「先程の礼だ、遠慮なく受け取るがよいっ!」


 口角を吊り上げ高らかに放たれる言葉。掲げた右手に光が収束し、僅か一秒で臨界点を突破。

 まるで肥え太るように光が膨張し、そのままゆっくり上昇、ドクン! と脈打つように震えると、閃光の嵐を撒き散らす。

 箒星よろしく尾を引き、光が前方の歪曲空間に次々と着弾。秒間数十発もの光弾が地面に接触するたびに小規模爆発が発生し、数秒と経たずに土煙がもうもうと立ち込める。


「ゆくぞ!」

「はいっ!!」


 術の発動の終わりを見届けるより早く、レティーシアの肉体が霞む。

 世界が緩慢に流れていくような景色の中、土煙を突破し、吸血鬼の超感覚により捉えた対象の一体。

 その位置に細く白い拳を叩き込む。音の壁を突き破り、ドパンッ! と、硬質的な感触と鈍い音が響き、圧が衝撃となり煙を攪拌させる。

 反撃されるよりなお早くレティーシアの姿が再度霞む。一瞬遅れ横を通過していく一筋の閃光。遅れて聞こえた爆音がその速度、脅威を如実に知らしめる。


「破壊は吸血鬼の得意分野よ!!」


 レティーシアが離れた瞬間、アリシアの魔術が発動する。

 基点を定め、そこを中心に爆発を起こす爆裂魔術。

 空間が陽炎のように揺らめいた直後、轟音と共に歪曲空間ごと一帯が爆発。

 原子が我こそはと暴れ踊り、周囲の熱が急上昇。一回、二回、三回と爆裂は続き、地面は生草ごと燃え上がり、吹き飛んだ煙が爆発の煙で再度閉ざされる。


『敵対攻性体ヲ確認シマシタ。コレヨリ殲滅及ビ情報収集ニ入リマス』


 年齢不詳な女性の声でありながら、どこか無機質な音が煙の先から響く。

 直後嫌な予感を感じ、アリシアが即座に無詠唱――そもそも魔術は必ずしも詠唱を必要としない――でエネルギー場を正面展開。

 視覚に光らしきものが映った途端、半透明の力場に何かがぶつかり凄まじい光量が周囲に氾濫する。

 照射式なのか、ビクともしない力場に拡散され続ける謎のエネルギー。しかし、それも長くは続かなかった……


「ッ――――簡易式とはいえ、私の結界を抜いた!?」


 結界が撓んだ瞬間、即座に横ステップで離脱。直後照射エネルギーが先居た場所を通過、地面に直撃し、そのまま土を融解し大穴を空けていく。

 直撃すれば間違いなく胴体が消し飛んでいただろう。


「魔術ではないせいか、一撃の始点が読みにくい」


 レティーシアが舌打ちするように吐き捨て、そのまま特大の火球を生成。

 直径十メートル以上、内炎すら温度にして五千度を超える太陽の如きフレアが振り下ろされた腕に従い煙の中に突き進む。

 着弾――そうレティーシアが確信した瞬間、巨大な火柱、トーチが轟々と火の粉を吹き散らしながらも発生。

 熱波が周囲に吹き荒れ、レティーシアとアリシアの髪を撫でていく。


「……ふむ」


 通常なら骨すら残さず消し炭となる一撃を受けしかし、訝しげに呟いたその視線の先には数名の人影が映っていた。


『熱エネルギーヲ感知シマシタ。発生源ヲ確認出来ズ。敵攻性体ノ脅威認識度ヲ繰リ上ゲマス……フェイズシフト、情報収集ヲ破棄、殲滅行動ニ入リマス』


 レティーシア達には理解できない言語を呟いた瞬間、まるでギアが急にマックスになったかのような加速速度で四名の人影が煙から飛び出した。


「チィッ!」


 気づいた時には既に近接の間合い! 残像と共に、視界に捉えた白銀の光が死の軌跡を辿るより早く、レティーシアの右手にとある無名の鍛冶師が鍛え上げた魔剣が顕現。

 キィーン……と、甲高い音を立て両者の一撃が衝撃を伴い真逆に弾かれる。

 その流れに逆らわず距離をとり、その姿を目に焼き付ける。

 全体的に流線系でありながら、鋭角さを備えた白銀の金属製のアーマーを身に付け、黒のバイザーで顔は隠されており素顔は不明だ。

 

『奇襲ニ失敗シマシタ、敵攻性体ノ脅威度ヲ一段階繰リ上ゲマス。限定解除ヲ指揮官権限デ解除シマス』


 瞬間、空間を裂くように四つのビットが身体の周囲に現れ、背中の一対から白色、半透明のマントが生成された。

 エネルギーを無理やり整えたかのようなそれは先で宙に溶けながらも、どこか力強い認識を与える。

 レティーシアの知的好奇心を刺激する現象だったが、それを知るよりはやく、残りのビットから炎が噴出。

 更にその白銀のグリーブからも青白い炎が噴出し、一瞬で距離を詰めてくる。再び交わる両者の剣。


「先程の急加速はそれか!」


 吸血鬼特有の能力、その中でも最も有名である剛力で無理やり相手を弾き飛ばす。

 同時、超感覚による警報とも予知とも言える感覚が危険を察知、咄嗟にその場を飛びのく。

 着弾する数条の光の線。容易に地面を深く穿ったそれを放ったのは近接と分かれたもう一人だ。

 数百メートル後方に見える姿。容姿は同じでありながら、手にはライフルにも似た流線型の銃を構えている。

 それが光の正体かと、厄介な狙撃手を潰そうと向きを変えた途端、白銀に輝く死の刃が怒涛の連撃を伴い襲い来る。


「チィッ!」


 レティーシアの知ることではないが、プログラムにより再現されている剣術は古今東西の達人レベル。

 その手に持つ流体量子金属剣は、重さ形状を自由自在に変えられる上に、その切れ味は単分子ワイヤーにすら劣らない。

 機械ゆえの正確無比のコントロールに、達人の技が組み合わさったその剣術は、魂宿らぬ木偶とは言え並大抵の者では抗うことすら不可能。

 

「ええいっ! 羽虫のように妾の周りを飛ぶでないわ!!」


 確かにその技、速度、力はどれも脅威だ。ただし、この世界の住人相手であればとつくが。

 驚異的な動体視力が一撃の先を読み取り、豪腕による力任せの一撃と噛み合う。

 見た目は人だが、その実中身は機械であるため重量は優に二百キロを越す。

 そんな重量級があっさり吹き飛び、更に魔術の追い討ちが追撃を行う。

 最早質量兵器と見まがう巨大な氷の塊が雨のように降り注ぐが、見えない力場にぶつかると次々砕け散っていく。

 今までの攻撃もそれで防がれていたのだ。一撃が当たる反応から、己の知らない粒子によるエネルギー斥力場だと即座にレティーシアは予想する。


 チラリとアリシアに視線を向ければ、向こうもこちらと同じ状況だ。違う点と言えば、向かった二名とも短剣のようなものを持ち、接近戦で襲い掛かってるとこだろうか。

 最初は違ったのかもしれないが、その両手の短剣、更に二名と言うこともあり、計四本からなる波状攻撃にうんざりといった様子である。

 その程度でどうとなることはないと知っているが、それでもレティーシアとは違い、アリシアはより純粋な後衛タイプだ。

 下手すれば手傷程度は負うかもしれないとマルチタスクで処理しつつ、眼前に迫った剣を金属音と共に弾き返す。

 一瞬大魔術による殲滅も考えたが、近くに存在するだろう観測所に魔力の揺らぎを察知されるかもしれない。

 第一、こんな面白そうな事態を易々と終わらせるのは勿体無かった。


「確かに速度も膂力も、光の一撃……いや、荷電粒子砲の一種か? それも中々だが、そろそろ飽きてきたぞ。他にないのであれば、その身、スクラップにするまでよ」

 

 ニヤリと白皙の面の中、ルージュを引いたかのような紅の唇がクッと、持ち上がり、むき出しとなった犬歯がギラリと煌く。


『敵攻性体ノ認識脅威度ヲ最大ランクニ引キ上ゲマス。プラズマブラスターニヨル殲滅作戦二移リマス』

「ほぉ! まだ速度を増すと言うのか………面白い、精々妾を楽しませて見せよッ!」


 ビットが激しく炎を吹き出し、今まで以上に苛烈な剣撃を真正面から迎え撃つ。

 既に音を突破した一撃と一撃がぶつかる度、衝撃が地面を抉り、草葉と土煙が周囲で踊り狂う。

 弧を描く白銀の一撃を鏡写しのように迎え弾き、スラスターの速度と膂力から繰り出される致死の袈裟懸けを摺り上げるようにいなす。

 一撃一撃が次へと繋がり、硬直した剣戟は舞踏のようにすら見える。

 先に距離をとったのはレティーシアだ。見ればその手に握られた魔剣はボロボロであり、何時折れてもおかしくない。


「下級の魔剣とは言えこの様とは……その剣も中々興味深いぞ」


 仮にも魔剣。位としては低級であったが、術式による強化を施された一品だった。

 それがこうもあっさり損耗するのであれば、少なくとも相手の剣は魔剣でも中位以上を誇る切れ味に頑強さだろう。

 

「さて、妾はこの時間稼ぎ。いや、足止めに後どれほど付き合えばよいのであろうな?」


 急な猛攻、それは後方に控えた狙撃手に理由があった。先程まで握られていた長銃は消え、今度は抱え込むように野太い銃を構えている。

 その砲身からは光とプラズマが弾けるのが見えた。そう指摘するも、目の前の相手は揺らがない。

 言語が通じてないのだから当然であろうし、足止めならこの無駄話も相手に有利になりこそ不利はないだろう。

 ただ黙って次の一手を待つのも面白くはないと、適当にワンランク高位の剣を取り出す。

 果て無き地平線では上級プレイヤー。所謂ベテランの前衛職が好んで使っていた汎用の量産魔剣だ。

 シンプルなデザインのツーハンデットソード。柄には魔力供給の宝珠がはめ込まれ、赤く鈍く輝いている。

 攻撃力はそう高くないし、特殊能力もないが、その耐久性は折り紙つきだ。


「アリシアの方も勝負が付きそうなのでな、そろそろ隠し玉の一つや二つ切らねば……破滅はそなたらぞ」


 原罪を仕舞い込み、両手でわざわざ魔剣を握りこみゆらりと走り出す。ギャギャギャギャッ――と剣先が武器との身長さで地面を抉り、徐々にその速度を増していく。

 やがて残像が尾を引く速度を超え、音を破り、更に加速した状態からの上段唐竹割りをそのバイザー目掛けて振り下ろす。

 間一髪グリーブのスラスターによる急転換により一撃を避けるも、地面に衝突した魔剣が文字通り大地を砕き、爆砕音と共に石飛礫がそのボディを穿つ。

 先の力場のエネルギーも速度などに回しているのか、直撃した肌からは擬似血液が流れ、その下からはメタリックな色が垣間見える。


『損傷軽微、戦闘ヲ続行シマス』


 再び交差する二本の剣。しかし今度は拮抗せず、明らかにレティーシアが優勢だ。

 小柄な体躯からは信じられない膂力で魔剣が繰り出され、それを受ければ稼動間接が悲鳴を上げそのまま吹き飛ばされる。

 冗談のような速度で吹き飛んだ瞬間、一瞬で懐まで潜り込まれ柄で殴り飛ばされる。内部の駆動部位が損傷に火花を散らし、一部の損傷が規定値を突破。

 バイザー内にはエラーと損傷報告がしきりに吐き出されるが、その表情は機械らしく感情の欠片も見当たらない。


 アリシアの方も、飛行魔術を使った三次元機動から無詠唱魔術で畳み掛けているようだ。

 打ち込まれた袈裟懸けを弾き、そこに神速の迫撃を叩き込む。

 一瞬だけ更に加速した一撃は見事その二の腕に食らい付き、僅かな抵抗感すら与えず斬り飛ばす。

 傷口からは少量の擬似血液、油、そしてバチバチと飛び散る火の粉に銅線が覗いている。

 くるくると主から離れた剣が地面にサクリと突き刺さり、機会チャンスと魔剣がその首筋に放たれた。

 瞬間あり得ない位置から高速で何かが近寄る気配。咄嗟に上半身を逸らせば、撓る鞭のように姿を変えた剣が通過していった。

 そこに最高のタイミングで片腕を失った相手が組み付いてくる。


『アンチエネルギーフィールド全開』


 呟かれる言葉と同時、肉体に凄まじい圧を掛けられ、一瞬だが意識が飛ぶ。

 即座に我を取り戻し、小癪な拘束を解きに掛かるが、その一瞬ですべては決した。


『プラズマブラスター、チャージ完了。マキシマム、ファイア!!』

「レティーシア様!!」


 アリシアの声が聞こえるのと同時、レティーシアの視界は白色に包み込まれ、一瞬後、味方毎巻き込んだプラズマ弾が着弾。

 空気が一瞬で電離しプラズマ化、数十万、数百万度にも達し周囲数百メートルを破壊しつくす。

 鼓膜が破れるほどの轟音爆風が過ぎ去った後。アリシアが見た光景は、ガラス化し何も残っていない地面だけであった…………







 

 

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