暁闇に星ふたつ:23
発声することは可能か否か、視界は封じられるのか否か、感覚は、魔術的な制限は施されるのか。いくつかのことを早口で問いかけ、エスコートに問題がないと分かるや否や、ツフィアは返事を書くから持って行って、とウィッシュに告げた。
そう何度も許可を取って来るのは大変でしょうと言葉は付け加えられていたが、すぐに言葉を届けたいのだということは、深い喜びに満ちた瞳では隠しきれていなかった。
あれこれもしかして『学園』にソキを届けたらストルにも捕まる流れなんじゃ、とウィッシュは呟き、諦め、ツフィアの申し出を受けることにした。
返事を持って帰らなければ帰らないで、そわそわ待っているリトリアに、質問責めにされるのが目に見えていたからである。
あとはどうやってロゼア誤魔化すかだよなー、と呟き、ウィッシュはツフィアの周りを落ち付きなくちょろちょろするソキに、苦笑いを向けた。
「ソキ。ツフィア、手紙を書くんだって。こっちで一緒に待ってよ」
「ソキはお邪魔をしないです。ツフィアさん? お手紙書くの? なんて書くです? ねえねえ。ツフィアさんが、リトリアさんのえすことをするの? ソキねえ、ソキはねぇ、リボンちゃんがするんですよ。リボンちゃんはね、ソキの案内妖精さんでね、それでねあのね」
あっ、そっかしまったツフィアはソキの好みなんだよなー、ソキああいう感じのきれいなお姉さんだいすきだもんなー、どうしようかなー、と部屋の隅に置かれたソファに腰かけながら、ウィッシュはのんびりと口に出す。
ねえねえ、ねえ、ねえ、ときゃっきゃはしゃいだ声をあげて、ソキは机に向かおうとするツフィアの傍で話をしたがっている。
ツフィアは笑いをこらえる声でいくつか質問に答え、机の引き出しから小瓶を取り出すと、それをぽん、とソキの手に持たせた。
「飴は好き? 座っていれば食べてもいいわ」
「きゃぁあん! おにいちゃ、あっ、ウィッシュせんせいー! ソキ、ツフィアさんから飴を貰ったですううう」
満面の笑みでとてちてソファへ歩いてくるのに、ウィッシュはよかったなー、と頷いた。ストルとツフィアは、いついかなる時でも飴を常備している。リトリアの口に放り込む為である。
ウィッシュはソファに腰かけるソキにお願いして、飴をいくつか分けてもらった。ソキがツフィアに飴を貰ったことがリトリアにまで伝われば、果てしなくめんどくさいことになりかねない。
これもリトリアに渡そ、と思いながら紙に包んでしまいこみ、ウィッシュはソファにゆるりと身を預けた。
「そういえばソキ、最近体調はどう?」
「ソキはー、今日もー、元気でーすぅー!」
「長く眠るのもなくなったし、授業もちゃんと出てるもんな。あー、よかった……!」
昨日も、ソキはウィッシュの実技授業を、なんの問題もなくやりとげたのである。座学も、やりなおし。
実技授業もゆっくりと、もう一度最初から積み重ねて行っている。この分でいけば、長期休暇の前には一年分も取り戻していけるだろう、とウィッシュは思っていた。ソキは、教わったことをとても素直に吸収する。
知識も、魔力も。言葉も。
「まだちょっと早いけど、今年の長期休暇はどうするの?」
「ソキ、ロゼアちゃんと、また観光をして砂漠へ行くです! 仕方がないからお兄さまに、顔を見せてあげるんですよ? 先生は……あの、シフィアさんに、お会いしたと聞いたです。お休みを一緒に過ごすの?」
「うん。……フィア、俺と一緒にいてくれるんだって。白雪の国の、観光でもしようかなって」
仕事はしてるけど、そういう風に見て回ったことはないから楽しみだと口にするウィッシュを、ソキはまじまじと見つめて頷いた。ウィッシュは嫁いだ『花婿』だけれど、今は『傍付き』であるシフィアと、また一緒にいて。
ロゼアとソキのようにずっと一緒ではないけれど、でも、同じ時間を過ごすことができていて。そのことを、とても、幸せだと目が語っている。
聞きたいことがあった。聞いていいのかは、分からなかった。視線を膝に落としてしまうソキに、ウィッシュは静かな声で囁いた。
「なんかね……フィアは、俺がしあわせになれなかったことを、ちっとも怒らないでいてくれて。フィアが、俺のしあわせだよ。しあわせを、全部フィアのトコに残していったよって、言っても……じゃあ、もうずっと一緒にいようね。離れないでいようね。大好きよって、言ってくれたんだ」
最近は、休みのたびに会いに行っているのだとウィッシュは言った。積極的に休みを取るようになったので、白雪の女王は安堵と喜びで泣いたらしい。
お礼を言いたいからそのひと連れてきて、とも言われているので、今度ウィッシュは、シフィアを連れて白雪の女王に会う約束とのことだ。よかったです、と考えるより早く、素直な言葉がソキから零れ落ちて行く。
否定されないでよかった。喜んでくれて、よかった。シフィアが、ウィッシュと、一緒にいてくれて。離れないでいてくれて。ソキはなぜかドキドキする胸に手を押し当てて、ゆっくり息を吸い込んだ。
ウィッシュの、シフィアも。レロクの、ラギも。スピカの、ディタも。宝石の傍に、もうずっといて。どこかで恋人を作って結婚してしあわせになる、ということは、もうないのに。
そのことを本当に、しあわせだ、と言っている。眉を寄せて考えて、瞬きをして、ソキはくちびるを尖らせた。
「ソキもそんな風になりたいです……。あ、あ、あ! お兄ちゃん! たいせつなことです!」
「え、えっ? なに?」
「おにいちゃん、シフィアさんときもちいいのしたっ?」
そうだレロクにも手紙を書いて聞きださなければ、とかつてない決意で拳を握りながら、ソキはウィッシュの反応をうかがった。言葉の前に、理解する。ウィッシュは、ソキが息をのむくらい、うつくしく微笑していた。
照れくさそうに視線が彷徨い、えっと、と音楽的な響きの声が囁く。
「ぜ……全部はしてないけど……。ちゅうはした……」
ちゅうはした。ぴっ、と声をあげて震えるソキに、ウィッシュは照れながら自慢する。あのね、フィアね。
「やわらかくて、いいにおいした……!」
「え、ええぇえ……! そ、ソキだって、そきだって! やわらかくていいにおいがするですううぅ!」
「あなたたち、なんの話をしているの……」
手紙を書き終えたらしい。いつの間にか歩み寄っていたツフィアに封筒を差し出されながら呆れられ、ソキはだってだってぇ、とソファの上で身をよじった。
「ソキだってちゅうをしたいですぅ……!」
「……あなたにはまだ少し早いのではないかしら」
もうすこし大人になってからになさいな、と優しく言い聞かせてくれるツフィアに、ソキはぷーっと頬を膨らませた。ソキはもう十四で、あと一年で大人になる淑女なのである。
もうちょっとで大人だもん、とむくれるソキに、それじゃあ大人になってからにしなさいね、とツフィアは笑う。焦らなくてもいいのよ、と苦笑されて、ソキは飴の瓶を返しながら、はぁい、と言った。
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