翡翠の國
凛詠杏理
第1話「竹やぶの中で」
小鳥たちのざわめきに近いさえずりで、アグシュはハッと目を覚ました。
まだこの鬱蒼と茂っている竹やぶの中には、朝日は差していない。
もうひと眠りしようと、アグシュは布団を深くかぶろうとした。
だが、小鳥のさえずりがあまりにも大きすぎて、アグシュの目はすっかり
冴えてしまった。
「なんなんだ、一体...」
アグシュは生あくびをして、目をこすった。このアグシュが住んでいる山の
動物たちは皆穏やかな性質で、発情でもしていない限り、こんなに騒ぎ立てて
鳴いたりはしない。何か山に異変があったのだろうか。
「(小鳥たちの住処に何かあったのか...?何はともあれ、こうもうるさくては眠れやしない)」
アグシュはそう思いながら、ほこりかぶった灯籠に緋色の灯りを灯し、机の上に無造作にほうり投げてあった分厚い羽織を着て、外へ出た。
外はまだ薄暗く、上を見上げても光が差していない。ただ、竹が天に向かって伸びているだけだった。
ここは丹の国。この大陸3国の中でも、技術の発展がめざましい国である。
といっても、ここは丹の国と隣の国「翠」の国の間に位置している竹林で、こんな辺境の山奥に住まうアグシュには、国のことなどどうでも良かった。
アグシュはまだとけ残っている雪の上をざくざくと歩いていく。
素人では足をくじいてしまいそうな獣道を、ひょいひょいと身軽に進んだ。
だんだんと小鳥のさえずりがより大きくなってきた。警戒している
その鳴き声。アグシュは小鳥の巣に何か引っ掛かったのだろう...とぼんやり
考えていた。
険しい獣道を抜け、少しひらけた場所に出た。確かこの辺りに大きな鳥の巣が
あったはずだ。
竹やぶの陰へ目をやると、猿や狸、狐たちが低く唸っていた。
その動物たちが唸っている方向へ更に目をやると、アグシュは思わずその光景に
目を見張った。
人が倒れている。雪の中に顔をうずくめ、うつ伏せになっている。
アグシュはすぐさま駆け寄り、上半身をおこしてやった。
「おい!!大丈夫か、おい!!」
顔に付いていた雪を手ではらい、その人を揺さぶった。
帽子を深くかぶっていて解りづらいが、どうやら15、16辺りの娘のようだ。
着ているものは垢や泥だらけだが、生地はしっかりしていて、元は綺麗な服だったのだろう、染物屋であるアグシュにはすぐに分かった。
「(...今この国は、やや不安定と聞く。こいつは一体...)」
「...ぅう、う」
娘は小さくそう唸り、少しだけ目を開けた。
「意識はあるのか!?」
娘は小さく頷き、消え入るような声でこう言った。
「...お願いだ、追われて、いる。私を、助けて...くれ」
娘はそう言ったきり、また目を瞑ってしまった。ヒューヒューと
か細く息をする音が微かに聞こえる。
アグシュは娘をおぶって、今来た獣道を駆けて行った。
翡翠の國 凛詠杏理 @rinei
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