暁闇に星ふたつ:08


「朝から計画的に買いに行かないと、売り切れまでに間に合わないんだよね」

 つまり、夜降ろしの役に選ばれている以上、準備があるので集めるのは不可能、とのことである。天体観測の課題が終わってから出てきたのなら、ひとつでも手に入ったのは運がいいよ、と笑うユーニャに、ソキはかたく決意した。

 来年は先にこんぺいとうを買いに来なければならないぜったいにだ。ふんすっ、と気合の入った息をするソキが、なにを考えているかすぐに分かったのだろう。だーめ、とロゼアに頬をつついて窘められたので、ソキは不満げにちたちたした。

「ソキはこんぺいとーを買ったらぁ、すぐに戻ってきて課題をするですうぅ」

「だめ。疲れて寝ちゃうだろ」

「ロゼアちゃん? ソキをちゃんと起こしてくれなくっちゃ、だめですよ?」

 職務怠慢を叱りつける、おしゃまな口調で言い聞かせるソキに、ロゼアはだーめ、と繰り返し言い聞かせる。

 くすくす笑って後をついて歩きながらも、ユーニャは分かれ道に差し掛かるたび、そこを右、その階段を下りて、ここはまっすぐ、と囁き誘導して行った。入り口から、五分も歩いた頃だろうか。

 ロゼアがそれに気がついたのと同時、ソキはぱっと顔を上げ、身をよじって進む先を見た。細い、迷路のような道を抜けた先、ぱっと開けた場所に辿り着く。家々が背を向けた、五角形の広間。

 なにもなければがらんとするばかりの空間であろうそこは、祝祭の飾りで満ちていた。

 張り巡らされた鋼の紐に、星の灯篭飾りが吊り下げられて灯りを宿し、一面を照らし出している。光で夜を押しのけたが故の藍色の空には、鳥や蝶を模した祝い飾りが、飛び交うように括り付けられていた。

 金細工と銀細工の洪水。螺鈿のきらめきすら、天幕めいた飾りの中に紛れ込んでいる。その飾りの真下。

 めいめい、てんで好き勝手に運んできたであろう、机と椅子と絨毯とクッションが円を成す空間から、あっ、と先程も耳へ届いた聞きなれた声が、現れた三人へ向けられる。

「ユーニャー! おつかれ! ソキちゃんとロゼアくんまで、どーうしーたのーっ?」

「入り口で会ったから連れてきちゃった。ルルク? 隠蔽、雑に組んだでしょう。ロゼアが迷い込んでたよ」

「ごめん……。でもこれはもしかして運命の導きというものではないの……」

 握りこぶしで力説され、ソキはちょっぴり帰りたい気持ちでもぞもぞした。集まっていたのは十人。ユーニャを入れると十一人になる。全員が『学園』の先輩だが、そのうちルルクを含む七人が、夢と浪漫部だった。

 というよりも、夢と浪漫部に四人足した形である。あっ、これはろくなことにならない、という微笑みで踵をかえそうとしたロゼアの肩に、穏やかに穏やかに、ユーニャがぽんと手を乗せる。ここ一番の笑顔だった。

「ようこそ、ロゼア。お姫ちゃん。流星の夜限定部活動、金平糖収集部の会合へ!」

「こんぺと!」

 数秒前の警戒心を全力で明後日へ投げ捨てたソキのきらんきらんの声に、ロゼアが深々と息を吐く。まあまあ、と笑いながら、ユーニャはロゼアの背を部員のほうへ押しやった。

「限定サイダーもあるよ、ロゼア。好きなだけ飲んでいいよ」

「先輩たちはなにをしてらっしゃるんですか……」

「限定って聞くと集めたくなるよね」

 こんぺと、こんぺいとっ、と今にも腕から滑り降りて行きそうなソキを抱きなおし、ロゼアは諦めた顔つきで歩き出した。絨毯の上にあぐらを組んで座り、その上にソキを座らせる。

 そわそわ、きゃぁきゃぁ落ち着きのないソキに、少女たちが駆け寄ってくる。

「ソキちゃん、ありがとうねー! ソキちゃんたちが夜降ろししてくれたおかげで、金平糖買えたよ! 全種類! みんなでちょっとずつ分けてたんだけど、ソキちゃんのもお礼にあげるからね」

「ルルクたちが抜けたから、今年は無理かと思ったもんね……。ほんとよかった……あ、限定のお酒も手に入れたけど、ロゼアくん、飲む? お酒じゃなくても、色々あるよ。ご飯は食べた? 色々買ってきたから好きなもの食べてね」

「はじめてのお祭り、どうだった? 人がすごくてびっくりしたでしょ。ソキちゃん、よく潰れなかったね……? あ、そっかそっか。抱っこ許可証か。これ間に合ってよかったね」

 いいですかぁ、許可がなくてもロゼアちゃんはソキをだっこしていいんです、でもでも危ないから積極的にだっこをしないといけないんですいけないんですよっ、分かったですかぁ、と言い聞かせるソキに、うん、うん、と少女たちが微笑みながら頷いてくれる。

 その間にちいさな机が運ばれ、飲み物と食べ物がさっと給仕され整えられ、小皿にころころと金平糖を転がされ、ロゼアは息を吐きながら天を仰いだ。どう考えても宴会に巻き込まれている。

「はい、じゃあ飲み物も行き渡ったことだし。これより収集部の部活動をはじめまーす!」

 活動内容。流星の夜の限定品を心行くまで集めて飲んだり食べたり歌ったり。そう書かれた横断幕が、いつの間にか星飾りの間に取り付けられている。

「かんぱーい!」

 歓声が上がる。周囲に習って、ソキは渡された陶杯を両手で持ちあげた。ふんすふんすと匂いをかいだのち、ぺっかぺかの笑顔でロゼアに受け渡す。

「おさけがはいっているです。これはロゼアちゃんにあげます!」

「うん。ソキは偉いな。……ルルク先輩、話があります。ここへ」

「えっ嘘あれちょっとまっ……あああほんとだお酒って書いてあるー! ごめんごめんー! ちょっ、これだめだ! お酒だ! ごめん! 飲めない人のんじゃだめー! これお酒だー!」

 お詫びに私が全部おいしく飲みますっ、回収ーっ、と騒ぐルルクは、純粋に普段から注意力が足りない。ロゼアは確認を徹底することを約束させ、えらいでしょおおお、とふんぞるソキを抱き寄せた。




 お詫びという名目で回収した以上のお酒を、おいしく楽しく飲み干した後。ルルクはご機嫌な足取りで、ソキの隣に座り込んだ。

「はーい、そこのかわいこちゃん。私と一緒にお茶しない? 大丈夫! 私まだ、べろんべろんの『べ』くらいだから! 余裕あるから!」

「酔っ払いについていくのいけないです」

「えええぇええソキちゃんお姉さんとお茶しようよぉー。お詫びさせてよー、ね、ねっ? ソキちゃん茶会部だよね? オススメしようと思ってたお店が、このすぐ近くなの! 喫茶店なんだけどね、茶葉も売ってて好みで調合もしてくれて、試飲もさせてくれて、お店の雰囲気もすっごくよくって! たまにはお姉さんともきゃっきゃしてよぉー。いっつもロゼアくんばっかりぃー」

 それに、ソキちゃんがよく食べてる砂漠の珍しいお菓子もお店で見たことあるよ、売ってるよ、と続けられて、ソキは途端に落ち着きがなくなった。

 ソキがよく食べている砂漠のお菓子、というのは、星降では手に入らない、『お屋敷』から送られてくるものに他ならない。砂漠の国内にも、そう多く流通しているものではないのだ。

 よく似てる違うやつじゃないんですか、とそわそわするソキに、ルルクはまがおで首を横に振った。

 一緒だと思う、だってちょう高いし。ほんと三度見してしばらく考えたくらいの値段書いてあったから、と続けられて、ソキはすっくと立ち上がろうとして、ロゼアの膝上に転がった。

 きゃぁん、と声をあげてちたちたするソキを、ひょいと座り直させて、ロゼアは微笑む。

「ソキ。勝手にどこか行こうとしたらだめだろ?」

「ふふふロゼアくんの妨害など予想済みよ……! これを見よー! ばばーん!」

 効果音を口に出して言うヤツ初めて見たと言いたい所なんだけどルルクでもう何回も見てる、という視線が向けられる中、取り出され掲げられたのはソキの持つ同行許可証に似た、紙の証明書だった。

 表には純銀の箔が押され、それはうつくしく綻ぶ花の形をしている。ロゼアの顔が引きつった。

「そ……れは、まさか……まさか、そんな……」

「ソキちゃんの世話役、外部講習合格証明証ー! あーっはっはっは! これでしょっ? これがあればいいんでしょっ? 試験を受けて合格したら合法的にソキちゃんとあれこれいちゃいちゃっきゃっきゃうふふ出来ると風のうわさに聞いて! ロゼアくんたちが謹慎で鬱々……とはしてなかったけど! 意識というか注意がそれているその隙に! とある方に頼み込んで『お屋敷』に繋いでもらって、筆記試験と実技試験に無事合格してきました! 初級編だけどね!」

「っく……メグ、なにしてるんだよ……!」

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