4.大事な話

「これコーヒー? 美味しくないわ」

 接客用のソファに腰掛ける少女――マリカは、俺の出してやったアイスコーヒーをストローで啜っていた。

「不味さには同意するがコーヒーであることに疑問を抱くなよ」

「だって私の知っているコーヒーと味が違うんだもの」

 こいつ、インスタントコーヒーを飲んだことがないのか? だとしたらどんな箱入りだよ。

 嫌な予感を覚えながら、俺はマリカの対面にどかっと腰を下ろした。

「さて、と。早速だが詳しい話を聞かせてもらおうか」

「ええ、うまく話せないかもしれないけれど」

「構わねえ。知っていること、覚えていることを全部話してくれ」

「わかったわ」

 アイスコーヒーのグラスを置き、マリカが口を開く。

「妙に帰りが遅かったり、休みの日も一人でどこかへ出掛けたりするようになったことはもう話したわよね」

「ああ、最近になって急にだろ。だからお前は親父が浮気してるんじゃないかと考えた」

「ええ。まずは帰りの時間なのだけど、以前は遅くても午後の十時前には帰ってきていたわ。でも最近は日付が変わってもまだ戻ってこなかったり、泊まりがけで翌日の夜に帰ることが増えたわ」

「そりゃあ仕事が立て込んでいるせいじゃねえのか?」

「勿論それは考えたわ。でも、私やママが『お仕事大変なの?』と尋ねても、『まあちょっとね』なんてぎこちない笑みを浮かべながらはぐらかされてしまうの」

 単に疲れが顔に出ているだけかもしれねえと思ったが、ひとまず先を促した。

「それから休みの日も、『ちょっと出掛けてくる』なんて言って行き先も告げずに一人で外出することが増えたの。時間は一、二時間くらいだからそんなに遠くには行けないと思うのだけれど、どこに行っていたのか尋ねてもやっぱりはぐらかされてしまうわ」

「ふうん」

 相槌を打ちながらマグに口をつけた。安っぽい苦味が頭を刺激する。

「他には何か気付いたことはねえか?」

「そうね……あっ、背後に敏感になったわ」

「なんだそりゃ? お前の親父は殺し屋か?」

 俺の言葉にきょとんとした顔のマリカ。これがジェネレーションギャップか。

「よくわからないけれど……たとえばそう、リビングのソファで携帯を見ている時とか、書斎でパソコン作業をしている時とかに、やたらと背後を気にするのよ。頻繁に振り返ったりして」

 ふうん、何か見られたくないものでもあるのか?

「それから少し前、ソファの後ろから私が声を掛けたら肩を跳ね上げて驚いていたわ。その後の会話も動揺しているみたいだった。……お話できるのはこんなところかしら」

「なるほど。なんとなく見えてきたぜ」

「本当?」

 俺はマグに残ったコーヒーを一気に飲み干した。

「まず、お前の話が事実なら、親父さんが何かを隠しているのはまず間違いねえ。おそらく、誰かと連絡を取っている可能性が高いだろうな。それも家族に知られたくない相手と、だ」

「やっぱり……」

 マリカは肩を落とす。だが落ち込むにはまだ早いぜ。

「そう気落ちするな。浮気と決まったわけじゃねえ。今の情報じゃそこまでは分からねえからな」

 俺の言葉に顔を上げるマリカ。

「どうする気?」

「これからは親父の尻尾を掴むために動く。尾行、張り込み、潜入。なんでもござれだ」

 俺は掛けてあったジャケットを羽織り、立ち上がった。

「探偵の本領発揮といきますか」

 そして再びソファに腰を下ろす(ジャケットは着たままだ)。

「調査を始める前に、だ」

「えっ、なに」

「こっちの話をしようか」

 摘み上げた封筒をひらひらと振りながら、空いた方の手の人差し指と親指で輪っかを作る。

「あー……」

 大事な話だろ、そんな白い目で見るな。

「ほらよ。こいつが前金半分」

 俺は封筒から数枚抜いてマリカに見せ、残りを相手に放った。

「成功報酬でもう半分だ」

「意外……問答無用で全部取るんだと思ったわ」

 本気で驚いた表情をする相手に思わず苦笑が漏れる。

「クロス探偵社は安心安全・明朗会計で営業しております」

「……私、あなたのことを少し誤解してたみたい。ごめんなさい」

 頭を下げるマリカ。最近の捻くれたガキにはない素直さだ。親御さんの育て方が良いんだろう。

 申し訳なさそうな顔に、なんだかこっちが悪いことをしてる気になるぜ。俺はマリカの頭をぽんと叩いた。

「いいさ、探偵なんて胡散臭え商売やってる身だ」

 ニカっと笑ってみせると、ようやく薄く微笑みが浮かんだ。

「さあて、改めて調査開始だ」

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