一六
「それではこれより、我が帝國内にて大きな貢献をした七名へのシュヴァリエ叙勲式を執り行う!!」
煌びやかな王宮の中でも一等贅を凝らした謁見の間、誰しもが一度は憧れる場にて今、シュヴァリエ叙勲式が始まろうとしていた。
帝国宰相の幾分しわがれた声が謁見の間に響くのと同時、玉座へと続く中央路の端で、整列していた五十名ずつの近衛騎士が高々と槍を突き上げアーチを形作る。
控えた楽団が勇壮なる音楽を響かせ、近衛騎士が作り出すアーチの先には多くの貴族、文官、武官達が膝を付き道を囲んでいる。
「今回七名は未開拓の地を進み、その地図を刻み、その先にある未踏破の遺跡を攻略している。また、その先に眠る膨大な新資源は帝國に福音を齎すと判断された。過酷な道程を最後まで遂げた新たな英雄の卵たちを祝福し、今! ここに! シュヴァリエの称号を授けるものとする!!」
宰相が朗々と祝辞を述べれば、近衛騎士達が続いて賛辞の声を張り上げる。
その姿に先日到着したミリアとボア、そしてメリルの胸に深い達成感が生まれた。
冒険者学府の最高峰で学んでいるとはいえ、学生でありながら栄誉あるシュヴァリエの叙勲。
それがどれだけ凄まじいことであるのか、ようやく身にしみて理解し始めたのだ。
学生の身で過去シュヴァリエ、もしくは同等の名誉を手にした生徒は両手の指の数にも満たない。
「彼等がこれからも先、過去の英霊達の軌跡をなぞる様な素晴らしき活躍をしてくれると、我々帝國一同は疑うことなく確信している! ゆえに、約束された栄光に我らは鬨の声を張り上げよう!! 彼等の未来に、帝國に、繁栄たらんことを!!」
「繁栄たらんことを!!」
「繁栄たらんことを!!」
「「繁栄たらんことを!!」」
貴族が唱和し、文官武官が続き、最後の近衛騎士達があらん限りの声量で続く。
更に交差させた槍をぶつけ合い打ち鳴らし、栄光の賛美歌を唄う。
楽団がより一層音楽を響かせ、場は声と音が奏でる熱狂に包まれていく。
それが最高潮に達しようとした時、拡声魔法により音量の増した宰相の声が再び響く。
「それではこれより七名にシュヴァリエの証たる短剣を授与する!!」
「先ず、ベルディットールよ、その栄光のアーチを進み、女王から短剣を受け取るのだ!!」
「ハッ!!」
名を呼ばれたベルディットールという名の背の高い男が、謁見の間、入口で並んだ七名の中から進み出す。
その顔には自信と歓喜に満ち溢れ、近衛騎士の作り出すアーチを堂々と突き進む。
そして数段の段差がある前で止まると、顔ごと伏せ、大仰に膝をついた。
「ベルディットールよ、貴方はかのアルイッド遺跡において、その剣術を用い大いなる貢献をしたと聞き及んでいます。シュヴァリエは仮にも貴族位を授けるものですから、その力を是非、我が帝國にもお貸しください。さぁ、我が前に」
深い青の豪奢なドレスを纏った王女が告げると、ベルディットールが顔を上げゆっくりとその御身が前に進み出る。
その美しき眼前の前で再び膝を折れば、女王が手ずから金と青の意匠が美しい短剣を差し出す。
「このベルディットール、必ずや更なる躍進と共に、帝國へ貢献して見せましょう!!」
それを受け取るや否や、顔を持ち上げ謁見の間全体に広がるような大声量でベルディットールが宣告する。
この先彼が目覚しい活躍をすれば、更なる貴族への道が広がることだろう。
その瞳にはこの先に待つ華やかな未来への、隠しきれない野望が燃え盛っている。
立ち上がり、深く一礼し、そのまま横へ移動し元いた入口へと帰っていく。
「続いて、エリディミナ――――」
そうして次々とシュヴァリエ叙勲式は続いていく。
時間にして十五分近く経ち、とうとう残りはレティーシアを含めた四人となった。
「さて、次なる四名は驚くなかれ。かの大学府、エンデリックの地で学ぶ学生である。まだ学生でありながら、誰もが高名な冒険者達に引けをとらなかったという。まさに将来を担うに相応しい人物達だ。彼等に短剣を授与する前に、是非今一度、彼等を讃える盛大なる拍手を!!」
宰相が一際大きく口にすれば、場が熱狂に包まれたかのように四人を褒め称える言葉と拍手を振り咲かせる。
「それでは最初にボアよ! さぁ、その身を栄光のアーチへと躍らせ、女王から短剣を受け取るのだ!!」
「応ッ!!」
パンッ! と、拳と開いた手がぶつかる音が響く。
今までの畏まった前任達とは違う、どこか不遜にも思える態度。
一部の貴族が眉をしかめるが、ボアはそれらを気にした様子を見せずに歩き出す。
冒険者はその戦闘装束こそが正装だと、儀礼装束は身に付けず、普段の戦闘装束。
即ちは先端が擦り切れたマント、ぴったりとした衣服に簡易のアーマーだ。
型に嵌らない柔軟な思考と態度こそ、己が唯一の武器だと言わんばかりに歯を剥き出して笑いながら女王の前で膝をつく。
「威勢が良いですね。貴方は元々孤児だと聞きました。その胸に宿る願い、これからも帝國に力を尽くすなら、きっと叶うことでしょう。さぁ、受け取って下さい」
言われ、その野性味が強い整った顔を上げ、立ち上がり、短剣を受け取る。
その瞳はメラメラと灼熱のような意思に満ち溢れ、何よりも犬になどはならないぞと告げている。
理解しながらデルリフィーナの女王を笑む。
このような覇気溢れる若者こそ、時代を担って行くのだろうと。
メリルはあのバカは と言いたげな顔だが、ミリアに至ってはどこか嬉しそうだ。
「続いて、ミリア・C・クレファース!! 若き学生でありながら、こと水と氷の魔法においては熟達した魔法使いすら凌ぎ、その力でもって此度の一件に貢献したという。さぁ、その才能と努力を誇り、短剣を受け取るといい!」
「はいっ!!」
宰相の声にも負けない、元気の良い返事が響き渡る。
常なら露出を避けているミリアだが、今回は大胆にも背中や胸元が開いたドレスときた。
まるでその身にながれる魔物の血すら誇りだと言わんばかりの態度は、出会った当初では考えられるものではななかっただろう。
空色のドレス、水を湛えた色を持つウェーブ掛かった髪は美しく、サファイアの如き瞳は優しげに揺れている。
魔法的実力は勿論、一級の容姿を誇るミリアに貴族達は勿論、文官武官がざわめき出す。
それらすら身を飾る要素だと、誇らしげに胸を張って女王の前で膝を折る。
「貴女はこの国の出身ではなく、ヴェラドールの出だと聞きます。将来はやはり故郷で力を尽くすのでしょうか。しかし、もし貴女さえよければ、どうかデルリフィーナにもその力をお貸しください。この短剣は国からの、貴女に対する期待なのですから」
「も、勿体無いお言葉です! 正直、私はまだ将来のことまで、詳しく考えてません。だから、この先もどうなるかは分かりませんけど……けれども、出来る範囲でヴェラドールにも、この国にも協力します!」
「そうですか。冒険者でありながら、あなたのような心根の優しい者は貴重です。どうかその清らかな心が、この先もあるがままであることを祈っております」
「あっ、ありがとうございます!!」
バッ! と腰を折り、深く一礼して受け取った短剣を胸に抱いてミリアが戻ってくる。
途中何もないのに躓きかけ、転びそうになったのを見て、メリルもレティーシアも、あぁ、ミリアだなぁと無駄な安心を抱くのであった。
「続いてシュヴァリエを得るのは多くの者が知っていることだろう。メリル・フォン・ブロウシア! 知っての通り、彼女は我が国でも建国から続く名門中の名門貴族、その跡取りだ。そんな一族からシュヴァリエが出ることを、我が国は喜ばしく思う。さぁ、その誇りを抱いて短剣を受け取るといい!!」
やってきたメリルの出番。レティーシアと合わせるかのような、己の髪と同色のドレスは、流石は侯爵言うべき見事さだ。
だがそれ以上に、メリル自身の容姿に、多くの者は目を奪われる。
勝気な瞳に似合った真紅の瞳、髪。真白い肌、見事なプロポーション。
そして高い地位とくれば、それは大よそ弱点無き見事なまでの美少女。
――その残念さを知らなければ、だが。
他者を惹きつける歩き方を心得ているのか、その歩みは不思議と視線を引き込む力を持っている。
露出は多くないが、年齢以上な女性を感じさせる肉体は、その出自もあいまって多くの貴族の劣情を奮い立たせた。
そんな下衆の視線もなんのその。堂々と胸を張り、着実に歩みを進め女王の下で膝をつく。
「メリル、お久しぶりですね。まさか貴女がシュヴァリエの称号を得ようとは、思っておりませんでした。しかし、自国からシュヴァリエ保持者が出るのは大変目出度いことです。どうかこれからも、デルリフィーナの為に尽力して下さい」
そう親しげに女王はに告げるが、メリルはにっこりと微笑むのみ。
昔なら迷わず頷いただろう。父の跡を継ぎ、立派な貴族、領主であろうとしたことだろう。
だがそれも今は昔。それらより優先すべきことが出来たのだ。
その為なら、この国を生贄に捧げることすら、メリルは恐らく厭わない。
黙って礼をして立ち去る姿に女王は疑問を抱くが、とうとう最後は最大の功労者であり、不安要素のレティーシアである。
油断は禁物だ、弱みなど以ての外である。
ゆえにそれ以上何も言わずに短剣を渡し、メリルが戻った後にそっと宰相へ合図を送る。
指で玉座の肘掛を三度叩く。心して件の人物を見逃すなという、その合図を。
「そして最後に、最大の功労者であるレティーシア・フォン・ブロウシア!! この名を聞いて驚く者は多いだろう。彼女はブロウシア家の養女として迎え入れられている。現在、その実力は詳しく判明してないが、最低でもニアSランク級以上と判断されている。まさに恐ろしき才女よ。さぁ、その若き身で、一体何を望む?」
挑発的な宰相の言葉に、レティーシアもまた嘲笑を浮かべて対応する。
この世界には存在しない繊維を扱った最高級の赤いドレスを纏い、カツンと、ヒールの音を鳴らして進む。
普段は押さえ込んでいる恐るべき“
その幼き姿に誰もが驚き、異様に整った容姿に息を呑んだ。
女王の下へと歩み寄るも、その膝は直立。薄っすらと笑みさえ浮かべ、両手を組んだ姿はあまりにも不敬。
だが、誰一人としてそれを指摘出来ずにいた。不思議とそれが当然であるとその場の誰もが思ってしまったからだ。
「……成る程。流石と言うべきでしょうか、レティーシア。その力は過去の英雄にすら匹敵し、幼いながらに知識に富むと聞きました。それでも、一国の女王として問いましょう。貴女はその力でもって、何を望むというのですか?」
本当なら汗を浮かべ、この場を立ち去りたかった。
あるいは、感じ取れる威厳と言うなの服従の魔の手に屈してしまいたかった。
そのどれもが許されるはずも無く、毅然とした態度でレティーシアへと告げる。
「妾が何を望む、か。面白い、答えてやろう。妾が欲するは、己が
そう言ってにんまりと笑むと、女王から短剣を受け取りその場を後にする。
――そして、舞台は終に夜会へと移っていく。
あとがき
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