おんなのこのひみつのおはなし 04
こんばんはソキちゃん、隣に座らせてくださいね、とはにかんで告げるリトリアに頷きを返しつつ、ソキはややふらつきながらソファまで辿りついた予知魔術師、己と同じ存在である少女のことを眺めやった。
出会った時と同じく、やはりどこか、藤の花のような印象を与える少女である。
それは髪と瞳が透明な光を透かして咲く藤の花弁と同じ色をしているからかも知れなかったし、身のこなしや言葉の響きが、どこかやんわりと甘やかな雰囲気をしているからかも知れなかった。
旅の間は緊張してそれ所ではなかったし、『学園』の卒業者である王宮魔術師、加えて予知魔術師の先輩であることから気が付かなかったのだが。未だ幼さを残す可憐で華奢な乙女である。
ソキよりずっと年上の少女ら、あるいは女性たちが周囲を取り囲む状態であるから、なおのことくっきりと幼さが浮かび上がる。かすかな記憶を辿れば、そういえばリトリアは十五だった。
じぃっと見つめてくるソキの視線が恥ずかしいのだろう。ほんのり頬を染めながら、なにかしら、と首を傾げるさまは、ソキの胸さえちょっとときめかせる程、可愛らしくかつ無垢だった。
ソキは問いにふるふるふると首をふって見つめていたことを誤魔化したのち、ごく親しい距離に座ってくれたリトリアに、うっとりするような喜びの笑顔を向けた。
「リトリアさん。こんばんは、なんですよ。ソキねえちょっと困ってたです。お話してくださいですよ」
「ふふ。もちろん。私でよければ、ソキちゃんのお相手をさせてくださいね」
丁寧に紡がれる言葉は、ソキには馴染みがあるものだった。リトリアは、ソキ相手には出会った時からこういう話し方をする。しかし周囲にはやや違ったようで、ソキたちを見守っていた女の一人が、体を震わせながら口元に手を押し当てた。
「り……リトリアちゃんが、お姉さんぶってる……! かわっ、かわいい……!」
「というか人見知りちゃんなのに笑顔で話しかけてるすごい! 頑張ってるすごい可愛いお姉さんしてる!」
「成長したねぇ……私たちにはチェチェの背中からそーっと顔だけ出して、こしょこしょ、おはようございますとか、こんにちはとかしか言えなかったのにね……。ああ、でも何度か、教本持ってお姉さんお勉強教えてくださいってお願いしに来てくれたっけ……」
大きくなったねぇ、としみじみと呟かれ、眼差しでも語られたリトリアの顔が、どんどん赤くなって行く。やがて恥ずかしさが限界を超えたのだろう。頬を両手で押さえながら、リトリアはじわわっとばかり瞳に涙を浮かべた。
しゃくりあげたのを見て、彼方からチェチェリアの声がかかる。
「それくらいにしてやれ。……リトリアも頑張ってるんだ」
「リトリアさん、ソキには普通にしてくれてるですねぇ。ソキ、とっても嬉しいです」
だから泣かないでくださいね、大丈夫なんですよ、とほわんほわん笑ったソキに片手をとられぎゅぅと握られながら顔を覗きこまれて、リトリアは瞳を涙でうるませながらも頷いた。
雨上がりの藤花、あるいは朝露に濡れたそれのようだとソキは思う。
うるうるですっごく可愛いです、きゃぁっ、と内心はしゃぎながらうっとりするソキを不思議そうに見つめ返しながらも、リトリアはだんだん気持ちを落ち着かせて行った。
深呼吸を繰り返し、恥ずかしそうに、ごめんなさいもう大丈夫だから、と告げられても、ソキは手を離そうとしなかった。おてて繋いでるの駄目ですか、と首を傾げて問われ、リトリアはふるふると首をふる。
じゃあ繋いでいましょうね、ねっ、と笑いあう予知魔二人に、見守る少女たちの視線が和む。
「リトリアちゃんがほんと頑張ってる……! 泣きやむとか……! それともソキちゃんがすごいの?」
「両方じゃないかしら……え、楽音はそんなに厳しいの?」
「いや、陛下のリトリアに対する教育方針は、『褒めて伸ばすことにしましたので叱りませんよ?』だ」
チェチェリアの目がやや死んでいる。問題があるとしたら楽音の国においてその王が告げる言葉に意を唱えることがとても難しいことと、褒めて伸びるタイプなのでそうすることにしました、ではない点だろう。
うんまあ結果的に成長はしているし、とぬるい笑みを浮かべて納得しようとする少女たちをしり目に、でも、とエノーラが不思議そうに首を傾げた。
「アレくらいは厳しくしても良いと思うけど……それとも先輩、言ってないんですか? 先輩に限ってまさかそんなことはないと思いますが。そして先輩の今日のブラは赤ですか黒ですか紫ですか? 私は白も似合うと思うので如何でしょう」
「……なにを?」
エノーラから向けられる質問をなかったことにして問い返すチェチェリアには、うっすらと心当たりがあるのだろう。引きつった笑みで、胃のあたりを手で押さえている。ですから、とエノーラが目を瞬かせ、ソキの傍らで楽しげに微笑むリトリアを見た。
「リトリアちゃん、なんでブラしてないのかなって」
「エノーラはすごいと思うわ。なんで分かるの?」
死んだ目で頭を抱え込んだチェチェリアを慰めることなく、レディがしみじみとエノーラに問いかける。リトリアが入室した時こそ位置関係が近かっただけで、一度も接触していなければ、今は結構な距離がある為だった。
そもそも、見ただけで分かるものではない。なんでってと訝しげに眉を寄せながら、エノーラはさらりと言い放つ。
「特技?」
「そっか、特技なら仕方がないわね」
「うふ。エノーラとレディったら、相変わらず突っ込みが不在なのねぇ、会話に」
楽しそうに笑いながら囁くパルウェに、レディとエノーラは顔を見合わせ、そうかしら、とばかり視線を交わし合った。
「だって特技ってそういうものじゃない? 私だって見ただけでだいたい、相手の適性とか属性とか出身国とか分かるもの。それと一緒よね」
「……リトリア!」
「きゃぁっ!」
突如として復活したチェチェリアが、その場に立ち上がって少女の名を呼ぶ。身をすくめて悲鳴をあげたリトリアが、ふるふると震えながらチェチェリアに視線を向けた。
な、なになにごめんなさいなぁに、と目で問いかけられるのに、チェチェリアは絞り出すような声で言った。
「下着を……つけなさい……!」
「……だってゆるかったり、締めつけて苦しかったりするから」
「アンダーの数字を見ないで適当に買うのはやめなさい、とあれほど……! 一緒に行って買ったのは大丈夫だろう……? どこへやった」
リトリアはつんとくちびるを尖らせると、洗濯中、と言った。一週間分くらい買ってクロゼットの中身を総入れ替えするべきだったと呻くチェチェリアをしり目に、少女たちの無言の視線がリトリアに集中する。
胸元を手で押さえながら恥ずかしがって身をよじるリトリアに、ソキはきょとん、とした眼差しで問いかけた。
「リトリアさん、お胸あんまりなくてもブラ付けないとだめなんですよ?」
「ソキ、言ってやってくれるか……? ただしソキが言い過ぎると泣くと思うからほどほどにな」
「はぁい? わかりましたです」
なんでだろう、と不思議そうに首を傾げるソキの胸元を見つめるリトリアの瞳が、すでに涙を滲ませている。リトリアの胸元は、ぺたんっ、としている。ふくらみもなければ服が曲線を描いてもいない。
きちんと下着をつければそれなりにはなるだろうが、非常になだらかな直線である。対してソキの胸元は豊かだった。ソキが胸の下で手を組むと、見えなくなるくらいの大きさである。
形とか本当整っていてきれいなのよね、と一緒に入浴しているからこそ知っている数名が遠い目をする隣で、砂漠出身の女子はなぜか誇らしげである。うちの国の『花嫁』ですからね、と言わんばかりだった。
最優とされた『花嫁』は、ふるふると泣きそうに震えるリトリアに、そーっとそーっと囁いた。
「きれいな下着つけるのも嫌いです? レースでお花編んであるのとか、可愛い模様ついてるのとか、いっぱいありますですよ。好きなのを選べばいいと思うです。外から見えないお洋服だと思えばいいです」
「あれ? でもリトリアちゃん、自分で服買うようになったの……?」
訝しんだのはルルクだった。リトリア在学時代にはもう『学園』にいたルルクは、当時のことをよく知っているひとりだ。
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