第弐の伝説「紅蓮《ぐれん》」
「ふああ〜。おお、いけねえいけねえ。こんな時間か。」
男が目を覚ますと、もう陽が傾きかけていた。
「さあて、仕掛けを上げて帰るか〜。どれどれ今日はええ魚、捕んまさったかなあ?」
そう言うと男は、仕掛けを引き上げた。
「わお!こりゃあ大漁!がんこ捕れた。」
男はそう言って仕掛けを舟に引き揚げると、ギッコギッコ、ギッコらしょと浜へ向かって櫂を漕ぐ。
「今日はなんだか、ばかに海が荒れてるなあ。」そう思いながら舟を港に着けると、縄を舟を留めるための杭棒にグルグルグルリと縛り付けた。
男は捕った魚を籠に入れると、ヒョイと背負って桟橋を歩いて浜へ向かう。
「おお、漁はどんな塩梅だったい?」
市場のお爺さが、籠を覗き込んで男に尋ねた。
「やあ、爺さん!まあボチボチだい。今日捕んまえたのは、ええのだもんで、お婆さんとこに持ってくで卸さないよ。」
そう言うと、浜の高いところをテケテクテクと歩いて行った。
陽はもう水平線に沈み始めている。
歩いていると、浜で何やら騒いでいる子ども達が見えた。
「おお〜い!お前達、早く帰らねえとカオーズがでるぞ〜!ハハハッ!」
男がそう叫ぶと、子ども達が振り返った。
「あ、おっさんだ!ちょっとこっちに来ておくれよ。」と手招きして呼んだ。
「なんだい?亀をいじめちゃあいかんぞ。」
そう言うと、男は砂浜を滑る様に駆け下りた。ザザザー、ザッザッザッ。
「どうしただい?」
「なんかこいつ浜に倒れてた。」
「どれ?ああ、生きてるか?」
「なんかムニャムニャ言ってるから大丈夫だと思う。」
男と子どもたちが、倒れた男を囲みながら話している。
「それにしてもお前ら早く帰らねえとだめだろう?カオーズが出るぞ。ウハハハハ。」
「そんなの迷信だいやい!」
その時であった。
ザバーッ、ザバザバザババーッ、ザバザバ。
波とは違う音とともに只ならぬ気配を感じた。
「あわ、あわわわわっ!あわ!」子どもたちが、腰を抜かして尻もちをついた。
「あ?どうしたい?お前ら。」
子ども達が指差して言った。
「お、おっさん!う、後ろ!」
夕陽が沈みかけた海に、巨大な龍が姿を現した。
「ん?」と言って振り向くと、男は龍を睨みつけて言った。
「ほっほう、デカイな。」
ゆうに70米から80米程もありそうな巨体で、ザブザブジャブン、ズシズシシンとこちらに向かってやって来る。
「わはは、こりゃあマズイな。」
「おっさん!笑ってる場合じゃないよ。逃げようよ!」
「お前ら歩けんのか?腰抜かしてて。わはははは。」
龍は口をグワッと大きく開くと、男と子どもたちの方へ向け鉄砲水のように水を噴き出した。
「あわ、うわわわわーっ!やられるー!」と子どもたちが叫んだ。
「しょうがねえなあ、まったく。」
男はそう呟くと、左の手のひらを砂浜に着け、唱えた。
「魔法陣ッ!」
すると、男と子どもたちを囲むように魔法陣がボワンッと浮かびあがった。
すると、龍の鉄砲水がグワンッと、向かって左に逸れたかと思うと、そっちの方にあった戦艦の残骸にぶち当たった。
船は一瞬にして凍りついたかと思うと、粉々に砕け散る。
「うわわわわ!あわーっ!」子どもたちはその凄まじい龍の力に言葉も出ない。
「ありゃあ氷の属性も持ってるら。いいかおまいら、ここから動いちゃあいかんでね。」と言うと男は龍の方へ向かってゆっくりと歩いて行った。
男は歩きながら、夕焼け空へ向かって右の拳を突き上げ唱えた。
「サイコロンッ!」
すると男の右拳に炎が立ち昇る。
メラメラユラリ。ユラ、メラリ。
「シングル!ファイヤースパーーーック!!」と、唱え男が振り出したその右手から、ズキュンッ!バキュンッ!!ドキュンッ!!!と大きな炎の玉が流星の様に放たれた。
「摩訶不思技!紅乱舞!とくと味わいない。」
放たれた無数の炎の玉は、巨大な龍の躰に、まるで隕石が衝突するかの様な衝撃で次々と命中した。
「すげえ!こりゃあ勝負あったら!!!」
子どもたちは魔法陣の中で、やんややんややややんやと大喜び。
バチバチバチバチ!ジュワッジュワジュワ!!
ジュワッ、ジュワワワーッ。
瞬く間に炎は全て消え去った。
「ん?ありゃまちょいちょい。消えちまったなあ。あはははは。」
男は左手を額にかざし、眺めながら笑った。
「アハハハハッ!消えたー!」
あまりの呆気なさに、子どもたちは笑いを堪(こら)えきれない。
「笑ってる場合じゃねえよ。ウハハ。」と、後ろを振り返った、その一瞬の隙。
ブワンッという唸るような音とともに風の動きを感じた。
「し、しまった!やべえ!」と、男が気付いた時にはもう遅かった。
バシーーーーーンッ、ビシビシビシビシ!べシーンッ!という大きな音を立てて巨大な龍の尾が、男を撃ちつけた。
「お、おっさーんッ!!!」
子ども達の悲痛な叫び声も、浜に打ち寄せる波の音に虚しくかき消された。
子どもたちはとても見ていられず、たまらず両手で顔を覆った。
ビシビシビシビシッ!!!きしむ様な音だけが聞こえる。
子どもたちは、おっかなくてまともに見れないが、ちょっと見たいので、顔を覆った手の指の隙間から、ちょっとだけ見た。
なんという事であろう!
男は、その巨大な龍の尾を、左の一の腕で受け止めているではないか。
ビシビシビシビシッ!
流石に巨大な龍の一撃だけあって、受け止めてはいるものの、踏ん張る男の右足は砂浜にズズズ、ズザッっと埋まり込む。
「ふぬぬ!ふぬぬぬぬーんッ!どどすこ〜いッ!」という掛け声とともに、男は左腕を突き上げた。すると、龍の尾がブワッ!ブワワワンッ!と男の頭上を振り抜けた。
振り抜いた勢いで龍はもう半周グルリと周りズシリと立ち、男と龍は正面を切って向かい睨み合った。
「おー、ちべたい!霜焼けできただろうが、この野郎!」
男は一の腕に息をフーフー吹きかけなが言った。
「そんなに暴れたいんなら、ちょっと揉んでやるよ。」
そう言うと、男は噛んでいたガムで風船をプクリと膨らませると、パチンッと弾けさせこう言った。
「テュインリーングッ!」
そして、両掌を真っ赤な夕焼け空に向けて広げ続け様に唱えた。
「サイコロンッ!ダブリューッ!」
右脚を高々と振り上げ、そのままズシンと砂浜を踏みしめた。
左の拳を右肘にガシリとあてがい、右の拳を竜へ向けて真っ直ぐに伸ばし、グッと親指を立てた。
「いいねえ〜、強そうだ。」
そして人差し指を龍に向け狙いを定めた。
さっきまでおっかながっていた子ども達は、男の一挙手一投足が可笑しくてたまらない。
吹き出したいくらいおかしくてたまらないが、男が真剣なので、口を塞いで笑いを堪えている。
面白すぎて、魔法陣から出てはいけないことをすっかり忘れ、男の後方で一緒になって動きを真似している子どももいる。
「摩訶不思技!ファイヤーバードッ!鳳凰乱舞!」
男がそう言い、放たれた一撃は巨大な炎の鳥となって龍へ向かって羽ばたいた。
バサーッ!バサバサバサバー!
龍の懐に飛び込んだかと思うと、そのまま龍をグルグルと紅蓮の炎で包み、天高く舞い上がった。
男は額に手をかざし眺めながら、「ん〜、今度はどうかいなあ?」と呟いた。
「うん。いいんじゃない?」
「ばか強そうだね。あれは。」
と、すぐそばで何故か声が聞こえた。
「そうだら?ハハハッ!って、ん?」
男が両脇を見ると、子どもたちが腕組みしてうなづいている。
「あーッ!出ちゃ駄目だって言っただろ。なにやってんだよ!」
子どもたちは顔を見合わせた。
「あ、そうだった。忘れてた。」そう言いながら、魔法陣の方へ駆けて戻っていった。
そして魔法陣の中に隠れると言った。
「もういいよー!」
炎の鳥は龍の頭上でブオワッと翼を広げ、その姿はまるで鳳凰のようである。
そして上空から獲物を狙う鷹か鷲の様に、龍へ向かって急降下した。
バリバリバリバリバリーッ!バーバリリッ!
伝説の龍の左脇にぶつかり、その衝撃で龍はたまらず右足を一歩後ろへ引いた。
ズザッ。
がっぷり四つに組み合って、暫くお互い動かない。
激しくぶつかり合った後、バイーンッ!バイ、バイーン!と弾きあって対峙した。
炎の鳥は、クルリンと一回転すると、空中から龍を睨みつけた。
龍も波打ち際にグワしと踏ん張って、睨みつけた。
「ほほお、なかなかやるじゃんか。だけんど、お遊びはここまでだでな。」
バッと右手を挙げ唱えた。
「摩訶不思技!スパーク・モード・リーーーーン・・・!!!」
男が、とどめのサイコロンを放とうとしたその刹那。
「おやめッ!そこまでだよっ!」と制止する声が聞こえた。
すんでのところで男はサイコロンを放つのを留めた。
「ん?その声は。」
男はそう言って振り返った。
子ども達も声の主の方を見て言った。
「あ!ベローテのおばちゃん!」
「まったくホント、バカだねえ。その倒れてる男をよく見てみな。」と、倒れた男と子どもたちを囲う魔法陣を指差して言った。
「なんだと?」男は、魔法陣の方に目をやった。子ども達は改めて倒れた男の様子を見る。
「なんか、むにゃむにゃ言ってるよー!」
ビシ、ビシビシシ、ビシッ!
砂浜が盛り上がり、鳴き声が聞こえた。
「ミャウ、ミャーミャー、ミャウ。」
「わー!男の下から龍の子どもが出てきたよーっ!」
子ども達が歓声を上げた。
卵から孵った龍の子どもは、砂から這い出ると、海へ向かって歩いていく。
ペタペタペタペタ、ヨチヨチヨチ。
「ミャーミャーミャー、ボッ!ミャー、ボッ!」
「なんか、火噴いてるよ。」
「ああ、こりゃあ炎の属性持ってんな。炎型だら。」
男が魔法陣の方へ戻りながら言った。
「この男が卵の上に倒れてたから、何かすると勘違いしたんだよ。」と女が言った。
「そうだったんだ。人騒がせな人だね。」と子どもたちが頷きながら言った。
ペタペタペタ、ヨチヨチヨチ、チャプチャプチャプ。
「ミャーミャー、ミャウ、ボッ!」
龍の子どもは、もう波打ち際だ。
「さあ、じゃあこいつを連れて帰るぞ。って、あれ?どこ行った?」と男は辺りを見回した。子どもたちが指差して言った。
「あすこ。」
「ん?」と指差す方を見ると、龍の子どもの背中に男が乗っかっている。
「あ、バカ!龍宮城はねえぞ、まったく。」
と、龍の子どもを追いかけて背の上に倒れている男はをヒョイと背負い戻ってきた。
「とんでもねえな、こいつ!さあ、帰るぞ〜!」
龍の親子も「グオオオオッー!ミャーッ、ボッ!」と咆哮をあげ、夕陽で真っ赤に染まる海を、水平線に向かって帰って行った。
「なんて言ってるだいねえ?」子どもたちが尋ねた。
「うん?ああ、また来るよ〜って言ってるだよ。(多分、違うけど。)」と男は答えた。
「ふ〜ん。そうなんだあ。またおいで〜!」と、子どもたちは龍の親子に向かって手を振った。
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