#21:街を荒らす三銃士 - 2
「わたしにだって草摘みぐらいできるのにな」
部屋に取り残されたシュテラは、頬を膨らませてぶつぶつと呟いていた。
エーラからはこの部屋にいるように伝えられたが、昼までにはおよそ四時間もある。それに、折角王宮に来たというのにこんな部屋で待ちぼうけなど、もったいないのではないか。
(そうだ、街へ行ってみよう)
マリアーナやエドワードへの土産も買えるかもしれない。きっと喜ぶはずだ。その羨む顔が見てみたい。
(……いや、やっぱりだめだよ、そんなの)
直ぐに自分勝手な妄想を頭から振り払う。
今考えるべきはサイラスの治療だ。土産など買って帰れば、何をしていたんだと咎められる。
姉弟に至っては子供らしく絶交と言われ、口も利かなくなるだろう。何より、騎士を目指す者の考えることじゃない。
(……それならわたしは、何をしたらいいの……?)
シュテラは沈んだ顔で窓の外に目を向け、気晴らしとばかりに広い庭園をしばらくぼうっと眺めていた。
「……ん?」
ふと、シュテラより何歳か年上の男の子がキョロキョロしながら庭園を駆けていくのが見えた。
少年は新品同様の高価そうなチュニックに剣を抱えた革のベルトを腰に巻き、分厚くも柔らかそうな、膝下までの革のロングブーツを履いている。明らかに貴族の出だというのはシュテラにも分かった。
シュテラは、留守番することも忘れて好奇心がむき出しになり、直ぐに追いかけてみたい衝動に駆られた。
窓は大人であれば届くような少し高い位置に留め具がある。直ぐに部屋を見渡し、鏡の前に手頃な足場となる椅子が置いてあったので担いでくると、窓の前に置いて土足で上り、大きな窓をガバッと押しながらその勢いで外へと飛び出した。
(早く追いかけないと、いなくなっちゃう!)
シュテラは大急ぎで──だが、なるべく静かに庭園を走る。だだっ広いので、少年はいなくなる前に直ぐに見つけられた。
なるべく音を立てないよう気を付けながら尾けていくと、少年は城壁の前にある樹齢百年はあろうかという大きな木の前でかがみ込み、その太い根の一つを持ち上げた。
なんて酷いことを、と思った矢先、少年は根の下の土の隙間に素早く手を突っ込んだ。
するとどうだろう。シュテラの近くにあった石畳の床が大きく横にずれ、隠し階段が現れたではないか。
シュテラは慌てて別の木の影に隠れて様子を伺った。
少年は周囲を気にしながら素早く階段に移動し、そのまま階下の暗闇へと駆け下りていく。
そっと顔を出したシュテラが階段の奥を慎重に観察していると、また音を立てて床──というより蓋が閉まりだしたので、一呼吸のあっという間に階段を下りてしまった。咄嗟の判断だった。
(ど、どうしよう!? 何だろうここ!?)
もしかして王の墓だとか、宝物庫ではないだろうか。だとしたら、見つかった時に怒られるというだけでは済まされない。考えただけでもぞっとする。
しかし、それなら今階段を下りて行った子の方が重罪になる。隠し扉の開き方を知っているし、宝物目当てに大人の目を盗んで忍び込んだのかもしれない。貴族の子供のフリをしているが、やることはまるでコソ泥だ。あの服も真新しいし、どこかでくすねてきたに違いない。
……そのようにシュテラの中で次から次へと憶測が生まれると、いつの間にか少年は悪者として仕立て上げられた。
(よぉし、とっちめてやる!)
拳を手のひらで何度も叩きながら、姿を見られないように慎重に暗闇を更に下りていく。
階段の横、床下の隙間から階下を見下ろすと、松明の明かりがあった。階段に対して横向きに腹這いになって隙間から覗き込むと、少年が松明を持って壁と見分けのつかない仕掛け扉を開き、奥へ進むのが見えた。シュテラは明かりが遠ざかるのを見ながら爪先で素早く追いかける。
それにしても、何の地下室だというのか。
カビ臭くて、ちょっと横たわっただけでマントが埃まみれになってしまった。エーラがこのことに気付いたらまた怒るに違いない。
先程少年がいた階下の小部屋には、松明が立てかけてあるだけで何か家具が置かれているというわけではなかった。
ただ、錆びた鎧や剣、ホコリを被った書物が乱雑に積み重なっており、何かの倉庫として利用していたように思える。
──などと部屋を調べている間に、少年はあっと言う間に先へ進んでしまい、見失ってしまった。幸い、まだ一本道だ。慌てて小走りで追いかける。
(歩き方に迷いがないから、きっと何度も来てるんだわ。仕掛けも知ってるようだし)
ただの泥棒というわけではないようだ。
そもそも、ここが本当に宝物庫なのかも怪しい。通路はずっと真っ直ぐ続いていて、今度は途中が二手に分かれている。
シュテラは近くの壁に立てかけてある松明を手にとると、慎重に床を照らした。埃の上には同じような足跡がいくつもついていて、いずれも角を右に曲がっていた。
だが、その先には曲がり角どころか下っていく梯子や三叉路まで現れ、いよいよ道はややこしくなっていく。
(うう、迷子になりそうだ……)
進むにつれ、シュテラはこの地下道に入ってしまったことを若干後悔し始めていた。狭い道はどこへ続くとも分からないし、少年もとうとう見失ってしまった。
足跡を辿るのには若干自信があるものの、万が一ということもある。曲がり角はいくつもあり、一つ間違えればどこへ出るか分からない。
それに、進むに連れて足跡が段々薄れていくのを感じた。肌に纏う空気も若干湿っぽい。
だが、それは正しい道でもあった。
(何の音……?)
目を閉じて聴覚に神経を集中させると、前方から水の流れる音が聞こえてきた。かろうじて見える足跡もそちらを進んでいるようだ。
すると、円筒状のトンネルの先に開いた鉄格子があった。錠前は開いたまま格子に引っ掛けられている。
その先には小部屋があり、部屋を見渡すと小さな衣装箱の中にひっくり返ったチュニックからへなへなに折れ曲がったブーツまで、見覚えのある服が乱雑に詰め込まれていた。あの子はここで、素早く違う服装に着替えたのだ。
部屋の正面には細いトンネルへと続く道がある。音はそちらから聞こえてくるらしい。その道を進むことにした。
「この、たっせいかーん!」
トンネルの奥で誰かの声がして、シュテラは慌てて引き返して身を潜めた。
「待ってたぜー!」
と別の男子の声がした。
「今日はどこへ行くの?」
これも別の男子の声だ。どうやら合計三人いるらしい。
「んーそうだなあ。鍛冶屋にでも顔を出すか。オレさまに相応しいカッコいい武器が作れるか確かめに行くんだ」
「戦いに武器は欠かせないもんね」
「うむ! 国の平和を守るのが我ら三銃士の役目! 行くぞお前らー!」
「おー!」
そっとトンネルの外を伺う。逆光でシルエットになっているが、確かに先程の少年のようだ。彼らは腕を振り上げた後、揃ってどこかへ走り去っていった。
(鍛冶屋って確か……)
先程エフィリオに乗って城へ向かう際に、動くハンマーのお店があった。きっとあそこに違いない。
シュテラは今度こそトンネルを進み、目も開けていられないような眩い光の外へ出た。
「う、うわっ!」
……いや、出ようとして慌てて立ち止まった。
人一人しか通れそうにない小さな道が真横に走っている。直ぐ目の前には地面がなく、あるのはあの大きな運河に続く崖……もとい堤防である。
つまり、城の庭から運河の堤防に続いていたのだ。これはきっと、敵襲の際に城の人間が逃げるための逃走経路に違いない。
(あの子、どうしてこの道を知っていたんだろ……?)
もしかしたら本当に貴族の出で、城に遣えている誰かの子供なのか。それならば知っていてもおかしくはない。いずれにしても、鍵を開けっ放しにしていくのは不用心極まりないわけだが。
「……やっぱり追いかけよう」
シュテラは運河の堤防から橋に上ると、直ぐ近くにある鍛冶屋へと向かった。
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