この時代、このEHSに生きている全ての人々の共通認識である。スペルは生物学的な差異であり、従って差別とは言わない。差別という言葉が叫ばれるのは、差別される側が、差別している側を自分たちと同じ人間だと認識しているから出るのである。セルヴィたちは、ドミナを同じ人間として見ることを諦めていた。
リュカが頷く。
「そうだ。貴種と劣種の間に、大きな差異などありはしない。事実、この五百年間で貴種のスペルは世代を経るごとに弱体化して、普通の人間に戻りつつある。この事に関する指摘は、貴種の社会でもほとんど言及されていなくてな……むしろ隠蔽され、無いことになっている」
「そうなのか?」
「スペルを権威の源とするために宗教まで創ったんだ。それくらいは当然だろうし、誰も認めようとはしないだろう。皮肉な話だと思わないか? あいつらの宗教では、スペルは宇宙に進出することによって発現した人類進化の必然だそうだ。それを、特権を得たからと言って星にしがみ付いて、現在進行形で台無しにしているってわけさ」
宗教など、時間が経てば解釈も変わるし教義も変わる。いつの時代、どの宗教であっても、聖典を腐食させるのは常に人間の怠惰と自堕落だった。その法則は、キリストが生まれて二千と八百年ほど経った今になっても、正しさを証明し続けている。
「奴らの中でスペルが弱体化する代わりに、優越感だけは肥大化を続けた。虚栄の根拠の中でぬくぬくと肥え太り続けた奴らは、ある時、一つの遊びを」
リュカの言葉を遮るようにドアノッカーが叩かれ、次いでマヤが入室の許可を求めてきた。
「入りなさい」
「失礼します」
マヤは、シャツの替えとタオルを持っていた。シャツをリュカに手渡し、懐から一通の手紙を差し出す。
「先ほど、サヴァス・ダウラントから送られてきました」
唐突にヴェローナ総督の名前が飛び出したため、カイルは「マジかよ」と呟き茫然とした。ここ数日間で様々な雲上人を見てきたつもりだったが、銀河第二の星を治め、しいては西部宇宙で最も影響力を持っている男から直接手紙が届くというのは、想像の範疇を超えている。
「ようやく来たか」
そんなカイルの驚愕をよそに、リュカはさも当然のごとく封筒を開き視線を走らせる。
「何の手紙だよ」
「昼食のお誘いだ。招待客は俺だけだな」
「……まさか、罠では」
「考え過ぎだ。むしろ、ここで断ると大事に障る。今日、俺の口座にどこからいくら振り込まれたか教えてくれ。上から三つだけで良い」
マヤはリング・コムを操作してホロディスプレイを表示し、銀行のコンピューターに口座を照会させた。
「ハーミーズ航路開発公社より五億二千万リブラ、ダンフォード・インダストリアル・コーポレーションより四億七千万リブラ、花神コンツェルンより二億四千万リブラ。こちらが上位三社です」
「ふん、大方そのあたりの話だろうな。ご機嫌取りをするような性格ではないから、探りを入れるつもりだろう」
エドガー・ドートリッシュの魂胆ならば、いくらでも見せてやろう。どうせ何もかも嘘で塗り固めたフィクションなのだから。
「欲にまみれ、俗世の中で犬掻きをしているあの男では、俺の正体は掴めないさ」
いつだったか、カーリーがとある劇の一節を暗唱していたことを思い出した。ホレイショー、この天と地の間には……という所までは憶えているが、聞き流していたためそれ以上は出てこなかった。元々、文学についての造詣は水たまりほどの深さしか持っていないリュカである。無理に引用を出そうとすると、かえってみっともないだけなので、一旦引っ込めて後でカーリーに聞くことにした。
「明日の午前十時。出かけるぞ」
「分かりました」
「出かけるって……ヴェローナ総督の家に?」
「ああ、そうだ。正確には、総督府内の公邸だな」
「裁判所に引っ立てられることはあっても、そっちに向かうことになるなんて想像もしなかったぜ」
「良かったな? 貴重な体験だ」
「へっ、ありがとさん!」
シャツを着替えたリュカは二人を残して部屋を出ていった。
カイルは赤い前髪に滴った汗を鬱陶しげに払う。そんな彼に向かって、マヤが呟くように「髪」と言った。
「ん?」
「切らないの?」
「ああ……」
指摘されてようやく、カイルは自分の髪が目にかかるほど伸びていたことに気付いた。元々こういうことには無頓着で、海賊仲間に言われた時くらいしか切ったことがない。それも鏡を見ながら自分でやるものだから、髪型が変になるのは当たり前。鋏で顔を切ることもしょっちゅうだ。
「そうだな。もうそろそろだな」
「美容院の場所とか、分かってるの?」
「は? 美容院?」
「ああ……もう」
単に聞き返したというより、端から念頭に置いてないような言い方だったので、マヤは頭を抱えた。
「今までどうしてたの」
「自分でやってた」
「だからそんなにボサボサなのね」
マヤは手元のリング・コムに視線を落とし、ホロディスプレイで簡単な操作をした。何事かとカイルが覗き込むと、時計を表示させて鼻づらに突き付ける。
「三時。玄関前集合」
「誰が?」
「わたしと、あなたが」
「デートのお誘いなら、はっきりそう言ってくれよ」
「馬鹿。髪、切ってもらいに行くのよ! ほら立って。汗拭いて、着替えてくるの!」
「勝手に決めるなよ」
「うるさい。駆け足!」
今にも蹴飛ばしてきそうな勢いのマヤから逃れるように、カイルは慌てて立ちあがり、運動室を出ていった。扉を開く直前、マヤが投げつけたタオルが、綺麗に彼の頭に覆いかぶさった。
「あ」
「どうした?」
「いや、マヤとカイルが外に」
リュカが髪を拭きながらシャワールームから出てみると、ベランダの欄干にもたれたカーリーが真下を指さしていた。
「結構仲良くなってるよね」
「ああ、あのマヤがな……」
リュカは応答しつつ、濡れたタオルを机の上に放り投げた。マヤはもともと人見知りで、そのうえカイルと性格も正反対のはずなのだが、人間誰と仲良くなるかは案外分からないものだと思った。
「何かあったのかな?」
「さあ。好きにすれば良いさ」
言葉はぶっきらぼうだが、表情は優しかった。彼にそんな表情を作らせることが出来るのはマヤだけだとカーリーは知っている。何せ、彼女は一度もそんな表情を向けてもらったことがないのだから。
「リュカはロリコンなのかな?」
「急に何だ」
一人掛けのソファに座ったリュカが、憮然とした声で返す。
「マヤに対してだけは、明らかに対応が違うじゃない」
「それは」
「分かってる。その事情を差し引いても、かなり大切にしてるよね?」
リュカはそう言われて、先日カイルにも似たようなことを聞かれたな、と思い出していた。自分とマヤの関係を問われ、リュカは答えられなかった。
恋人とか、ましてや側女であるとは断じて思わない。一人の人間として彼女を見ているつもりだ。そうすることが、自分とマヤにとっては何よりも重要なことだとリュカは思っている。
「マヤに向けている親愛の、ほんの一割でも私に振り分けてくれたら良いのに」
口を閉ざしたままの彼にカーリーがしなだれかかって来た。唇を彼の頬に寄せ、太腿に置いた手を少しずつ股間へ伸ばしてくる。リュカは腕を突っ張って、彼女を拒絶した。
「私のこと、嫌い?」
「感謝はしている」
「そうじゃなくて」
「……好きにはなれないな」
彼がそう言うと、カーリーは少しだけ寂しそうな表情になった。リュカの身体に這わせていた手を引っ込めて、くるりと踵を返し、ワインセラーから一本抜き取った。
いつだったか、リュカが尋ねたことがある。
「お前は複製した身体を乗り継いで、生き続けてきたと言ったな? では、その複製した身体に元々あった意識はどうなった?」
「死んだよ。全部」
例えば十八歳の肉体を作ったとしても、記憶まではコピーされない。記憶が無ければ人格も言語も発達せず、教える者がいなければ、意識は水子のように消えてしまう。肉体だけが必要なカーリーにとっては、複製した身体自体に宿っていた意識などどうでも良かった。
生き続けるためには必要なことだった。五百年間生と死が曖昧になった空間で過ごしてきた彼女だが、もしこのまま死ねば、それこそ自分の生は完全に無為であったと認めることになってしまう。いかにカーリーといえど、その究極の虚無に対する恐れだけはあったのだ。
「だから、やっぱり、本当は死にたくなかっただけなのかもしれない」
そう彼に洩らしたこともある。
だが、リュカは彼女のそうした行いを毛嫌いした。最初にこの話をしたときは、五百年もそれを続けてきたのかと彼女をなじり、軽蔑の色を隠そうともしなかった。
さすがに今は軽蔑の意思を見せたりはしないが、やはり、根本の部分で彼女を好きになりきれずにいるのだ。
「それでも良いよ。褒められるようなことじゃないって、分かってるからさ。特に、君にとっては許せないことだろうからね」
「……そうだな」
「嫌ってくれても良いよ」
「そうとまでは言い切れないさ。俺だって、同じ状況に放り込まれて、お前と同じ力を与えられたらそうしただろうから」
「ありがとう。飲む?」
グラスを二つ取り出したカーリーが、小さく振って見せる。リュカは断ろうかと思ったが、一杯だけ付き合うことにした。
カーリーはとくとくと紅い液体を注ぎ、テーブルの上にグラスを置いたまま、滑らせるように回転させた。ワインの苦さと甘さの入り混じった香り、そしてアルコールの突き抜けるような感覚が、リュカの鼻腔に広がった。
リュカのグラスには、カーリーのグラスの半分程度しか入っていない。気を利かせたのだ。
「……お前を好くのは、難しいだろうな」
「知ってる」
「だが、受け入れてやりたいとも思っているんだ」
「そうなの?」
「ああ。俺にとって友人と言える人間はお前だけだよ」
友人という関係性は、実に不思議なものだとリュカは思う。カーリーのしてきたことは彼の価値観に真っ向から対立するものだ。にもかかわらず、彼女のことを許容しているし、完全に突き放そうという気にもなれない。人間誰であっても、親しい間柄の人がしたことなら多少は見逃せるし、自説を曲げることもやぶさかではなくなるのだ。
「それは……嬉しいね」
そう言ってカーリーは顔を綻ばせ、一気にグラスの中身を呷った。
「ところでカーリー。アーサー・ガフ君は来たかな?」
「真っ青な顔でね」
そう言って、カーリーは手に持っていた小さな装置を机の上に放り投げた。盗撮カメラである。カフスボタンよりも小さな代物でありながら、盗撮も盗聴も出来るという優れものだ。
だが、クルスタをハンドメイドで造れるリュカにとっては玩具も同然である。撮影した映像を母機へ転送する仕組みになっているが、その経路を逆行してやればこちらからハッキングを仕掛けられる。そうして行き着いた先が、アーサー・ガフという名前のボーイだったのだ。
最初はマザーコンピュータにウイルスをばら撒くことも考えたが、あえて巧妙に編集した映像を流し続けて誤魔化すことにした。その間、こちらは一方的に相手のデータ領域を漁ることが出来る。
ボーイのアーサーが映像の奇妙さに気付いたころには、すでに彼の「顧客」を調べ上げた後だった。案の定、ここ二週間で彼に敵愾心を抱いたドゥクス達の名前がずらずらと並んでいる。ヴェローナ高等法院長エードルンド、主席財務官ゴルドーニといった高級官僚から、中央星府議員ハズウェル、ボルドといった名士の名前まで様々だ。
そうした下劣な行為の証拠は、ドゥクス達にとって当然打撃となりうる。致命打とは言わないまでも、抱えたくはない汚名だ。だから使い走りを消すなりして無かったことにしようとしたがる。使われる側もそのことをわきまえているので、少しでも状況を改善するためにカメラの回収に来たのだろうが、何もかも手遅れだった。今後アーサー・ガフがどうなるかなど、彼らにはどうでも良いことだ。
この七年間で手に入れたのは、何も地位や金、クルスタだけではない。むしろ復讐を遂行するために必要な技術や人脈こそ重要であった。カイルの所属する海賊団にエルピスの動向をリークしたのも、地下の人脈を利用してのことである。
これほど多くのものを持った自分が、負けるはずがない。リュカはそう確信していた。
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