#17:勇気をこの手に - 3
「エフィリオ、直ぐに出かけるよ!」
誰もいない厩舎で、シュテラはエフィリオを結ぶ首輪を外し、傍にかけてあった鞍を着けた。
鳥の習性に近い雷獣はいつでも外敵に備えて目を覚ませられるよう、普段から仮眠状態で待機している。エフィリオはシュテラの足音を聞いただけで目を覚ましていた。
厩舎からエフィリオを連れ出すと、ちょうどいいタイミングで荷をまとめていたエーラが走ってきた。
「準備は整いましたか?」
「うん。城下町まではどれくらいかかるの?」
「太陽や月の動きから、ここに来るまで恐らく三時間はかかりました。城下町まではあと七時間ほどはかかるはずです」
シュテラは指を折って時間を数えた。
「……ええっと、三時間が七時間になるんだから、来る時よりはずっと長いのね……」
「その通りです。エフィリオには地上が見渡せるように少し低めに飛んでもらいましょう」
「どうして?」
「後で分かります」
二人を乗せたエフィリオは、およそ街の見張りやぐらを越えるぐらいの高さで飛行を始めた。
刈り入れ時の小麦畑に、今は回っていない粉挽き風車。
灰色がった緑の雑草地帯に、乱雑に繁った野生林。
その林を縫うようにして何かが動いている。一頭の馬だ。
「見つけました。シュテラ、さっきの盗っ人です」
盗っ人はそのまま城下町へとんずらするつもりだったのだろう。馬の足音を聞いて逃げる方角を確認していたエーラは、初めから盗っ人を見つけるつもりでいたのだ。
「エーラさん、どうしてあの人を探してたの?」
シュテラは身をよじって振り返り、心配そうに尋ねた。
「レディ=オリビアからもらった、大事な旅の資金を取り戻すためです。大丈夫。近づかずともコレがあります」
そう言って取り出したのはロングボウだ。手早く弦を張り、背中の矢筒から一本の矢を抜き、番える。
シュテラは尚更心配になって、顔を曇らせた。
「でも、人を殺しちゃうのね……」
「いいえ、そのような無粋な真似はいたしません。まあ、見てて下さい」
エーラがどうするのか気になるが、エフィリオに跨がっている状態では上手く振り返れない。
「エフィリオは相手の背後から低く、ぴたりと後を尾けてください。すれ違いざまに弓を引きます」
エフィリオは了解したと言うように首を振ってから羽ばたくのを止め、滑空飛行に切り換えた。
盗っ人はまだ後方を飛ぶエフィリオに気付いていない。林を抜けて視界が開けたところで、エフィリオはなるべく地面すれすれを保った。
ぐんぐんと馬との距離が近づいていく。今や盗っ人は無防備だ。
シュテラは胸元で手を合わせ、大事に至らないことを祈った。エーラに限ってそんなことはしないだろうが、何をしでかすのかがまだ分からない。
次の瞬間、構えた弓からひゅんっ、と矢の放たれる音がした。シュテラの目の前を矢が通過していくが、その後ろには何かが取り付けられている。
(ロープ!?)
ロープで重たくなった矢は綺麗な曲線を描いて盗っ人の腰に取り付けられた巾着に突き刺さった。
エーラの計算通りだった。
驚いた男は反射的に諸手を上げたが、逆にそれが大きな隙を作り出した。
「今だ!」
エーラは伸びるロープの途中を掴み、同時に、エフィリオは大きく羽ばたいて急上昇を始めた。
強風か、或いは空からの巨大生物に襲われると思ったのだろう、馬は驚いて前脚を振り上げ、主人であるはずの盗っ人を落馬させた。
その勢いもあって、丈夫な皮巾着は男の腰帯を引きちぎりながら宙へ放たれる。
「ま、待てえええ──っ!!」
男の情けない声が遠ざかっていく。
エーラは素早くロープを巻き上げて巾着を回収した。
「やったあ! すっごーい!!」
シュテラは腕を振り上げて大いに笑い、そして喜んだ。年に一度の大道芸を見せつけられたような気分だ。
「シュテラ。これは立派な兵法です。雷獣に乗る弓隊は必ずこれを学びます」
「へえ、そうだったのね!」
これは大事な書類、宝などを奪われた際に使える大技だ。
方法はこうだ。細く丈夫な鋼鉄の矢にロープを結わえて対象物に射って突き刺し、ロープを引くと花びらのように四方に広がる矢尻の返しで抜けないようにしてから一気に引き上げる。
人の言葉を解し、高度な飛行技術を持つ雷獣がパートナーだからこそ出来る芸当である。
「エーラさんが先生だったら、わたし、習ってみたいな!」
「では、狩猟が出来る歳になったら、その時に改めて馬術と共に教えましょう」
「やった! 約束だよ!」
「ええ」
エーラは矢のついた革袋から新しい革袋に硬貨を移しかえ、腰のバッグに大切に仕舞った。これは、この旅において二人の命を支える費用に他ならない。二度と奪われないようにしなければと、エーラは固く自分の心に誓った。
「さあ、用事は済みました。高度を上げて急ぎましょう」
「うん!」
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