第19話 捕えられるサクラ

「待って、待ってーっ」


 サクラはジンタを追って、暗い階段をテッテッテッと駆け上る。

 オニさんはいつの間にかいなくなってしまったけど、ジンタと追いかけっこするのも案外面白いかもしれない。

 サクラはにんまりと口元をほころばせ、一段一段踏み外さないように慎重に早足で上がっていく。


 三階手前の踊り場で向きを変え、さらに上を目指す。

 ジンタはすでに三階も越え、屋上に向かっているようだ。サクラにはそれがわかった。


「屋上のほうが、解放感あって楽しいかも」


 ププッとほくそ笑み、速度を上げた。

 三階のフロアを横目に、屋上に向かう。

 階段の途中から、屋上の出入り口用と思われる壁を切りぬいた枠が見えた。いずれは鉄製の頑丈なドアが取り付けられるのであろう。いまは四角く空洞になっている。


 サクラは急いで駆け上がると、出入り口の前に設けられた踊り場に向かって、ピョーンと一気にジャンプした。

 トンッ、両腕を広げて着地すると、コンクリートの空洞から外に視線を移した。


「あれあれっ? なにか、変なのー」


 屋上には隣接するビルや、夜空が見えるとばかりに思っていたのだが、サクラの真正面には巨大な緑色に輝く満月が浮かんでいたのだ。月はふだん見上げるときの大きさではなかった。


 黒く広がる空間の半分以上を占めているのであった。


 サクラは月の光に導かれるように、ゆっくりと進む。

 空洞を抜け、本来屋上であるはずの打ちっぱなしのコンクリートの上に立った。

 ビルの屋上は、地上から成層圏を突き抜けて月に近づいたかのように、両手を広げても抱えきれないほどの大きさで浮かんでいる。しかも、不気味な緑色の絵の具を上から垂らし続けているように、脈打っているのだ。


 ジンタがいた。首輪からたれた紐が、コンクリートの上で波模様になっている。


「あっ、みーつけた!」


 サクラはのんびりした口調で、ジンタに近寄った。

 ジンタは警戒の姿勢で月を見上げながら、低いうなり声をあげている。


「どうしたの? ジンタはわたしに捉まえられたのだから、今度はわたしがオニさんだよ」


 サクラはジンタに近寄り、腰をかがめた。


「やあ、産土神うぶすながみ。お待ちしていましたよ」


 その声にサクラは顔を上げた。

 巨大な緑色の満月をバックに、天草が濃緑色のマントをはためかせ、宙に浮かんでいたのだ。


~~♡♡~~


 跳びあがった亡者の凶器のような指先が、エンマを貫こうとしたとき。


「ヤアァーッ!」


「タスケテーッ!」


 同時に上がる気合いの声と、悲壮感あふれる叫び声とともに、窓枠から影が飛び込んできた。

そのまま勢いよく亡者の背中に、音を立ててぶち当たる。

 亡者は数メートルはね飛ばされて、柱にぶつかる。

 上半身を起したエンマの前に、オボロとシミョウの二人が尻餅をついていた。


「ご無事でございましたか! 大王さま」


「イタタタッ、思いっきり臀部でんぶをぶつけた」


 オボロは泣き声をあげ、お尻をさすっている。


「おお、シミョウ、それにオボロも。待ちかねたぞ」


 エンマは手をついて立ち上がった。


「窓枠の外から飛び込んでくるとは、なかなかやるものだな」


 シミョウの手は亡者捕獲用の赤いロープを掴んでおり、その先は窓枠外に組まれた鉄パイプの足場に絡まっていた。

 ヒョイとロープをたるませてから、引き寄せる。

 ロープはゴムのように縮んで、シミョウの方へたぐり寄せられた。

 オボロはたすき掛けしたバッグを持ち替えながら、お尻をかばうように立ち上がった。


「なにも、こんな荒業で救出しなくても」


 オボロの言葉に、シミョウはキッと視線を投げた。


「あなたさまが、そのフースイとやらで、建物の外側から二階へ入ろうと提案されたので、ございましょ」


「た、たしかにそう言ったけど。

 足場を使って登っても良かったのじゃないか」


「一階にあったパイプにさえ、自力で登りもできなかった方から、よもやそんなお言葉がでるなどとは思いませんでしたわ」


「あれは、少し手間取ったけど」


「そのうえ、かよわい少女である私の背中にしがみついて。

 ハッ、まさかロープの操作で懸命になっていた時に、私の背中で変態的悪戯をされていたのでは」


 シミョウは両手を胸元交差して肩を抱き、しおらしく怯えた表情を向ける。


「まさかっ! そんな暇なんかなかったわ!

 アンタがいやがる私を無理やりおんぶして、いきなり空中ブランコよろしくロープを掴んで振り上がったんでしょうにっ」


 オボロは風水を使い、天草あまくさの張った迷宮からの脱出口を探したのであった。

 最初にシミョウが破壊した壁から十八メートル奥に進み、そこから建物の外に出ると迷宮を抜ける、占いにそう出たのだ。もちろん厚いコンクリートの壁に阻まれていたが、シミョウがあっさりと鉄筋ごと叩き壊した。


 外部は、鉄パイプで足場が組まれている。

 オボロがもたもたと足場によじ登ろうとしている間に、シミョウはバッグから拘束用のロープを取りだすと、カウボーイよろしくロープを振り回して三階の足場に絡ませた。


 有無を言わせずオボロの腕をつかんで自分の首に回すと、シミョウは助走をつけながらロープを振り子のように揺らして一気に速度を上げたのであった。

 そうして二階の窓枠から飛び込んだのだ。


 二人のやりとりをニヤニヤしながら聴いていたエンマは、柱にぶつかった亡者がこちらに向かってくるのを視線に捉えた。

 亡者は大きく跳躍すると、三人めがけて両手を広げて攻撃を仕掛ける。

 オボロをにらんでいたシミョウは、右手をグウに握り、襲ってきた亡者の顔面に容赦のないパンチを放った。

 肉がちぎれ、骨が折れるような生々しい音がフロアに響き渡った。

 亡者は歪に曲げられた顔面から、コンクリートの床に落ちる。

 シミョウの左手からロープが伸びた。

 再び亡者はグルグル巻きにされ、惨めな姿をさらけだすことになったのである。


「こいつは、徹底的に地獄で苛め抜いてやるぜ」


 エンマは爪先でつつく。

 オボロは周囲を見回し、エンマに訊ねた。


「サクラは、どこにいるの? いっしょに逃げてたんじゃなかったっけ」


 エンマはビクンッと硬直し、叫んだ。


「そうだ! 忘れてた! 

 あの神さん、霊獣れいじゅうといっしょに階段を上がっていったんだ」


「エエーッ、それなら早く追いかけないと!」


「亡者はこれで動けませんからして、行きましょう」


 今度はシミョウが先頭となり、走り出す。

 オボロはエンマと共に駆けだした。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る