第2話  キザ男の憂鬱

めったに乗らない横須賀線の車中。

ある駅から乗ってきたカップル二人が前の席に座った。

まず目に付いたのが、男性の靴。

蛇皮で覆った甲の部分が「キザ」!

その目線を上に持っていくと、サングラスで目は見えないがなかなかの美男子。45がらみ?

ちょっと小太りが「難」だけれど、口角がちょっと上がった口元を摺り寄せて彼女の耳元で何かをささやいている。

女性も嬉しそうに目を見つめあったりしていたが、暫くしてふと気が付くと、何やら雲行きがあやしい会話に発展しているような気配。

口を尖らした女性(35くらい?)の台詞が断片的に聞こえてくる・・・。

「だってさ~!この間だって私のことを・・・・・・・どうしたこうした・・・」

「会社で○○子さんとばっかり仲良く話しをしていたから、私が邪魔なのかと思って席を外したのよぉ あの時!・・・・・・どうしたこうした・・」


女性の声がだんだん大きくなって今にも何かを喚きそうになった時、蛇皮君が薄い唇に手をあてて、「し~~~っ!」とささやいて、きょろりと周囲を見回す。

そして、優しそうな仕草で彼女の茶色く染めた髪を撫で撫でして気持ちを落ち着かせ、そっと肩を抱き寄せる。

それでも口を尖らしてぶつぶつ言いう彼女の唇に「ちゅっ!ちゅっ!」  

髪の毛を「いいこいいこ」・・・・。

さすがの彼女も、そうまでされたらすっかり高ぶった気持ちも萎えたらしく、今度は男性の腕にしっかと抱きつき、肩に頭をのっけて目をつぶる。

年齢がにじみ出ている二重顎が茶髪の下で見え隠れ・・・。

そのままじ~~~~~~っとしがみついて動かなくなった彼女を肩にしたまま、男性の所在なさそうな様子が可笑しい。

最初、自由が利く方の手の指でピアノを弾く仕草をしていたが、それでも寝た(ふりした!)彼女はしがみついたまま微動だにしない。

仕方なく、彼女の茶髪を撫でたり、ぐしゃぐしゃにかき回したりし、それでも起きない・・・・となると、今度は「貧乏揺すり」を始めた。

オシャレな「蛇皮」の靴で床を強くトントンと踏んだり、足を組んだり・・・・。

でも寝た(ふり)ままの二重顎(ごめんなさい)の女性。


絶対あんなに大げさな「貧乏揺すり」をされたら、普通なら起きるに決まっているのに、催眠術に掛ったように微動だにしない女性は、ますます体重を預けてきて、まるで抱擁のような姿勢にまでだらしなく寄りかかっている。

見ると、男性は「ピアノ」の手や「貧乏揺すり」の足で何とか時間を潰してはいるが、「えい!」と押し戻すような行動は決してしない・・というところがさすが「色男」!


とうとう東京駅に着き、私達は降りなければ・・・。

ホームに降りてからもちょっと気になって、その車両を振り返ってみたら、さすが耐え切れなくなった男性がすっくと席を立ち、その突然の乱暴な振る舞いに付いていけない女性が茶髪を振り乱して「なに?どうしたの?」という風情で呆然と見上げているのが窓越しに見え、車内の照明に黄色く照らされてシルエットのように揺れながら発車した窓から姿が見えなくなるところだった・・・。


彼の我慢も「東京駅」までだったのだろう。

男女のしがらみの、何と複雑なこと・・・。

どう見ても心の重さがちぐはぐなお二人だったが、蛇皮くんの辛抱とやさしさに拍手!だった。

二人は同じ職場のようだったが、お後がどうなるのかは蛇皮君の力量で・・・・。


隣でこっくりしている私の家人が「こんな人柄」で本当によかった・・・・!と、つくづく思いながら帰途に着いたことだった。

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