第17話

「かなしい話です」

 夜来さんは同情するように、しかし大したことではないとでも言いたげなふうに言って、椅子の背もたれにだらりと背中を預けた。


「エッチな抱き枕と、心のなかでくすぶっていた初恋の融合。どちらもお好きなのであれば、一石二鳥だと喜ぶのが普通だと思っていました。身体だけの関係だったアニメキャラの身体にかすかさんを宿らせていることが後ろめたいからでしょうか。それとも、心からの関係だったかすかさんの魂の容れ物としてアニメキャラは相応しくないのでしょうか」

 たしかに、そういう見方もあるだろう。それに、アニメキャラの内面なんて、どうせ主人公の男やストーリーの展開に都合が良いものとして作られたものだ。もちろん外見も、多くの鑑賞者の様々な好みのどこかに引っかかるように作られている。それを「嫁」と呼んで特別な存在としてきたことの後ろ暗さも乗っかっている。


「霊になってしまった相手でも愛せるのなら、今のままでも十分幸せなのでは?」

 状況だけ考えれば、たしかにそのとおりだ。本来であれば、かすかが死んだことなど気づきもせずに、番組改編期を四度経る度に年を取り、老いさらばえていくはずだったのだから。ただ、今日のかすかはどこかおかしかった。おれに捨てられるのを極度に恐れて、もともとのかすかとしての精神性を捨てようとしているようにさえ思えたのだ。


「突然のことで、八木さんの中でうまく消化できないのも仕方ないとは想います。本来であれば、死んでしまった相手と会話をすることなんてできません。そのために特別な訓練を積むイタコのような存在もいるのですから。仮に、かすかさんが八木さんを強く想っていたとしても、霊になって何かに憑依するようなことは、本来はありえないことなのです」

 たしかにそのとおりだ。それも、よりによってアニメキャラの抱き枕だなんて。夜来さんはいろいろ質問を投げてくるが、かすかに早く帰ると言ってしまっていた手前、あまり長話をしている時間はなかった。

 

「かすかさんがとり憑いているその抱き枕、一度見せていただけませんか? 見れば、何かわかることがあるかもしれません」

 でも、初対面の相手にそんなことをしてもらっても良いのだろうか。というか、夜来さんが不思議な力を持っているのだとしても、そんなことが可能なのか。

「もし何かしてもらっても、謝礼とか払えないですし……」

 かすかと引き合わせて除霊されてしまったりしたら、すべてが消えてしまう。それに、家に女子を連れて帰ったらかすかの精神状態が崩れてしまうのではないかと不安だった。


「では、明日学校に連れて来ていただけますか? 悪いようにはいたしません。私の研究と重なる部分もありますし、なぜそのような霊が抱き枕にとり憑いたのかという純粋な興味からのお願いです」

 なんでも、人の記憶を操作して転校生として授業を受けることも可能だそうだ。半信半疑ではあったものの、学校に連れてくることを了承した。かすかの名前や住所など、必要な情報を教えてほしいと言われたのでメモに書いて夜来さんに渡した。


 魔術研究部の部室を出たおれは、あさりに連絡を取ってみた。電話が不通だったので、寝ているのかもしれないと思っていると、次に描くライトノベルの挿絵について打ち合わせをしているという。オリジナル抱き枕の件についてメッセージじゃなく話して相談したいと伝えると、夜に時間ができたら連絡すると返ってきた。――かすかにも、どうしたいか聞かなければいけない。

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