火属性ドラゴンと水属性ドラゴン

春野なお

第1話

 穏やかで過ごしやすい季節のある日、新たなドラゴンが産まれた。

 体長は三十センチにも満たない。真っ赤な鱗に覆われ、産まれながらに将来を有望視されそうなほど立派な翼が差し込む太陽にキラキラと輝いていた。

「お前の面倒は僕が見る」

 今日まで一番年下だったキリエは人型のまま産まれたばかりのドラゴンを抱きしめ、これからの生活の変化に想いを馳せた。



「だが、こんな筈じゃなかった」

 ユーグと名付けられた小ドラゴンは三年後、キリエよりも大きく成長し、期待を裏切らない体躯を誇っていた。

「キリエ、背が縮んだ?」

「お前がでかいだけだ」

 キリエよりも頭一つ分は高い人型に変化したユーグに頭を撫でられ、負けを認めざるを得なかった。

 もともと木のドラゴンであるキリエは、ドラゴンの中でも細身で淡い緑色の鱗を持ち、体長は大人でも十メートルを超える事はない。

 一方、火のドラゴンであるユーグは、ドラゴンの中でも大柄で、赤い鱗と巨大な体躯を持ち、大人になると五十メートル以上成長するものもいる。

 ユーグがキリエの身長を追い抜くことは想像していたが、五年で抜かれるとは思ってもいなかった。

 一気に成長を果たしたユーグはどこから見てもリーダーの風格を備えており、長老の話ではキリエの役割をもう終わらせるということだ。

 ドラゴンの世界では最年少のドラゴンが次に産まれたドラゴンの世話をするという決まりがある。

 年々出生率が低くなっている今、キリエが産まれてからユーグが産まれるまで百年が経っていた。

 長老達がやきもきしていた頃、誕生した次代のリーダー格に喜びも大きかったに違いない。

 本当なら五十年は見る面倒を、五年で終わると長老から言われた時、キリエは複雑な気持ちながら仕方のないことだと思うしかなかった。

「キリエ、聞いているのか?」

「あ、ごめん」

 思い切り頭を叩かれて思考を現実に戻す。

 呆れたように溜息をつくユーグにどちらが年上なのかわからなくなる。

 実際、人型をとっても線の細いキリエとがっちりと筋肉のついたユーグでは、全員がユーグを年上と見るだろう。

 どうしても覆すことの出来ない現実に溜息が出てしまうが、一番の原因は他にあった。

「キリエ、愛している」

「僕は雄だ」

「関係ない」

「訳ないだろ」

 このやり取りは今日に始まったことではない。何度も行われるやり取りにうんざりしながらユーグの言葉を軽く受け流すだけにしていた。

「いい加減、俺の気持ちを受けてくれてもいいだろ」

「冗談じゃない。抱かれるなんて死んでも嫌だ」

 好かれることに関しては嫌ではない。

 しかしユーグの気持ちは親愛を通り越して恋愛としてキリエを愛してしまっているのだ。

 何度勘違いだ、冗談だと説得しても気持ちを変えることはないと言う。

 これからどうしたらいいのか悩んでいる今でもユーグの気持ちは変わらないらしい。

「早く一人前になって離れてくれ」

 長老に一人前と認められたドラゴンは独り立ちし、自分の領地へと帰っていく。

 今はキリエの住む森に居候という形で生活している状態だった。

 本来、ユーグが住むべきなのは火山活動が活発な大地だ。これから成長していく為にも火のドラゴンが栄養とする火山の気を取り込んでいかなければならない。

 そう何度も説明してきたのだが、ユーグは大丈夫の一点張りで聞かず、キリエもどうしようか長老に直接相談しようかと思い始めていた。

「キリエ。俺は諦めないからな。覚悟していろ」

「お、おい」

 怖い発言の詳細を聞く前にユーグはドラゴンの姿に戻ると、勢いよく空へと羽ばたいて行ってしまった。



 困ったことになった。

「キリエ。ユーグに何をした」

 翌朝、長老に呼ばれたキリエは、峡谷にある洞窟を訪れていた。

 土のドラゴンである長老は洞窟の最奥で岩のように動かないまま長く生きている。

「特には何も」

 責められるような声に苛立ちが籠ってしまう。

「ならどうして居なくなった」

「知りません」

 長老が言うには昨日キリエと別れてからユーグの行方が知れないらしい。

 ほぼ全てのドラゴンの位置を把握している長老が感じ取れなくなり、すぐにキリエが予備出されたのだ。

「お前が何かしたのでなければ理由は何だ」

「さぁ」

 ユーグが居なくなったとしてもキリエには関係ない。逆に清々するくらいだ。

 もう話は終わったとばかりに立ち去ろうとして身体が動かないことに気づく。

「待て。ユーグを見つけて来い。それまで住処に戻ることは許さん」

 勝手な話だと抗議しようとしても声が出せない。身体も動かせないまま、長老の言うことを聞くしかなかった。



 キリエはドラゴンになり飛行しながらユーグの姿を探していた。

 辺りは火山から吹き出す炎の熱気で息をするのも苦しい。しかしユーグにとっては力の源にもなる熱気だ。

 あれからユーグを探して飛び回り、最後の当てである火のドラゴンが住む生息地へと足を伸ばすしかなかった。

「見つけたらただじゃおかない」

 一気に奪われる体力と気力に一度大地へと降りる。休憩の為に水を探してみたが、岩と砂の地で視界の先には見つからない。

「僕の体力が無くなるのが先か」

 すぐにでも戻って水浴びをしたい。お気に入りの泉に飛び込んで熱を冷ましたい。

 それにはユーグを見つけ説得し連れ帰さなければならなかった。

「あの馬鹿」

 集中力が落ち、周りの気配が上手く捉えられない。親しんだユーグの気配を探して大地を歩いていると、足元から地響きが伝わってくる。

「何だ?」

 初めて感じる振動に足を止めた瞬間、目の前が真っ赤に染まり意識が途切れた。


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