怪物と少女

図らずも春山

出会い

 その怪物の第一発見者は森を拠点に活動するハンターの男だった。

 男は一人では倒せないと判断し、その怪物の駆除を政府に申し込んだ。

政府はなかなか動かなかったが、似たような申し出が何件もきたため動かざるをえなくなった。

 発見されてから半年後、政府は

シュバルツ・ラインハルト、ルーク・ラファエル、グリフィス・ガッツェの三人を討伐に向かわせた。

 三人共名高いハンターであった。


「この辺りだよな?」

 シュバルツは確認するように仲間に聞いた。彼は二人にくらべてまだ若いが、その腕は確かなものである。

「あぁ。話によるとこの近くに誰かさんの立派な豪邸跡があってそこから出入りしているのを見たらしい」

 ルークはどこか楽しげな様子でそういった。非常に端正な顔立ちをしている。彼にその気があるのなら一生女には困らないだろう。

「見たんならすぐ殺っちまえばよかったのにな」

「怖くて足が動かなかったらしいぜ」

 自分で言ったくせにガハハ、と豪快に笑うグリフィス。彼は図体はデカイくせに小回りがきく。

「とんだ腰抜け野郎だな」

 今回が初対面なのにもかかわらず三人はすぐ打ち明けていた。

「それにしても、一匹相手に俺たち三人はさすがにハンデがあるよな」

 余裕だらけのルークが言った。

「ガハハ! そうだなぁ、少し手加減してやるかのぅ?」

「頼むから手加減しすぎないでくれよな」

「おい、なんだよシュバルツ!まさか俺たちの実力をうたがってんのか?」

「いや、違う違う。俺にはまだ小さな子供がいるんだ。だから早く帰りたいのさ」

 照れながらシュバルツは頭を掻いた。

「ガハハハハ! そいつはぁいいことだぁ! ならさっさと片付けちまおうか!」

 程なくして例の豪邸が見えてきた。

「それにしてもでっけーな、おい」

 その豪邸は小さな村の人々が全員で暮らせるぐらいの大きさを誇っていた。

 古いためか、全体的に苔やつたが生えており森と一体化したような雰囲気をかもしだしていた。

「さあ、仕事の時間だ」

 三人は豪邸へ歩いていった。



「おかーさん、おとーさんは?」

「おとうさんは今日は仕事をしに行ったのよ」

「シゴト?」

「すぐに帰ってくるわ。それまでにお利口さんにしててね」

「うん! シゴト! シゴト!」

 ミゼルカ・ラインハルトと、その娘のクレア・ラインハルトは父のシュバルツ・ラインハルトの帰りを待っていた。



「鍵はかかってるかルーク?」

 その扉は無駄に高くて頑丈そうだった。

「いや、大丈夫だ。かかってない」

「だったら扉を壊さなくて済みそうだのぅ」

 そういったグリフィスは少し残念そうな顔をした。

「おい、グリフィス! しょげてねえで手伝ってくれ!」

 見るとルークとシュバルツが扉を開けようと奮闘していた。

「ガハハ、どうやらワシの出番のようだのぅ! ワシの手にかかれば……」

「グリフィス! 早く!」

「仕方ないのぅ」

 グリフィスは扉に近寄り力任せに押した。

 するといとも簡単に扉は開いた。

「助かったよグリフィス」

「おぬしらは力が弱っちいのぅ」

 グリフィスが少しおどけたように言ってみせた。

 もう既に日は高く登っているというのに、この辺りは木々に覆われていて暗かった。



「ほら、こっちだよジェン!」

 クレアは飼い犬のジェンと庭で遊んでいた。ジェンは3歳になるクレアよりも小さかった。「クゥゥン」

 ジェンがクレアにすりよってくる。

「いいこいいこ」

 クレアはジェンを抱き上げ、優しく頭を撫でてやった。昔からクレアは動物によく懐かれる節があった。

「ジェン! ほらっ」

 クレアが木の枝を投げると

「ワウン!」

 ジェンは木の枝目掛けて勢いよく走って行った。



「薄暗くて気味がわるいな」

 三人の持つ松明の弱々しい灯りだけが進路の頼りだった。

「なあ。こんなに広いんだから手分けして捜さねえか?」

 突然ルークが提案した。

「え~……」

 シュバルツはあまり乗り気ではなかったが、グリフィスは賛成だった。「おお、そいつはいい考えだのぅ」

 2対1で不利だというのにも関わらず、なおもシュバルツは食い下がった。

「例え一匹でも敵がどの位強いのか解らないんだから三人で殺った方がいいだろ!」

 しかし二人は認めない。

「この屋敷のバカデカさをみただろう? 一匹を捜すのには相当な時間と労力がかかる!」

 確かにその通りだった。

「……わかったよ。なら手分けして捜そう」

 こうして三人は三手に分かれて怪物を捜すことになった。

「ったく、まるで迷路だな、ここは」

 そういって足を止める。

 ルークはしばらく一人で怪物を捜していたが、まだ見つからなかった。それどころかネズミ一匹も見ていないのであった。

 とりあえず他の二人と合流しようと再び歩き出した。


 シュバルツは黙々と足を進めていた。暗くて長いその廊下が彼の心を段々と焦らせてゆく。

 今の所動物すら見かけていないのだ。

「これじゃあ帰れねえよ…」

 愛しい妻と娘のことを考えると、早く家に帰りたくなるシュバルツだった。

 ____そのとき

「!!」

 近くで何かが動く気配がした。

 まさか……出たのか?

 そう思い息を殺して気配を待った。角まで静かに移動し、息を整える。その間にも気配はこちらへ近づいてくる。彼は松明を少し遠くに置いた。体を壁にはりつけ、ちらりと気配のするほうに目をやった。

 シュバルツの視線の先には一つの松明が浮かんでいるのが見えた。

 誰だろうか。

 一歩、また一歩とこちらへ向かってくる。シュバルツはいつでも飛び出せるよう、体制を整え、剣を構えた。

 ルークだろうか? グリフィスだろうか? それとも……。

 しかしそんな考えは杞憂に終わった。

 そいつはシュバルツを見つけると「あ、シュバルツじゃん」と声を上げた。ずいぶんと拍子抜けたものである。

「なんだよ、ルークだったのか!」

「おう、何か居たか?」

 剣を戻すシュバルツにルークがきいてきた。

「いや、何もみていない。というよりいないんだ。そっちは?」

「同じだ」

 ルークは肩をすくめて言った。もはやなんの手掛かりもないままであった。

「なんかここまで何もいないとなると不気味だな……」

「不気味だな」

「とりあえずグリフィスを捜すか?」

「そうするか……」

「ちょっと松明をとってくるわ」

 そういってシュバルツは角を曲がった。

 が。

「……あれ?」

 なぜか松明はそこにはなかった。

「あれれれれれ!? ない!」

「どうした?」

 ルークも角から顔をだす。

「ここに置いておいたオレの松明がないんだ!ちょっと照らしてくれ」

「はいよ」

 ルークが自分の松明で辺りを照らす。が、何も見当たらない。

「うーん、確かに置いたはずなんだが……」

 首を傾げながらシュバルツは予備の松明を取り出した。

「済まないがちょっと火貸してくれるか?」

 しかしルークは動かない。

「おい、ルーク?」

 もう一度呼びかけると彼は反応した。

「ん、あぁ。悪い悪い」

「どうしたんだよ?」

 シュバルツが聞くとルークは遠くのほうをみながら答えた。

「いや、何かいたような気がしたんだ……」

「おいおい、やめてくれよ」

「……気のせいだと思うんだがな」


 その頃グリフィスは一人で怪物をさがしていた。

「いないのぅ…」

 グリフィスもまた二人のように生物の姿を見ることができていなかった。

 しばらくキョロキョロしながら歩いていると後方に光が見えた。松明の光だろうか。

「お~い! おぬしは誰だ~!」

 グリフィスが声をあげても返ってくるのは静寂のみだった。

「わしはグリフィスだ!おぬしはルークか!?シュバルツか!?」

 返事はない。

 よくみると松明の位置がやけに低いことに気がついた。さらに光の動き方も何処かおかしい。

 グリフィスは使い慣れたぶっとい剣の柄に手をそえ、それがやって来るのを待った。


 ルークとシュバルツはしばらく歩いていたが、何も見つけられなかった。

「グリフィスどこだ?」

「一回呼んでみるか?」

 と、ルーク。

「呼ぶってどうやって?」

 聞くとルークはいっぱい息を吸い込んで「グリフィス~!!!!」と叫んだ。そして得意気に言う。

「こうやってだよ」

 声は思いのほか響かなかった。辺りは再び元の静寂に包まれる。

「おい、ルーク! 考えろよ! そんなんでくるわけないだろ!」

 少し強めの口調で言うとルークは少し落ち込んだようだ。

 と、そのとき後ろから「おう!ルーク!呼んだかぁ!」という声が聞こえてきた。

 驚いて振り返るとそこには確かにグリフィスがヘらヘらしながら立っていた。  シュバルツが口をあんぐり開けていると、それを見たルークがどうだ、と言わんばかりの顔をしてきた。

「よお、グリフィス!なんか見つかったか?」

 ルークを睨み返しながらシュバルツが聞いた。

「どうせいなかったんだろ」

 ルークが口を挟む。するとグリフィスは「ほらよっ」と言って何かを放り投げた。

 ルークとシュバルツが同時に覗き込む。

 それは、一匹のオオカミだった。胸から腹にかけて深い切り傷がある。グリフィスがやったのだろう。それが致命傷となったらしく、もう息はしていなかった。

「ふふん、やってやったぞ!」

 誇らしげにグリフィスは言った。

「こいつが例の怪物なのか……?」

 ルークは訝しげに呟いた。。

「あれだけ捜してこいつしかいなかったんだ。間違いないだろう? さあ、仕事は終わりだ。早く帰ろう!」

 急かすようにシュバルツは言った。

「おい、待てシュバルツ!」

 急いで帰ろうとするシュバルツをグリフィスが止める。

「なんだよ」

「これ…こいつがくわえてたんだ」

 そういってグリフィスは松明をとりだした。

「おぬしのだろ?」

「……本当だ」

 シュバルツは松明を受け取りしげしげと見つめた。

「こいつがくわえて持ってったってことか…!」

「でもグリフィス。なんで今なんだ?」

「今のお前の松明じゃもちにくそうだったからのぅ」

と言ってグリフィスはシュバルツの持っている松明を見た。それは予備のため、普通の松明よりも短かったのだ。

「へへ……ありがとうな」

 そういって早速火を移し替える。移し終わったところでグリフィスはシュバルツに行った。

「行けよ」

「え?」

「今日は子供と一杯遊ぶだろぅ? 早く行ってやるのが優しさってもんじゃないのかのぅ?」

「そうだよ。お前の言う通り、仕事はもう終わったんだ。わかったらさっさと行きな」

「二人とも……! 本当にありがとう!! 今度街で会ったら何か奢らせてくれよな!」

 そう言うとシュバルツは走り去った。

「……なあグリフィス」

 シュバルツの姿が見えなくなってからルークは言いだした。

「なんだ?」

「おかしいと思わねえか?」

「…………」

「だって発見者はハンターだぜ?オオカミを怪物だなんていうわけがない! それに……!」

「オレはただ、」

 ルークの言葉を遮るようにグリフィスは言った。

「あいつには捨てらんねぇモンがあるなと思っただけだ。そして若い。あいつには未来があるだろう。そいつを守りたかったんだ……」

「…………」

「…………」

 沈黙が流れる。

 へへへ、とルークは笑った。「優しいな、お前」

「うるさいのぅ」

 グリフィスはガハハ、と豪快に笑った。

「さあ、もう一仕事行くか!」

 ルークとグリフィスは一緒に歩き出した。

 ____その時

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」

 少し離れた所から叫び声があがった。その声はシュバルツのそれそのものであった。ルークとグリフィスは顔を見合わせると、全速力で声のした方へ駆けて行った。



 クレアはまだペットのジェンと遊んでいた。母のミゼルカはいつの間にか眠りに落ちていた。

「ジェン! こっち!」

 と、突然近くにいたカラス達が羽ばたいて行った。それに反応するかのようにジェンは顔をあげる。キョロキョロしたかと思ったら、森の方を見定めて走り出した。

「ダメ! まって!」

 それに気づいたクレアはジェンの後を追って森の方へ走って行った。


 どれぐらい走ったのだろうか。クレアは足を止めて周りを見渡した。生い茂る木々。その向こうには豪邸が見えた。

 そこにジェンがいるかもしれない。

 そう思いクレアは再び歩を進め始めた。

 歩いている途中、雨が降ってきた。クレアはフードを被り、木の下を通って行っく。


 しばらく歩いていると例の豪邸についた。その扉は半分開かれた状態で止まっており誰でも容易に入ることが出来た。

 クレアはここにジェンがいる。と思っていた。確か証拠などはないのだが、彼女にはそう思えて仕方がなかったのだ。

 クレアはその薄暗い豪邸の中へ入って行った。

 最初は何も見えず、恐怖で足が動かなかった。しかしジェンのことを思うと、少しずつではあるが前に進む事ができた。

 次第に暗闇にもなれて、周りが見えてくるようになってきた。しかし彼女の心を包み込んでしまうような黒い闇は消えることはない。

 と、いきなり足に何かが当たった感覚がした。

「ひっ……」

 恐怖で自然と声があがった。足元に目を凝らしてみてみるとそれはジェンだった。

 しゃがみ込んで声をかける。

「ジェン。おきて……!」

 しかしジェンはピクリとも動かなかった。

「…………」

 クレアは無言でジェンを抱きかかえる。心なしかいつもの温もりが感じられなかった。

 ジェンを抱いたクレアは母の待つ家へ帰ろうと立ち上がった。

 そんな時ふと、彼女の視界の隅に何かが映った。

 ____なんだろうか?

 好奇心が顔を出す。まるで吸い込まれるかのようにその何かへ近づいて行った。


 それは、腕だった。


 大きくてたくましい腕だった。その腕から肩のほうへ目を動かすと血だらけの頭が見える。時々弱々しく痙攣しながら血を垂れ流している。

 奥を見ると二人、同じ様に倒れていた。

 そのうちの一人はクレアも見知った人だった。

「パパ……?」

 彼女は急いで駆け寄った。見ると下腹部に穴があき、それを押さえる両手の隙間から真っ紅な血が溢れでていた。

「パパ?」

 シュバルツの体がピクピクと動いた。

「ク…レア……」

 シュバルツはそう言うと血だらけの手をあげ、クレアの頬に触れた。クレアの頬に父の血がびったりとこびりつく。まるでまだこの世から出て行きたくはないとでも言うかのように。

「ごめん……な」

 周囲の暗闇に溶け込むかのように小さな声でそう言ったかと思うとシュバルツの手は力を失い、地面に落ちた。

「パパ……」

 クレアは何かを感じて顔をあげた。

 そこには、見るもおぞましい怪物がクレアを凝視して立っていた。

 怪物を見上げるクレアの目には、光でさえも抜け出せぬような、黒い黒い闇が広がっていた。

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怪物と少女 図らずも春山 @hakarazumo

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