623+P

むん

第1話 623+P



姉貴は何にでも本気だった。


かくれんぼで姉貴を見つけられず、泣きながら降参しても日が落ちるまで

出てこなかったし、

腕相撲だって両手を駆使しても逆の利き腕で伸されるし、

ストリートファイターⅡにしていえば当時誰も知らなかったキャンセル技で僕のリュウをボコボコにした。

その度に姉貴は「くにへかえるんだな。おまえにもかぞくがいるだろう」と罵しり、その度に僕は下を向いてべそをかいていた(知らない人に教えておくけど「くにへかえるんだな~」はガイルが勝った時に言う決まり文句)。


根の負けず嫌いはそっくりだったから、姉貴に勝る何かを模索し、試しては負け試しては負け、それでも、それでも僕は、負けることが悔しくて、もともと体を動かすことが苦手だから、そうしたらやっぱりゲームしかなくて、僕は学校から帰ってきて宿題を終わらせるとずっとストリートファイターⅡを研究して研究して研究しまくった。

勿論もちろん、自分の部屋にテレビなんかなく、あるのは居間と、ばあちゃんの部屋に小さな赤いテレビだけ。だからばあちゃんに頼んで夜の8時から9時の1時間ばあちゃんの部屋で毎日みっちり練習した。ばあちゃんはエドモンド本田がブラウン管に映るとしきりに拍手して、バルログが現れるとハエ叩きを手に取り画面をにらむように凝視していた。


その間も姉貴に対戦を誘われることはあった。

結果?言わずもがな連戦連敗。まぐれで1ラウンド取ることはあっても、最終的に画面は頬が腫れ鼻血をだしながら虚ろな目をしたリュウが表示されるのだった。

それもそのはず、僕には致命的な弱点があった。

昇龍拳が出せなかったのだ。



波動拳や竜巻旋風脚はすぐに覚えた。けれど昇龍拳だけはどうしてもただのパンチや波動拳に化けてしまうのだ。

ガイルが飛んでくる。わかっていてもリュウの頭蓋骨ずがいこつに強キックが刺さる。重く鈍い音。そして繋がるしゃがみ強キック。おもわず尻もちリュウ選手。そしてまたガイルが飛んでくる。地獄、地獄、地獄…。


悔しくて悔しくて、あれだけ練習したのに、何にも練習してない姉貴に勝てなくて、それが本当に悔しくて、なんで姉貴は何もやってないのに、僕はこんだけ頑張ってんのに、結果がでなくて、昇龍拳がでなくて、何の為に練習したんだろうって、自分には元々何の才能もないんだ、なんでもできる姉貴に最初から勝てるわけないんだって、色んなこと考えて、その度に泣いて、少し落ち着いて、また思い出して泣いて、それからぷっつりと糸が切れ、き物が落ちたように、それはもう自分でも気づかないうちにストリートファイターⅡを辞め、例えばかけっこや早食いで負けてもべそをかかなくなった。


「新しいの借りてきた!またやろうぜ!」

ある日ストⅡターボを姉貴が持ってきて、いいよと言って対戦した。姉貴は容赦なく僕のリュウを打ちのめして「くにへかえるんだな。おまえにもかぞくがいるだろう」といつものセリフを吐くと、僕は「家族なんていないよ」と言った。


その時の姉貴の表情を覚えていない。

コントローラーをそっと置いて無言で部屋に戻った僕は父さんと母さんに買ってもらったジャポニカの机に座り、学校の時間割に頬杖ほおづえをつきながらぼんやりと眺めた。

姉貴はストⅡターボを返しに友達の家へ行った道で車に轢かれて死んだ。




十数年ぶりに実家へ着くと、当たり前のことだけど、そこにきちんと実家はあった。

父や母、親戚一同に軽く挨拶をし、祖父母と姉の仏壇の前に座る。遺影に少し目をやり、線香を立て手を合わせる。

煙草吸う為に庭に出ると物心ついた頃からある栗の木が記憶と同じように青々しく茂っていた。

剪断せんだんした枝にぶらさがっているカラフルな象の如雨露じょうろ

昔姉貴がお気に入りでよく使っていたものだ。まだあったんだなあ。もう何十年も経つのに象の目にはまだまだ色んなものに水をやらんとする活力が漲っていた。

おいおい久しぶりだなお前、ずいぶんと生気の無い顔だ。水をやろうほれ水を汲め。


ふと思い立って居間に向かい、最近は殆ど触れられていなかったであろうダッシュボードを開けると埃まみれの中からスーパーファミコンが顔を出す。隣にはストリートファイターⅡのカセット。

親戚が白い目で見るも気にせず、テレビに赤と黄色と白のケーブルを接続する。あの頃の姉貴がやっていたこと。表面や差し込み口の埃を払い少し固くなったスイッチをバチンと入れる。

流れ星が煌めくようなBGMとともに表示されるメーカーのロゴ。

画面奥から現れる大きな『STREET FIGHTERⅡ』の文字。

不格好な喪服の裏に隠していたどうしようもない気持ちが足元から波のように僕の体を一瞬で包んだ。

全身の毛が逆立ち、耳の底が震える。目頭に込み上げるものがあった。

僕はリュウ。姉貴はガイル。

対戦は始まり僕は距離を詰める。立ったままのガイル。しゃがみ弱キック連打。中パンチ。距離を開け波動拳。油断したところを一気に近づき昇龍拳。くの字になりながら倒れるガイル。パーフェクト。その声とともにガッツポーズするリュウ。

気がつくと僕は目から大粒の涙をボロボロと流していた。

コントローラーを強く握りしめ、しゃくりあげながら、姉さんごめんなさい姉さんごめんなさいって、何度も何度もつぶやいた。

姉貴の、ほんの少しの気配でも掴みたかった。そして姉貴に会ったら謝って、謝って謝って、たくさん謝って、それから言うんだ。

姉さん、ぼく昇龍拳出せるようになったよって。



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