今はまだ、同じ速度で 14

 若干、先輩たる卒業生の手招きに素直に応じたことを後悔する顔つきになるロゼアの腕の中から、ソキは屋台をしげしげと見つめた。そこにあったのは、機械仕掛けの魔術具だった。

 どういう仕組みになっているのか、入口からざらりとザラメ糖を流しこむと、吹き出し口からは絹糸のようになめらかな、白い糸が吹きだしてくる。それをくるくると円状に巻きつけていくのは、楽器の制作途中で出た木片であると青年は言った。

 あとは捨てるか燃やすだけの単なる枝なので、有効活用できていいよね、ということらしい。白く、ふわふわとしたあまい香りのする砂糖菓子をソキに手渡し、王宮魔術師たる青年はにこ、と笑みを深める。

「一昨年くらいだったかな。白雪のエノーラが、確か『陛下私思いついたんですけれど! この目の前にわっさわっさ降り積もっていく雪がなんていうか砂糖菓子とかそういうものだったら! 寒い憎い消し飛べふざけんな寒い! というこの煮えたぎる怒りも! ちょっとは解消されるんじゃないかなって思うんですよおおおおおお!』とかなんとか叫びながら研究費を貰って雪っぽい砂糖菓子を作ろうとした、結果がこれ。年末年始とか、お祭りの時期に動かすんだけど、結構好評だよ」

「へー。そうなんですか、へー……ろぜあちゃ、ねえね! たべていいです?」

「うわぁこんな説明聞き流されたのはじめてだよ俺ー」

 ちなみになぜ白雪ではなく楽音にあるのかといえば、五ヶ国の王が集ったその年の新年会でなにやら賭けごとが行われた結果であるらしい。

 白雪の陛下はせっかく作ってもらったのに、と涙ぐみ、楽音の王はそれを眺めこころゆくまで幸福に酔いしれていたのだという。

 うちの陛下まじいじめっこ、としみじみ頷く青年に、ソキはそうなんですか、へえぇそうなんですか、と頷いて、ふわふわのわたあめをうっとりと見つめた。

 めげずに説明をしてくれる王宮魔術師の青年曰く、その時のエノーラは王宮魔術師対抗雪合戦でラティに負け、雪まみれで寒かったらしい。

 火の魔法使いであるレディは、その時眠っていたので不参加だったが、起きていても雪が溶けるので呼ばれなかったとのことだ。

 説明のしつこさにんもおおぉ、と眉を寄せ、ソキはぷぷ、と頬をふくらませて青年をみた。

「もしかして、説明部さん、だったですぅ……?」

「もちろん! あ、ルルク元気にしてる?」

「ルルク先輩はぁ、お休みになった日の朝もぉ、夢と浪漫でいそがしそだったですぅ」

 へんしんまほーしょーじょのリボンは細いのがいいのか太いのがいいのかについてすごくかんがえてたですよぉ、とげっそりした声で言うソキに、青年はほんとまじ元気そうでなによりだな、としみじみと頷いてくれた。

 ソキがそんなことをしている間に、ロゼアはソキからさしだされたわたあめを指でほんのすこし摘み、舐めるように口に含んでいた。こく、と飲み込み、ロゼアはソキにわたあめをかえしてくれる。

「うん。食べていいよ、ソキ。……どこかに座って食べようか」

「はい。ソキ、ちゃんと座って食べるですよ」

「先輩、すみません。すぐに代金を支払いに戻ります」

 あっちに椅子があった筈だから、とひらけた場所へ向かうロゼアの腕の中で、ソキはふあぁ、とあくびをした。ねむい、わけでは、ないのだが。なんとなくごくかすかに頭が痛いような脚が痛いような気がするが、気のせい、ということにしておきたい。

 広場の端におかれた籐の編み椅子にソキを座らせ、動かないでいるんだぞ、とロゼアが代金を支払いに戻っていく。その背を見つめて、ソキはのたのたと瞬きをした。すこしばかり首を傾げて考え、よし、と拳をにぎる。

 頭が痛かったり脚が痛かったりするのは気のせいで、そうあくまで気のせいであるが、体調が悪くなりかけているなんてことは決してないのだが。だからつまりこれは保険とか予備とかいうものなのである。

 転ばぬ先の杖とかそういう感じでもいいです、とソキは頷いた。

 ん、とくちびるに力を込め、己の魔力を意識する。その時だった。がっ、と音を立て、椅子の背もたれが握られる。

「ソキ」

「やああぁあっ! やっ、ろぜあちゃんどうしたですかどうしたですかぁっ!」

「ソキ? いま」

 なにしようとしてた、とソキの背から顔を覗き込むようにして問うロゼアの目がなんだか笑っていないようにみえた。ソキは大慌てでしてないですしてないですぅっと首を振り、膝の上で手をきゅぅと握り締める。

「そきまだなにもしてないですよ!」

「うん。ソキ、回復魔術は駄目だからな」

「……えっと。ロゼアちゃん。だっこして……?」

 ね、とあまえてねだるソキに腕を伸ばして抱きあげかけ、ロゼアは深々と溜息をついた。まったく、と言わんばかりの仕草だった。にこにこ笑うソキの頬が、伸ばされたロゼアの両手に包みこまれる。指先がそっと、肌を撫でた。

「ソキ。……俺のいうこと聞けないなら、俺も、ソキのいうこと聞かないからな」

「やぁんっ……!」

 親指と人差し指が、ソキの頬をもにっと摘んで反省をうながす。ソキは悲鳴じみた声でやんやん首を振りながら、ロゼアちゃんいじわるいじわるですっ、となみだぐんだ。

「ロゼアちゃんだっこして……?」

「うん、いいよ。代金払ってくるから、その間、わたあめ食べてじっとしていような? 回復魔術はだめ。だめだからな、ソキ」

「んー、んー……! ロゼアちゃん、だっこぉ……!」

 そーき、と名前を呼んでくるロゼアを、ソキはくすんとしゃくりあげながら上目づかいにみた。

「ぎゅってしておやすみってして……? なでなでして? ぎゅってして? ……やぁん。やぁんろぜあちゃんだっこぉ……!」

 うんいいよ。ぜんぶしてあげる、とロゼアはやさしい微笑みでソキに問いかけた。

「じゃあ、俺のいうこと聞けるな? 回復魔術は、なし。しない。絶対にやらない。……ソキ?」

「ソキ、ロゼアちゃんの言う通りにするですよ……! しない、です」

「うん。ちゃんと言えるか?」

 回復魔術使わない、って。声をひそめて囁くロゼアに、ソキはこくこく、必死に、何度も頷いた。

「ソキ、回復魔術使わないです。ロゼアちゃんごめんなさい」

「うん。ずっと? ずっと、使わないで、俺の言う通りにできるか?」

「できるですよ。ずっと使わないです。ソキ、ロゼアちゃんのいうとおり、できるですよ」

 にこ、とロゼアの笑みが機嫌良く深まる。嬉しくて思わず笑い返したソキに、ロゼアはよく言えましたと囁いて、頬からてのひらを離した。

 すこしだけ寂しい気持ちになるソキの手をぽんぽんと撫で、もうしこしだけ待ってて、とロゼアが足早に、屋台へ代金を支払いにいく。はぁい、と返事をしながら、ソキはあれ、とちょっと首を傾げて考えた。

 ずっと、は、いつまでの、ずっとだろう。

「……帰省中です?」

 ううん、と考えるもよく分からない。とりあえず帰省中ということにして、ソキはひとりで頷いた。学園に帰ったら、ウィッシュに、もっとバレないような回復の仕方を教えてもらおう、と決意する。

 そんなもんないから諦めてロゼアのいう通りにしような、と兄が微笑む未来をソキはまだ知らない。

 ふぁ、とのたのたまばたきをしながら広場を眺め、ソキはふと、四方を囲む城壁の一角、ちいさな扉のある場所に目をとめた。どこかひっそりとした扉だと思うが、よくよく見れば建物へ繋がる出入り口ではなく、ちいさな倉庫になっているらしい。

 時折、出入りする者たちは果物や野菜を腕に抱え、立ち並ぶ屋台へ運び込んでいる。

 ソキはじーっとその扉をみつめ、そこへ出入りするひとりの女性を呼びとめた。扉の近くの籠にざっくりと何本か横にされている小瓶を指差して、問いかける。

「あれも、売り物です……?」

「はい。主に夏場に出すもので、いまの時期はあまり店頭には並べていませんが……ご希望ですか?」

 問われて、ソキは服をごそごそとさぐり、持ちあわせがあることを確認してこくりと頷いた。旅の間ほぼ使うことがなかった、というか一回も使っていないソキの懐には、かなりの余裕がある。

 休み前、なないろ小路の銀行で、必要だと思う旅費を下ろしておいたからだ。おひとつくださいですよ、と告げたソキに、女性は気持ちの良い笑顔でかしこまりました、と告げ、小走りにそれを持ってきてくれた。

 手渡されたのは、透明な液体に満ちた細身の瓶だった。表面には細かな気泡がついている。瓶のラベルにはこう書かれていた。XX都市限定サイダー。それをごそごそと鞄の中にしまいこみながら、ソキはロゼアの帰りを待つ。なんだかとても楽しい気分だった。

 ソキは知っていた。ロゼアはサイダーが好きである。

「……ロゼアちゃん、喜んでくれるといいです……」

 ロゼアがソキに、ではなく。ソキがロゼアに、なにかを贈る、というのはひどく珍しいことだった。ほとんどはじめてだと、ソキが思うくらいには。しあわせで、なんだか楽しくて、ソキはあむ、とふわふわのわたあめを口にした。

 ぱたぱたぱた、と脚を動かす。帰ってきたらロゼアちゃんといっしょに食べられるといいです、と思いながら、ソキはまた、ちまちまとわたあめを口にした。ざぁ、と音を立てて風が吹く。

 髪を撫でて行くようなそれに目を細めながら、ソキは胸にそっと手を押し当てた。この場所で。ロゼアのしあわせを祈って、旅立ったことを、すこしだけ思い出した。あの日。呼ぶ声すら記憶の遠くに、もう二度と会えないことを覚悟した。

 戻ってきたロゼアに抱きあげられ、城壁の上でしばし過ごして。ソキはその日はじめて、夜に、すこしだけ体調をくずした。


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