愉快な仲間たちのクッキング教室 後編

 ボアと二人、料理に関してそのまま話しあっているとどうやらミリアがメリルより先に完成したらしい。

 材料を隠していると思われるボアと同じタイプのトレイと蓋、そして固形に近いどろりとした何かを入れた小皿。

 その二つを持ってミリアが二人の下までやってくる。

 料理に集中していたのか、二人も先に完成していることに軽く驚いた表情を見せる。

 何か言いかけるが、どうやら先に完成した料理を置こうと判断したらしく、机にそっと乗せるとこちらにやってきた。

 どうやらその持ち方から重量のある料理ではないと、レティーシアは密かに判断する。

 


「確かに極端に早い料理ではないですけど、それにしてもお二人とも早いですね」

「まっ、俺のは工程が単純だったしな」

「妾も材料を投下していくようなものであるからな」

「そうですか……そうなると、メリルさんが最後になりますね」



 そう言ってミリアがメリルの方へと視線を向ける。

 それに合わせてボアもレティーシアも顔を向けるのと同時、メリルが何かぶつぶつと口にし、手に持った短剣を鍋に向ける。

 どうやら魔法を使用しているようなのだが、その事実にギャラリーが活気付く。

 それはミリアも同じらしく、その表情は小さな驚愕に染まっていた。



「普通魔法って、日常には使わないものなんですけど……」

「確かに基本的には戦闘とかで使うもんだって意識が広まっているからな」

「そうなんですよね。それに精霊を介する分、あまり複雑なのは難しいですし。何を唱えたのかちょっと分からないですけど、料理に使うような細かい分野の魔法なんて、普通はやらないし出来ないですよ」



 と、二人が会話する一方、レティーシアは技術面ではなく発想面で感心していた。

 確かにレティーシアであればその辺の発想へと容易く手が届く。

 それは多くの経験に柔軟な思考があってこそだ。

 この世界での停滞した価値観の中で、そう言った発想に行き着き、同時に行使するに至るのは非常に稀有と言えた。

 技術面での驚きより、既存の価値観に拘らない発想が出来る。

 と言う事に対してレティーシアは感心しているのだ。

 それは一種の才能であり、あるいは素質と言い換えてもいい。

 ある意味で革命家や優れた為政者と言うのは、えてしてそのような面を持つ者が多い。



 このまま成長すれば冒険者としての大成も期待できるが、それよりも侯爵として。

 領土を治める者として大いに大成しそうだ。

 そしてミリアが料理を完成させてから十分と少し、どうやらメリルも完成したらしく、一度何か呟き魔法を発動させると熱々の筈の鍋を持ってレティーシア達の場所まで歩いてくる。

 近くまで寄ってくると途端に彼の世界で言うならば、デミグラスソースに近いような匂いが鼻に届く。

 そこから大体の料理の内容を察し、中々美味しそうではないかと不覚にも思ってしまう。



「皆さん既に準備はよろしいようですわね。そこで提案なのですけれど、折角ギャラリーも居ることですから、判定はその皆様にお願いしてみませんこと?」

「ふむ……流石に味に虚偽を申す輩がこの中におるとは思わぬが、悪くない案ではあるな」

「俺は構わないぜ」

「私も問題ないです」



 全員の賛成が得られたメリルが、即座にその場に集まっているギャラリーへと声を掛けていく。

 ギャラリーもどうやら興味があったらしく、快い返事が次々と返ってきた。

 一部は下心が透けているような輩であったが、別段問題はないだろう。

 幸いどの料理もそれなりの量であった為、メリル達を含めた十名での審査が行われることとなった。

 その中に何故かエリンシエが紛れ込んでいる事に、あまりの自然さにレティーシア以外が気づかなかったのはいかなものかと思うのだが……



「それでは、先ずはボアの料理から全員に試食していただきますわ。全員の料理を食した後に、最も美味だと思った料理に票を入れていただきますわよ。票といっても挙手ではありますけど」



 そう言うと早速ボアが全員の前にトレイを運び、蓋を開け全員へと中を見せる。

 瞬間、どよめきがギャラリーに広まっていく。

 ボアの作った料理とは即ち――丸焼き――であった。それも大きな肉の塊である。

 技術とか、そんな言葉に一見真っ向から唾を吐きかけるような料理だが、そのインパクトは非常に強い。

 何の肉かは不明だが、その大きさは優に数十センチ。重量換算で数キロはあるだろうか。

 それを用意していたナイフでボアが切り取り、更に乗せて各審査員へと配っていく。



「ただの丸焼きだなんて思うなよ? 俺だって普通の丸焼きで勝てるなんて思ってないさ」


 どうやら相当自信があるらしい。皿が配れるのと同時、全員が一口サイズに切られた数枚の肉切れ。

 それを一枚とって口に運び込んでいく。瞬間、レティーシアを含めた全員の脳髄に雷が走ったかのような衝撃が駆け抜けた。


「な、なんだこの肉!?」

「く、口の中でとろけやがっただと!」

「味付けはシンプル。ただ塩と香辛料を振り、事前に肉をやわらかくするための仕込みと臭み取りのみ」

「それが逆に肉本来の旨味を引き出し、焼き加減によって閉じ込められた肉汁が口の中で爆発をぉぉおおお!!」

「それだけじゃないですわ、この肉恐らくはドレイクですわね……陸を走るドラゴンの為肉は引き締まっている反面。味わいは濃く、調理方法さえしっかりすれば最高級食材にも劣らないと言われていますわ」

「悪くありません。肴としても合格レベルでしょう、レティーシア様に今度お出ししてもいいかもしれません」



 次々と捲くし立てられる批評に感想。そのどれもが概ね好意的だ。

 使われている肉はメリルの言ったとおり、遺跡でも出会ったドレイク種のものである。

 臭みを取ることと、最低限の調味料で引き上げられた肉の旨味。

 外はパリッと焼き上げることで肉汁を内部に閉じ込め、旨味をギュッと凝縮している。

 口に含んだ瞬間じわりと広がる肉汁は濃厚で、肉は噛めば噛むほどその味を増していく。

 


 周囲の反応にボアが密かに笑う。

 臭み取りはサバイバルの中で、香辛料は不味い食い物の味を調える為に。

 焼き加減は純粋に焼いた量の多さで培ってきた。

 料理の腕は並、あるいはそれ以下だとしても、そればかりを身に着けてきたお陰でボアの丸焼き技術はプロの料理人すら上回っている。

 メリルやミリアが万能であるのならば、ボアは言わば特化型と言えるだろう。

 一頻り騒いでいた審査員達が、数分が経過してようやく落ち着きを取り戻す。



「そ、それでは次はミリアの料理ですわ。ミリア、出して下さいます?」

「は、はいっ!」



 ミリアがメリルの言葉に慌ててトレイと瓶を用意する中、レティーシアだけは置かれたドレイクの丸焼き――実際には一部だが――にナイフを走らせ、これまたどこから取り出したのか一本のお酒。

 ワインボトルを用意し、更には専用のワイングラスに注いで肉を肴に一人飲んでいた。

 彼の世界であれば酸化防止剤の類を使ったりするものも多く、後味が酸味ばしっていたり、妙な苦味があるものが多いが、魔術と言う反則を持つレティーシアの世界のワインは、それこそ千年単位で寝かせておくことが可能である。

 手にしたワインは今より八百年程昔に取れた葡萄に近しい果物、その果実で作られたものであり、その味わいの深さは地球のワインとは比べるのも可哀相な程だ。

 数名、酒好きの者が匂いに気づき羨ましげな視線をレティーシアに向けるが当然無視。



「えっと、それじゃあ私の料理はこれです」



 レティーシアがワインを楽しんでいると、どうやら準備が整ったらしいミリアが蓋をどける。

 が、中を見て返ってきた反応は落胆であった。

 ボア、レティーシア、メリル、エリンシエの四人は違うが、ギャラリーからの参加者は軒並みボアのインパクトで次を期待していたのか、出された“肉と野菜”に隠し切れない落胆の気配が漂っている。

 そう、蓋の中身はなんの変哲もない焼かれた肉と、青々とした葉が瑞々しい彼の感覚で言えばレタスに近い野菜の二つのみ。

 そして残りは瓶に入ったどろりとした固形に近いタレのようなもの。

 それら三点を見て、ようやく彼とレティーシアは料理の正体に思い至った。



 反応は予想内であったのか、苦笑気味な表情を見せながら盛り分けた皿を配っていくミリア。

 小さな小皿も一緒に配られ、中には瓶に入っていたタレのような、“ミソ”のようなと言い換えてもいいものが入っている。

 レティーシアは早速一口サイズで焼かれた霜降りの肉、それをレタスに似た野菜でくるくる包み、そしてこれまたミソにも似たタレを付け口に運ぶ。


 ミソとは違い、しょっぱみはやや薄い。その分何か香辛料が効いているらしくやや刺激的な味がする。

 新鮮な野菜の歯ごたえに、どうやら炭火焼らしい最高級の肉が出す肉汁とのマッチ。

 ややくどい味は野菜が綺麗に中和してくれる。これなら何枚でも包んで食べられそうな、そんな味わい。

 レティーシアがこれまた酒に合いそうな……などと思っていると、テンションの下がっていた周りがまたもや活気付く。



「クソッ! 誰だよ、見た目で判断したやつ! 今までで一番うめぇ“ツータオ”じゃねぇか!!」

「と、とまらねぇ! とまらねぇよぉおお!」

「だ、誰か俺の手を止めてくれぇえぇえええッ!」



 ボアの言っていた通り有名なのか、料理の名前はツータオと言うらしい。

 ギャラリーから選出した審査員が阿鼻叫喚となっている。

 ノリがいいのか、それとも本当にそうなっているのかどうか判断し難い。

 これが演技であったのなら、彼らはきっと素晴らしい俳優になれることだろう。



「本当、これならわたくしも食べ続けられますわ」

「俺もまさかミリアがこんな隠し玉を持っているとは思わなかったぜ……」

「学ぶ事が多く嬉しい誤算です。また一品レティーシア様にお出しする品が増えました」




 ボアに勝るとも劣らない反応の波に、ミリアがホッと息を吐く。

 全員が落ち着き始め、料理から手を退けたというのに、やはりというかなんと言うか。

 レティーシアは空気を読まず、一人もっきゅもっきゅと口にツータオを運んでいる。

 一口サイズとは言え、下手すれば小学生、プライマリースクールレベルの容姿にさえ見えかねないレティーシアだ。

 当然その口のサイズも相応に小さく、一つ口に入れただけでもリスが頬袋を膨らませるが如く頬が膨れている。


 その満更でもなさそうな表情に密かにミリアが笑う。

 恋心と言うには幼稚すぎるが、それでも気になる人物が自分の料理を美味しそうに口にしていると言う事実は嬉しいものである。

 繕うのに失敗した笑みをメリルが目敏く発見し、一度こほんっ! とわざとらしい咳払いをして注目を集める。



「次は私の番ですわ! 私の料理はこれよッ!!」



 そう言って底の深い鍋をちょっとよろけながらも審査員が座るテーブルに置く。

 かなりの重量があるのだろう、ドスンっ! と言う音が響く。

 蓋を取り去ると、独特の匂いが周囲に立ち込めた。

 デミグラスにも似た匂い。中央のテーブルからおたまを持ってきて、更に“中で煮込まれた”肉の塊を一つずつ置いていく。

 その上にソースをたっぷりと掛け、別途で用意していたのか、付け合せの野菜などを盛り合わせる。

 それら一連の動作を見て、審査員はおろかギャラリーまで騒ぎ出した。


 

 見た目もさることながら、何より重要なのは“このタイプの料理が、一時間足らずで完成”したと言う点だ。

 そこでレティーシアは思い至る、使っていた魔法は煮込む時間を加速したりする類であったのだと……

 自身満々に胸を張り、メリルが皿を審査員へと配っていく。

 焦げ茶色のソースに付け合せに温野菜が盛られ、見た目だけなら高級料理店でも十分通用するだろう。

 驚愕と期待を込めて皿を見るギャラリー勢とは違い、レティーシア達三人は同じ気持ちを抱いていた。

 即ち――これがあのメリルだと? と言うものである。

 そんな中、一人の審査員が恐る恐る配られたナイフで皿の中央、煮込まれソース色に染まった肉に刃を入れていく。



 まるで抵抗感などないと言わんばかりスッとナイフはめり込み、そのまま力を殆ど必要とせずに一口サイズまで切れてしまう。

 切った中の中心はほんのり赤く、どんな煮込み方をすればそうなるのか不思議だ。

 一時間では到底不可能な煮込み具合に驚きつつも、審査員として選ばれた生徒がそっとナイフを口に運ぶ。

 途端彼はグッと口を引き結び、顔を上に向けたと思えば片手で顔を覆ってしまう。

 一体どうしたのかと周囲がいぶかしむ中、手と顔の隙間より何かが零れ落ちた。

 ――――涙。

 そう、零れ落ちたのは一条の煌き、涙であった。



 ざわめきが強くなる中、別の生徒がナイフを口元に運ぶ。

 瞬間何か途轍もない力で身体を打ちのめされたかのうにガクガクと身体を揺らし、一度静止したかと思えば。

 くわッ! と閉じた目蓋を開き、そのままメリルの元までダッシュ。

 「結婚してくれ!」といきなり口にする始末。無論、「死んでから出直してきたら考えてあげますわ」とすげなく断られる。

 そこでようやくレティーシア達もナイフで肉を切り分け口に運ぶ。

 確かにそれはレティーシアから見てもなかなか美味かった。ほろりと崩れ去る肉に、デミグラスを彷彿とさせるソースの味わい。

 ボアなんて「ま、負けた……」といっているし、ミリアも「お、美味しいです……」と、なにやら打ちひしがれている。



 が、正直言って“この手の料理は食べなれて”いた。

 エリンシエがそれなりに出す料理の一つが、この系統なのだ。

 ハッキリ言ってそちらの方が味は数段上回っていると言えた。

 それはメリルの料理が不味いというのではなく、そもそもの料理の年季が圧倒的に違うのだ。

 高々十数年未満に対し、相手は千年クラスである。例え天才だろうと覆しえない壁だ。

 一人冷めているレティーシアとは違い、周囲は既にメリルの勝利ムードである。

 確かに出されたこれはプロ相手だとしても引けを取らないどころか、下手すれば上回るだろう。

 数日煮込むものを僅か一時間足らずで完成させたのも素晴らしい。


 

 だがしかし、それで勝利を確定させるのは早くはないだろうか?

 活気付くギャラリー達を横目にレティーシアの唇がにやりと釣りあがる。

 確信してしまったのだ。この勝負――――勝てる、と。

 音も立てずにレティーシアが審査員用の席を離れる。

 同時に意識して封印している威厳カリスマ、その一端を解放。

 まるで惹きつけられるかのように、全員の視線がレティーシアへと集まっていく。

 それをしっかりと睥睨し確認し、その小さな口が開かれた。



「勝者の確定は、妾の料理を口にしてから判断してもらおうか?」

「勿論ですわ! 苦節数十年、ようやくレティの手料理が食べられるのですわねッ!! さぁレティ、早く、ハリー、ハリーッ!!」



 一人、妙なテンションでカリスマの影響外に居るようだが、レティーシアは華麗にスルー。

 中央から鍋を魔道具毎持ってくる。置いておく際、保存の魔術を掛けており完成の状態。

 つまりは最高に近い状態でしっかりと鍋の中身は維持されている。

 全員の視線が集まる中、バッ! とレティーシアが勢いよく鍋の蓋を取り去った。

 真っ白な湯気と共に姿を見せる様々な具材達。立ち込める匂いは海鮮よりなのか、どこか海を彷彿とさせる一方、大地の恵みをも感じさせる。

 無いわけではないが、無節操な鍋というものはこの世界ではかなり珍しい。

 どの生徒も視線は鍋に釘付けだ。じらしてもしょうがないと、それらをおたまで掬い、小皿に取り分け審査員の机においていく。



 なぜかそれら一連の動作はレティーシアではなく、今まで審査員として座っていたエリンシエなのだが気にしてはいけない。

 ホクホクと湯気を放つ皿。マンドラゴラやらマンイーターやら、キマイラの鬣やら、ドラゴンの切り身やら、深海に住む魚だったり。

 目にも色鮮やか、種類も豊富な鍋を見てついに我慢できなくなったのか、一人の生徒が一緒に配られた箸を手に躍らせる。

 残像すら残して動いた神速の箸捌き。全員が何を言うまでもなく口に消えていく具材。

 瞬間、その生徒が“倒れ伏した”。バタリと、椅子ごと後ろに倒れこんだのだ。

 


「き、気絶するくらい美味いのか!? よし次は俺だッ!」



 誰かが止める間もなく、別の生徒がドラゴンの切り身を口に運ぶ。

 するとどうしたことか、彼も瞳を開けたまま真後ろに倒れこんでしまう。

 流石に何か変だとギャラリーが騒ぎ出す中、エリンシエが何時の間にか審査員の中に戻っている。

 するとがやがやと騒ぐ全員の注目を集めるように、大仰な手振りで箸を躍らせ、深海魚デミフィシュの切り身を口に放り込む。

 何度も咀嚼し、ごくりと飲み込む音が響く――それはもしかしたら周囲の生唾を飲み込む音かもしれない。

 一秒、二秒……そして――



「流石レティーシア様、大変美味で御座います」



 そう口にした瞬間、全員から安堵の息が零れた。

 ボアもミリアも、他の審査員もまさか“不味かったんじゃ”と言う疑惑が晴れ、意気揚々と鍋を突付いて口に放り込んでいく。

 しっかりと咀嚼し、飲み込んだ瞬間、もれなく全員が後ろに倒れてしまう。

 唖然とするギャラリーの中で、誰かが「マンイーターとマンドラゴラって、混ぜたら駄目じゃなかったか?」と呟く声が、やけに調理室の中で木霊した………






 

 

  

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