9.パパの決意をぶっ壊す
「家族……?」
呟くように親父さんが言う。
「どういう意味だ、それは」
マリカは真っ直ぐに親父さんを見据えた。
「パパがやろうとしていることはきっと、パパが考えて考えて決めたことなんだと思うわ。たぶん、警察に捕まるようなことでもない。パパのことだから、その辺は上手くやっているのでしょう?」
でも、とマリカは続ける。
「でもね、おじいちゃんはきっと、怒ると思う。どういう形に落ち着くかわからないけれど、家族もたぶん、今のままじゃいられない」
しん、と応接室内が水を打ったように静まり返る。
「私にとって、ママも、もちろんパパも、大切な家族だわ。ママとパパ、おじいちゃんとおばあちゃん、そして私。全員が、私の大好きな家族なのよ。……最近じゃ家族みんなで食卓を囲むことも少なくなったわ。それでも、その席はひとつとして欠けちゃだめなの」
「――それは、子供の我儘ではありませんか?」
それまでじっと黙していた女が口を開いた。
「柊様は、苦悩の末、ご自身で道をお選びになったのですよ。現在の地位を捨て、新たな一歩を踏み出すというのは、大変勇気が要るものです。その意志を尊重し、応援するのが娘である貴女の役割ではないでしょうか?」
その冷ややかな視線を、マリカは正面から受け止める。
「そうね、あなたの言うことももっともだと思うわ」
おいおい、日和ったか? 助け舟を出そうかと表情を伺った俺は、しかしすぐに思い留まった。
マリカの目にはまだ、燃えるものが見えた。
「パパはこう見えて、普段からあまり自分を出すことがないの。旅行をする時には“お前たちの行きたい所でいい”と言い、外食にいっても“みんなが食べたいものでいい”って。そんなパパが自分から外へ踏み出すだなんて、相当な決意だったと思うわ」
マリカはしみじみと言葉を漏らす。
自分の父親をオカン目線で見守っていることに引っ掛かるが、まあ事実なのだろう。亭主関白の娘がこんな性格に育つとは思えない。
「あら、分かってくれた?」
「いいえ?」
マリカは再び満面の笑みを浮かべ、女の問いかけを全力で否定する。
「きっと、パパの決意はとても重たくて、とても勇気が要るものだったと思う……けどそれがなんなの?」
そしてわざとらしく溜息をつく。
「そんなの知ったこっちゃないわ」
「なっ……」
女とともに、俺も絶句する。何を言ってるんだこいつは。
「私が嫌だって言ってるのよ」
「お、お前……」
俺は思わず口走っていた。
“打ち合わせ”ではここから、親父さんの行為がいかに道義に反するか、家族を悲しませるかを、時に俺が助け舟を出しながら切々と淡々と説いていくはずだったのだ。
「黙って私の言うとおりにすればいいのよ」
それがなんだこれは。燃えすぎてオーバヒートしたのか。
スッ、と女が前に出た。そうだ、言ってやれ。頼むからあいつの頭を冷やしてくれ。
「貴女ね、それこそ子供の我儘じゃ」
「うるさい黙れ!」
「なっ……」
ぴしゃり、と一喝し女の反論を退ける。
「外野は黙ってなさい! これは私とパパの問題よ!」
思わずたじろぐほどの凄まじい気迫だった。俺も、女も、言葉が出なかった。
「愛娘が嫌だっつってんのよ! 言うとおりにしなさい! それでも拒否するというのなら……」
マリカはすうっ、と息を吸い込み、フロア中に響き渡るような声で言った。
「もう一っ生、パパとは口を利かないし、目も合わせてあげないから!!」
から から から、と残響が波となり、やがて消えた。
後にはふうふうと肩で息をしているマリカと、ぽかんとした表情を浮かべる大人たちが残された。
も、もう無茶苦茶だ……。
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