#24:ラン・ペイジ - 2
シュテラはテーブルの向こう側にいるマリアーナとエドワードを一目見ると、サイラスにこう言い放った。
「どうか、マリィとエドにも、騎士になれるチャンスをお与え下さい!」
ガタン、と音を立ててマリアーナが立ち上がる。
「シュー、あんた……!」
シュテラは真っ直ぐな、それでいて鋭い瞳でサイラスを見上げた。
「マリィはあなたの本当の娘です。わたしは……わたしは本当の娘ではありません! なのに、わたしだけがペイジとして選ばれるのは不公平だと思います……!」
子供らしい振る舞いをしていたと思ったら、突然大人顔負けの強い意志を向ける。
それこそ、サイラスがシュテラをペイジに任命した理由の一つでもあるのだが、まさかこの場でそのような言葉を向けられようとは。
「騎士になると、その道でしか生きられなくなる。そのことは以前、マリィにも話した」
「それは、わたしだって同じです」
サイラスは大きくかぶりを振った。
「いや、違う。違うのだ、シュー。お前には今、家系というしがらみがないのだ。本当の家族がいないお前を私が拾った以上、今後はお前を拾った正統な理由が必要になる」
「……よく、わかりません」
いやな予感がした。シュテラの胸の奥で、何かがざわついている。
「ああ、今はわからないだろうな。だが、お前は国をも動かす力を持っているんだ、シュー。お前が騎士となり、忠義をもって王のために尽くせるようになれば、お前は必ず、国の力で護られるだろう」
シュテラは必死で理解しようとしたが、この言葉の意味もまるで理解できなかった。マリアーナも、勤勉家のエドワードでさえも、どういうことなのか理解に苦しんでいる。
「団長、それじゃあ子供を混乱させるだけだぜ」
ライアットがそっと耳元で言うと、サイラスは渋い顔をした。
「つまりな、お嬢さん。お前の馬鹿力は、国にとっても怖ぇ力になるかもしれねえってこった。ましてや養女だ。正統なウッドエンド家の血筋じゃない。出生不明なんだ。その気がなくても、お前の怪力を知った城の連中が、どう思うかわからねぇだろ? お前が一般人である限り、その恐怖は拭えねえし、街で散々見せびらかしているお前の馬鹿力のことが、いつ、どこまで広がるか分かったもんじゃない。だから、お前は騎士になるべきだ。王に忠誠を誓いさえすれば、王も安心してお前を傍に置ける」
ライアットの言葉は実のところ曲解だったが、シュテラがひとまず納得する分には充分な説明だったらしく、シュテラはようやく頷いて理解を示した。
「まぁ、もちろん、お前がイヤだというのなら、この件は取り消してもいいんだが」
「そ、そんなことない、です!」
シュテラは慌てて手を振り首を振った。
「だろ? だからダンナ……いや、サイラスは、お前を見込んで騎士に育てようとしている。アレだけ反対してたけどな」
「でも、マリィだって騎士になりたがってるよ?」
「団長は未だに反対してるようだが、その件は俺が責任を持つさ。森で言っただろ? 俺がお前たちの師匠だ。もちろん、エド、お前もだ」
エドワードは複雑な顔をして目を逸らしたが、逆に、マリアーナは拳を振り上げて喜んだ。
「というわけで、団長、今がその時だ。マリィについても結論を出してくれ」
「…………ううむ」
助言をするはずのライアットの裏切りによって予想外の展開に追い込まれたサイラスは、力が抜けたようにどっかりと椅子に座り直し、頭を抱えた。
「シューのことは散々考えた。本当に難しい問題だ。……だが、どう考えても騎士になることが正しい道だという結論に至った。これは、騎士になることを許すというより、むしろ騎士になるべきだと考えてのことだ。……だが、マリィについては違う。マリィは確かに長女、第一子ではあるが、男ではない。レディとして育てば、他に生き方もあろう。……だから、今でも反対だ」
サイラスは脇にあったジョッキを握った。本当は祝って直ぐに飲むはずだったエールだが、カラカラになった喉を潤すために傾けた。
エールは暑さですっかり生ぬるくなっていたが、サイラスはお構いなしに話を続ける。
「私はな、ライアット。家を継ぐのはエドだけで充分だと思っているのだ。そのエドの腰が重いのは、マリィがこんな体たらくだからこそなのだ。ウッドエンド家が安泰するには、マリィではなく、エドに頑張って貰わねば困るのだ」
ライアットは顎の無精髭を撫でて唸った。
「確かにそうだな。今の制度じゃあ、男子が家を継がないと名を受け継ぐことは出来ねえ。例えマリィが婿養子に嫁いだとしても、それはもう『ウッドエンド』じゃなくなっちまう」
そんな御家事情を知らなかったエドワードは、はっとなって顔を上げた。
「ぼくが……家を継がないと、ダメなんだ……?」
これまで、エドワードはマリアーナが騎士になりたい夢を応援するために、自分が身を引くべきだと考えていた。しかし、それは彼女個人のためになったとしても、家の将来のためにはならない。
ライアットは手応えあったとばかりに厳つい肩を震わせて笑った。
「やれやれ、ようやく気付いたか。つっても、マリィの剣の腕も悪かねえ。何度も言うが、俺は若い芽を摘むようなことはしたくないんだ。だから、俺が責任を持ってお前たちの師匠を務める。剣を教えるのは習い事としてだ。……実の親であるサイラスの気持ちも汲んで、どうか、ひとまずのところは技を磨くだけで勘弁しちゃくれねえか。エドも、出来れば家を継いで欲しい。お前の剣は、磨けばきっと光るはずだ」
シュテラは答えを求めるようにマリアーナとエドワードの方に顔を向けた。
マリアーナは残念そうに微笑みながら頷き、エドワードは……少し躊躇ったあと、小さく頷いた。
サイラスも、二人の同意を得られたことで満足げに頷いた。
「エドの決意は嬉しい。だが、私としてももう少し考えたいところだ。ふわふわしたままで結論を出されても、タメにならないだろうからな。剣の腕を鍛えることには大賛成だ。荒っぽいが、ライアットに任せれば問題はないだろう」
「ようやく認めて下さるんですかい、団長」
サイラスは苦笑した。
「お前とは古い仲なのだ。腕はこの私がよく知っている。……それと、エーラ」
「はい」
ここで、ようやく沈黙を続けていたエーラが呼ばれ、立ち上がった。
「弓はお前に任せる。それと、シューのサポートもな」
「はい。お任せ下さい」
エーラは恭しく礼をした。その姿を見たシュテラは、何故エーラが自分の傍につくことになったのか疑問を抱いたが、今は気が緩んだせいか、だいぶお腹が空いてそれどころではなかった。
「さあ、結論は出た。そろそろ食事にしようではないか」
良い頃合いだった。サイラスがいつもの父親らしい声で振る舞うと、その場の張りつめた緊張感は一斉に吹き飛んだ。
「やれやれ、待ちくたびれたぞ。息が詰まるかと思ったわい」
と、ケイネスがようやく口を開いた。
「おい、カサンドラ、替わりの酒だ! こいつはもう不味くなっちまった!」
「ええ。既にお持ちいたしております」
いつの間に厨房から持ってきたのか、カサンドラは絶妙なタイミングでジョッキを交換した。
「さあ、乾杯だ! シュテラの
わはは、と大声で笑う一同に、シュテラは頬を膨らませた。
「ひ、ひどいよ、ライアットさん!」
「今後はそう呼ばれないように、しっかりと力を抑える術を学べ。もっといい二つ名を貰えるようにな!」
シュテラは困ったような顔で頷いた。
「……わかりましたよ、師匠さん!」
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