また会う日まで

 結局料理勝負は、レティーシアとエリンシエ以外の審査員が審査不能となったため、お流れとなった。

 エリンシエは当然レティーシアへと票を入れるが、流石にそれを納得するレティーシアではない。

 ここで特筆すべきことは、過去においても似た惨状が繰り広げられたことだろう。

 どうもレティーシアは調理時、独自のアレンジなどを加えようとする癖があるらしく、結果的にそれがとんでもない事態を引き寄せる、という運命にあるらしい。

 今回マンドラゴラとマンイターターの組み合わせはそう有名ではなく、症状も同様に重いものではなかったのが救いだろうか。

 発熱や嘔吐、頭痛に体調不良と、風邪のような症状だがエリンシエの用意した薬で次の早朝には全員快復である。



 

「ふむ、これで全てのテストは終わりであるな……ふっくぅ! まさか妾もこの年になって、このようなことをするなどととは、少し前までは思っておらなんだが……悪くない」



 そう言って笑みを浮かべるレティーシアは中々に機嫌がよかった。

 回収される“答案用紙”を眺めつつ、手応えもバッチリであったと脳内で自己採点を繰り返す。

 全五教科のペーパーテスト、歴史・地理、算学、魔法基礎概念、魔法基礎知識、魔法基礎活用が今回行った内容だ。

 歴史地理はこのデミウルゴス最大の大陸、アルバトロスにおける大まかな地理、更には各国の歴史などがメインである。

 算学に関してはそのままで、第二の共通科目であるのだが、案外レベルは低い。

 流石に四則算程度、なんてことはなかったが、それでも彼の世界はもとより、レティーシアの世界よりも数歩遅れていた。

 あえて言えば、出される文章問題の例が知らない物が含まれており、幾分困惑した程度だろうか。



 残りの三教科に関してはこの魔法学部における独自のテストである。

 概念はそのまま魔法における大雑把から細かまで、その成り立ちや解明されている部分の内容。

 知識はより実践的でかつ細かな内容となる。活用は総合のような感じで、二つを踏まえ、何が可能なのかという感じだ。

 この辺はメリル達に教えてもらい、更には他学生からの記憶のサルベージで難なく切り抜けた。

 Sクラスは確かに才能ある者しか在籍していないが、イコール座学が優秀という訳ではないため、どの学生もやっと終わったテストに喜びを隠せないようだ。

 各自グループで集まっては明日よりやってくる“前期長期休暇”の内容について話しあっている。



 既に実技を終えている為、明日からは労いも兼ねての長期休暇期間に突入するのだ

 その間で何をするかは学生の自由だが、大抵は学園の寮に残る者と、実家に帰省する者の二者に分かれるのが通例である。

 テストの結果は休暇後に出る仕組みとなっている為、実質これで全てが終わったと言ってもよい。

 周りがぞろぞろとクラスの外に移動し始めた頃、精根尽き果てたような、幽鬼染みた足取りで同じクラスであるミリアがレティーシアの下までふらふらと歩み寄ってきた。



「レティーシアさぁん……最後の活用、どうでしたか?」


 そう聞いてくるミリアの反応は暗い。どうやら何かミスをしたか、解答率が悪かったのだろう。


「ふむ、取り敢えず問題はない筈であるがな。少なくとも空白はなかった筈だぞ」

「うっ……殆ど勉強していないのに、どうしてアレをそんな簡単に……」



 ぶつぶつとネガティブゾーンに引き込まれていくミリアに、さしものレティーシアも掛ける声が見つからない。

 そもそもレティーシアの場合は幾分チート的な要素も含まれている。

 相手の精神を縛り、その記憶から知識を盗み取る超能“支配”。

 吸血鬼元来の能力だが、これに掛かればあらゆる知識を蒐集できてしまう。

 無論、得た情報を知恵や知識にまで昇華させるのは本人だが、それでも十分以上に強力な力だ。



「妾はいささか例外ゆえ、気にすることはなかろう。それより、テストが終わり次第第一食堂で集合の約束であろう? 早く行かねば、皆を待たせることとなるぞ」

「そう言えばそうですね……すみません、ちょっとあまり自信がなくて。待たせたらメリルさんに怒られてしまいます、行きましょうレティーシアさん!」



 そう言うと早足で教室を後にするミリア。それに続きレティーシアも教室を後にする。

 向かうは第一食堂のある中央校舎、学園長室のある校舎だ。

 魔法学部のある棟を出て、中央校舎へと向かうこと十五分。

 他の部や科も明日からの長期休暇に浮かれているのか、常より騒がしい喧騒がところかしこからレティーシアの耳に届く。

 そんな喧騒を後ろに、中央校舎の食堂に入る二人。中はテストの終わりともあって非常に多くの生徒が居た。

 見れば一年だけではなく、他の上級生も多く見られる。



「ふぇー……凄い人数ですねぇ。メリルさん達と合流出来るでしょうか?」

「どうやらその心配は必要ないようであるぞ」



 レティーシアが指差す方向にミリアが視線を向ければ、メリルが両手を大きく振っている姿が映る。

 ボアも流石に羞恥心が刺激されたのか、同じテーブルでありながら知り合いではないですよ的姿勢を取っているようだ。

 無論、席が真正面と言うこともあり、その説得性は限りなく薄い。

 周りの視線もなんのその、口が動いていることから声もだしているのだろうが、残念ながら喧騒に掻き消されて聞き取ることは叶わない。

 聴力を調整すれば可能だろうが、口の動きでも十分内容は分かるし、それでなくても想像するに容易い。

 はぁっ……と、ミリアと共にため息を吐き出してメリル達の下へと向かう。



「レティ! 待ってましたのよ!!」

「何をそんなにはしゃいでおるのはか知らぬが、周囲の注目を浴びておる。取り敢えず席についてはどうだ?」


 そこでようやく自身に視線が集中しているのに気づいたのか、レティーシアの言葉に素直に従いすとんっと座り込む。

 丁度四つの席になっているテーブルを確保出来た様で、入り口側横向きでメリルにミリア、反対側にボアレティーシアの順となっている。


「話しもあるが、取り敢えず飯にしようぜ? 頭の使いすぎで腹が減って仕方がねぇ……」

「そうですね、食堂に来たのに何も頼まないなんておかしいですし」

「それならパパッと頼んでしまいましょう。ボア、勿論メニューを伝えてくる役目は任せましたわよ?」

 

 メリルの言葉にうげっと嫌そうな顔を見せる。無理もない、周囲は席が全席埋まるレベルの人ごみだ。

 食堂直結のカウンターに向かうだけでも大変だろう。


「はぁ……分かったよ。早めに決めてくれ」



 ボアが諦めの言葉を口にする。

 このメンバー相手に何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

 その言葉を聞き、レティーシア含めた全員がメニュー表に視線を移す。

 最初に決めたのはミリアであった。逸早くメニューから顔を上げ口を開く。



「じゃあ、私はリリエ・カトラで」

「それでは私はトーニャンでお願い致しますわ」


 ミリアに続きメリルがメニューを告げる。

 一方のレティーシアはまだまだ知らないメニューも多く、どれを頼むべきか悩んでしまう。


「レティ、悩むようでしたら私と同じものに致しません?」


 むぅーと一人メニューと睨めっこしていると、メリルが見兼ねたのか口を挿む。


「ふむ……まぁよかろう。では妾もトーニャンとやらで頼む」

「ほいよ、んじゃ俺はカウンターまで行くから先に話し合っててくれ」

「あれ、ボアさんはメニュー見ないんですか?」


 席を立ったボアにミリアの言葉が待ったをかける。

 足を止め振り返ると、「ん、ああ。俺はもう最初から決めてるからいいんだよ」と、そう言ってそのまま行ってしまう。

 

「ではボアの言葉に甘えて、肝心の今日話すことですわね。皆さん長期休暇はどう致しますの?」


 そうメリルが問うと、一度思案してからミリアが口を開いた。


「私は一度実家に帰省しようと思います。両親には皆さんの事もしっかり報告したいですし。メリルさんはどうなんですか?」

「私も一度ブロウシアに帰りますわ。レティーも一緒だと父も母も喜ぶのだけれども、一緒に帰りますわよね?」

「ふむ……」



 メリルの言葉に即答はせずに思案する。メリルの言葉に従い、ブロウシア家に行くのも確かに一つの選択肢ではある。

 が、レティーシアにはやらないといけないことがあった。

 それは確かにブロウシア家でも可能ではあるのだが、何かと言うか自室のある寮の方が色々と便利である。

 永劫の夜を歩む吸血鬼であるのだから、少しの遅れくらいはどうとでもなる……ともいかない理由があった。

 既に計画は動き出しているのだ、簡単な指示も既にカルテットに出している。

 長期休暇は一ヶ月ちょいもある事を考慮すると、最低でも一週間以上はブロウシア家に束縛される可能性は高い。

 メリルが不安気な顔をしてレティーシアを見る。



「妾は学園に残るとしよう、少しやる事もあるでな」


 反応から何となく理解していたのか動揺はしなかったが、それでもメリルが食い下がってくる。


「そ、それなら私も学園に残りますわ!」


 と思いきやいきなりこの発言である。

 好いてくれるのは悪い気はしないが、過ぎればそれもややうざったいものだ。

 

「実家に帰省出来る時期は限られておる。ここは素直に一度戻っておくがよい、妾と違いそなたは実子なのだ、しっかり顔を見せておいた方がよかろう」



 そこでメリルが何かを言いかけるが、レティーシアの態度から何を言っても無駄と理解したのか口を閉じてしまった。

 恐らくは養子など関係はない、といったところだろう。

 確かにそうかもしれないが、それでも一度決めたことをレティーシアは譲るつもりはなかった。



「……分かりましたわ。会えなくなる訳ではないですものね」

「何、余裕があれば妾から行くやもしれぬ。その時は出迎えてくれればよい」

「期待せず待っていることにいたしますわ――」



 それから直ぐボアが戻ってきて、ボアも学園居残り組みであると判明。

 その三十分後、各自頼んだ食事をカウンターに取りに行き平らげ、その日は解散となった。





「それじゃあ皆さん、また今度会いましょう!!」

「レティっ、何かあったら……いいえ、何もなくても会いに来ていいのですからね!!」

「おうっ! また今度だぜっ!」



 各自がエンデリックの入り口で別れを告げる。ミリアは少し先の共同大型馬車の乗り合い所へ。

 一方メリルがブロウシア家の家紋が入った専用の馬車に乗り、それぞれ実家へと帰省していく。

 姿が見えなくなるまで手を振り続けていたメリルにミリア。

 それが完全に視界から消えると、一抹の寂しさが胸を満たした。

 どうやらここ最近のドタバタやらに慣れ親しみすぎたようで、気づかぬうちに己も染まっていらしいと笑みが浮かぶ。

 ボアと二人、一気に人の減った学園へとレティーシアはきびすをかえした……

 

 

 


  


 二章~完~

 

 

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