7.親父の秘密

 カード型レコーダーの設置が終わり数分後、俺は同フロアの男子トイレで温かい便座に腰掛けていた。


 あのレコーダーには通信機能が付いており、録音時間10分毎にネット上のフォルダへ音声データが保存されていく。発見され難さが取り柄の道具だが、万一見つかっちまっても遠隔でロックが掛けられる上、レコーダー自体には音声が保存されない造りになっている。回収できない場合は使い捨てになってしまうのがネックだが、背に腹は代えられない。

 特注品だけに決して安いものではないが、俺はコイツを複数所持している。まあいわゆる探偵の七つ道具って奴だ(実際は七つどころじゃないがそりゃあ言わない約束だ)。


 設置場所が突貫工事もいいとこだったのでちゃんと音が拾えるか心配していたのだが、イヤホンを片耳に捩じ込めば応接室の奥の会話がなんとか聴こえてきた。

 声と気配から察するに、中に居るのは男女が一人ずつのようだ。

 しかし密室に男と女が二人きり、か。マリカの心配もあながち外れちゃあいねえのかもしれない。だが、こんな白昼、しかも自分の職場で逢瀬を楽しむだろうか?

 言うまでもなく男の方はマリカの親父だが、女の方の正体を探るべく意識を耳に集中する。

「……私には貴方が必要なの」

「そう言ってもらえるのは嬉しい、だが私も悩んでいるんだ……」

 おいおいおい。前言撤回、いきなりやべえ雰囲気じゃねえか。

 意味が無いのは分かっているが思わず便座から身を乗り出し、俺は二人のやり取りに集中する。

 しばらくそんな調子の押し問答を聞かされ続け、いい加減うんざりし始めた頃だ。

「あ、そういうことかい」

 思わず小さく溢した。なるほど、ね。

 もうこれ以上盗聴を続ける必要はないと判断した俺は、ポケットからスマホを取り出し画面を眺めた。

 さあて、どうしたもんかね。



 程なくして俺からのメールを見たマリカが二十二階(のトイレ)へとやってきた。

「誰かに怪しまれたり、呼び止められたりしなかったか?」

 一応監視カメラの位置と比較的安全なルートを送っておいたが、気休めにしかならないだろう。時間はあまり無いかもしれない。

「大丈夫……だと思う。それより……」

 言って、恨めしそうに俺を睨むマリカ。

「まさかこの歳になって男子トイレに、しかもオジサンと個室に入ることになるなんて思わなかったわ……」

「オニイサンと言いなさい」

 ……そう。俺はこの階へやって来たマリカを、俺が潜伏していた男子トイレの個室に誘導したのだ(嫌がるマリカは小声でわめくという器用なことをやってのけた)。

「さて」

 俺は便器を挟んで立つマリカに向き直った。

 流石一流企業だけあってトイレも広々としている。個室に二人で入ったくらいじゃそこまで窮屈さも感じない。

「親父さんの怪しい行動だが、理由が分かったぜ」

「ええーっむぐうぐぐ……!」

 大声を上げそうになるマリカの口を慌てて抑え込む。周囲の様子を伺いながら俺はマリカの耳元で囁く。

「静かにっ! そのまま頭ん中でゆっくり三つ数えるんだ。1,2,3……落ち着いたか?」

 無言でコクコクと頷くマリカ。妙に赤い顔をしている気がするが、今更緊張してきたのだろうか。

「よし、時間もねえから掻い摘んで説明するぞ……」

 そう前置いて、盗聴した会話の内容と俺の推論を話して聴かせた。



「……なるほどね」

 一通り俺が話し終えると、マリカは複雑な表情を浮かべながら小さく呟いた。自制はしているだろうが、それにしても声に元気が無い。

「どうした、何かおかしいところがあったか?」

「そうじゃなくて……そうじゃないんだけど」

 そこで俺はピンときたんだ。

「そうだな。親父さんだけが家族じゃねえもんな」

 ぼそっと溢れた俺の言葉に目を見開くマリカ。

「そのくらい分かるンだよ」

 まあ反応を見るまでは分からなかったが、それは言わずにおこう。

 よく見れば今にも泣き出しそうな顔をしていた。俺は苦笑交じりにマリカの頭をガシガシと掻いた。

「わ、わ!」

 突然の攻撃(?)に動揺しつつも今度はちゃんと小声でわめいた。学習したな、感心感心。

 さて、それじゃ真面目な質問だ。俺は手を離し、口を開く。

「……じゃあ聞くぜ。お前はどうしたい?」

 俺の言葉に俯いたまま、数秒、いや数十秒固まったマリカは、きっ、と顔を上げた。そして、決意の篭った目で、ゆっくりと呟いた。

 

「私……私は――」


 その言葉を聞いて、俺は思わずにやりと口の端を持ち上げる。

「じゃあ、やることは決まってるな」

 こくりと頷く顔を見届け、俺は個室のドアを開いた。

「親子対決の始まりだ」

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