このたびはまことに

外崎 柊

第1話

誰かが死ぬと、誰かが悲しむ。

だけど、知りもしない人間の死は所詮他人事だと、どこか醒めた目で見ていた。

生まれや育ち、富には格差があるが、死だけは誰にでも平等にやってくる。

事故や事件に巻き込まれる理不尽な死はあってもそれもひとつの寿命だろうと心のどこかで考えていた。死についてなどロクに考えたこともなく、どこか遠い異次元の事柄くらいにしか想像したことがなかった。

 自分の人生がこの先さしたる変化もなく生きる意味を見出せそうにもなかったら三十歳で死のうと漠然と考えてもいた。ただその前に、死について少しは知りたいと思った。きっとザラザラとしたその表面にそっと触れてみたいと考えていた。


株式会社高全社は神戸市垂水区で創業から三十年の実績をもつ葬儀社だった。葬儀についてなんの予備知識もない僕がその会社の門を叩いたのにはさしたる理由もなかった。電話帳を適当にめくって載っていた高全社の小さな囲みの広告が目についたのと自宅からの距離が近かったのが志望理由だった。それに何より、死について知りたいのなら死を扱う仕事が一番手っ取り早いと、定職にもついていなかった僕は短絡的にそう考えた。死体が見られれば正直どこの葬儀社でもよかったのだ。

「その若さでこんなとこに来たっちゅうことは、君もなんかやむにやまれんことがあったクチか?」

入社初日、自己紹介が済んだ後、50代位でがっしりとした体格の男性社員が笑顔でそう言った時、意味がよく分からず「いえ、違います」とだけ答えた。周りにいた他の社員も皆、思わず他人の恥ずかしい失敗を見てしまったかのような愉快さと気の毒さを押し殺したような表情で僕を見ていた。

「まあ人それぞれ事情はあるやろ。こんなとこでも入ったからには頑張り」

さっきの男性社員よりもさらに年嵩の白髪でオールバックの吉原部長が、そう言うのを潮に数人のスタッフの輪が崩れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

このたびはまことに 外崎 柊 @maoshu07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る