十一話

 レティーシアがミリアの指定場所に向かった時、丁度試合が始まる瞬間であった。

 借り出された非常勤の教師が両者の武器を確認し、互いの名乗りを聞き届けたところで試合開始の合図を下す。



「それでは、始めッ!」


 開始の合図とともにミリアが真っ先に動いた。


「流れる水よ、全てを押し流せ!」



 開始と同時にどこから取り出したのか、両手に片手用の杖と儀礼用装飾の施された短剣が握られている。

 片手杖が呪文に反応し、淡い光を放つ。そして完成と同時、それは起こった。

 ゴゴゴゴゴゴッ!! と、何処からともなく現れた水の濁流が、模擬戦の相手に襲い掛かる。

 まるで海からやってくるという津波の現象そのものだ。



 しかし、対戦相手も魔法の使い手らしく、短い詠唱の後、|宙を蹴った(・・・・・)。

 瞬間、空中に足場があるのでは? と錯覚するように浮力を得た体は、水の濁流を物ともせずにその身を空に投げ渡す。

 それにミリアは驚く素振りを見せることなく、予め予想していたかのように次々と魔法を連発していく。

 高速度を得た水流が鋭い弾丸の凶器と化して空を奔る。

 宙(そら)を蹴り、アクロバットな三次元軌道で相手は水の刃を華麗に交わしていく、両者のランクはS。

 レティーシア達と同じクラスである対戦相手の男性は、こと風と電気の魔法を得意としていた。



 今使用している魔法も、指定場所に磁力場を作り、自身と反発させ、そこに更に局地的な風の流れを受けているのだ。

 短い時間で多重に魔法を扱う技量は驚愕の一言、伊達にSクラス在籍者ではない。

 魔法の連続使用が止むのと同時、飛来する不可視の刃。短い詠唱で次々放たれるそれは、こと殺傷性だけを見れば水刃をも越えるだろう。



「アクア、水障壁です!」



 高速で飛来する不可視の刃を召喚した水の乙女を媒介とした、高圧縮された氷の壁で防ぐ。数トンもの水を圧縮して作られた壁は、その密度を限りなく高めながらも水の温度は劇的に上昇、やがて急激に水蒸気化し、その冷却によって液体から固体。

 つまり、溶けない高温の氷へと変化していく。そして、その高密度の氷は生半可な衝撃を通さない鉄壁の盾となる。

 展開時間は短いが、その防御力は凄まじいものがあった。



 相手もそれに気づいたのか、長文詠唱による呪文に切り替えてくる。

 それを横目にミリアは走り出す! 短剣の効果により親和性を高められた精霊に僅かな呪文で命令を伝える。

 瞬間、|氷の柱(・・・)が地面から空に向かって幾本も発生する。まるでつららが空に向かって生えている、そう錯覚しそうだ。

 魔力で強化された脚力がそれを踏み台にして、次々と発生する氷柱を駆け抜け瞬く間に距離を詰めていく。



 慌てて相手が詠唱を止め、空を蹴ろうとするが、遅いッ!

 次々と氷柱が発生する中、強化された脚力が生み出す推進力は詠唱の暇を相手に与えない。

 既に後一歩のところまで詰め寄ったミリアの手に握られているのは、氷でできた巨大な槌。

 優にミリアの半身に及ぶ巨大さ、常ならばまず手に出来ない重さだが、極短い時間の筋力増強でそれを可能としていた。

 ミリアは氷柱を砕く勢いで踏み込み、全身の力をバネに変え体をグルッと捻って遠心力を増す。



 「ハァァアァアァアッ!!」



 全力全身、叫び声と共に振り下ろされた氷の槌がドゴンッ! という派手な音と共に相手を捕らえ、一瞬でその体を地面に叩きつける。

 そのままミリアは水の魔法によって、間欠泉を生成、難なく地面に着地。

 着地するのと同時、飛来する風の刃を圧縮された水の氷壁で防ぐ。

 視線を向ければ横腹をやや庇い気味ながらも、致命傷には程遠いと見られる対戦相手がそこに立っていた。

 恐らくインパクトの瞬間強制的に磁力を纏わせ、衝撃を反発して分散したのだろうと、槌から伝わった感触で察知してたミリアは、油断なく地面に着地したのだ。結果は見てのとおりである。


 

「予想はしていました、大丈夫。私はまけませんッ!」


 

 決意を形にする。思いを糧にする。そう……

 この試合はレティーシアが見ているのだ、己がハーフであるという引け目からか、表面上を明るい表情の仮面(ペルソナ)で繕い、誰にでも明るく元気に振舞ってきたミリア。

 そんな自分に出来た、種族だとか、容姿だとか、そんな小さな事に拘らない|不思議な人(レティーシア)。

 小さな暴君(おうさま)、その全身から放たれる威圧感は常人のそれではない。普通なら見た目に惹かれたとしても、相対した瞬間悟ることは必須、己には過ぎた人物であると。



 でも、しかし、そうと理解しながらも。彼女なら何時かきっと話せると、遠くない未来。自分の全てを曝け出せる日が来ると、そう思える人。

 だから、と。ミリアは相手を見据える、思いを新たにする。今も飛来する風の刃を飛ばしてくる相手をただ、強く、只管に強く見つめる。

 ミリアの瞳は力強く、まるで空を翔る彗星の如き輝きを孕んで思う。



 そう、自分はだから負けないんだと。男の子が好きな相手に格好いいところを見せようと頑張るように、ミリアもまた今は出会ったばかりだけれど、その絆を大切にしたいからと、そう思えるから頑張るんだと。

 今はただ最初の一歩、目の前の相手を倒すことだけに集中する。

 決意を定めたなら、後は進むだけ。最初の一歩は目の前にある、それなら既に戸惑う理由など無い。

 先は遠いかもしれない、それでも一緒に居たいと思った人。だからこそミリアは、本来なら争いを好まない性格でありながら、この授業を選んだのだから――――ッ!



「行きますッ!!」


 



 ――――その後、残りの魔力量を気にしない圧倒的な物量を背景に、ミリアは勝利を掴む。

 相手も善戦したが、ミリアは元々それなりに高いレベルで魔法の行使が出来るのだ。油断しなければ、一年上のクラスでも相手どる事が出来るだろう。

 荒い息を吐くミリアに彼としての気質、少々世話焼きの性質が重なって、アイテムボックスに仕舞われた魔力回復用のポーションを渡してやる。

 効力はゲーム内の中級レベルの後衛職の魔力を、六割近く回復させる効果がある。

 この世界にも魔力回復のアイテムはあるが、どれも効果はイマイチのようであり、値段もそれなりにする。



 魔力とは魔力生成器官を持った生物しか持ち得ない、世界に魔力が存在する訳じゃないのだ。

 ゆえに、必然魔力回復用のアイテムは、製作者が自ら魔力を込めないといけなくなる。

 しかし、込めた魔力の全てが封入出来るわけでない。この世界の効率じゃ精々が四割。更に使用時も全て吸収出来るわけではなく、これまたおよそ八割といったところだろうと、ここ数日で現物を見る機会があったレティーシアは予測している。

 そんなアイテムでも、後衛職には十分有難い代物なのだ。理由は単純で、魔力の回復量は人にもよるが、平均で一時間かけても一割程度だ。

 


 この世界では未だ解明されていないが、この回復量についてはレティーシアの世界で既に証明がなされている。

 空中に散布しているとある物質、誰が名付けたか“エーテル”と呼ばれるものを魔力生成器官が呼吸と同時に吸収。

 このエーテルを生成器官で分解することで、魔力が発生するのだ。

 つまり、回復量とは、一度にどれだけのエーテルを吸収でき、かつ分解できるかが重要なのである。

 そして、発生した魔力は概念的な貯蔵庫に保管される。この許容量が最大魔力量である。

 


「えっと、これは?」

「魔力回復用の飲み薬だと思えばよい。ミリア、そなたにくれてやるから飲め。効果は妾(わらわ)が保証しようぞ」

 


 ミリアも無論魔力回復用のアイテムが高価なのは知っている、彼の価値観に直せば、一番安いものでも一本数千円。

 最高級の代物になれば、数十万以上するものもあるのだ。

 それをぽんっと、効果の程はミリアには知る由もないが、気安く渡してきたのだ。戸惑うミリアの反応も当然と言えた。

 


「今日はもう授業は私、ありませんし……こんな高価な物いただけませんよ!」

「当たり前であろう。別にただでくれてやるなど、言っておらぬだろう? それは妾が製作した物でな、効力の程を調べるに丁度よいと思ったから渡したのだ」



 勿論嘘である。レティーシア程の知識があれば古の秘薬とて作れるだろうが、今回の物はそうではない。

 ミリアが遠慮しないようにする為の方便であった。

 それでも渋々といった感じのミリアであったが、やがて「それじゃあ……」と言って小瓶の蓋を開け、一口量の透明の液体を飲み干した。

 


 (あれ? 味はなんだろう、ちょっと甘い感じ? それに……魔力が一気に回復……した?)



 そのあまりの効果に、ミリアは自身の身に起きたことが理解できないでいた。いや、理解はしたのだが、信じたくないというのが正解であろう。

 ほんの口一杯程度の変わった味の液体。それを飲んだ瞬間、自身の総魔力量の五割近くが一瞬で満たされたのだ。

 これをこの世界の値段に換算すれば恐らく、帝國金貨十枚以上に匹敵するだろう。彼の価値になおせば、十万以上ということになる。

 それはつまり、最高峰とまではいかないまでも、十分最高レベルに近い効力であったという事である。

 ゆえに、ミリアは理解できない。いや、したくない。

 先程、レティーシアはなんと言った? これを作った・・・・・・? 見た目十歳と少し程度の少女が、この大陸でも屈指のレベルの秘薬を製作する。

 


「ふむ、どうやら効力の程は中々であったようだな」



 満足そうに頷くレティーシアが、ミリアには更に遠くなったような気がしてしまう。

 先程一歩を踏み出したと思った自分であったが、では後何歩進めばその背中に追いつけるのか?

 それが更に遠ざかってしまったような、そんな気分をミリアは感じてしまったのだ。踏み出した端から躓きそうな、そんな言い知れぬ思いを……

 彼からすれば御節介程度の認識だし、レティーシアにしてもその“ゲーム”のポーションが、どれほどこの世界で効力を発揮するのか確かめる丁度よい機会であっただけである。



 俯くミリアを見て、レティーシアは何を思ったのかその肩に手をぽんと、乗せると、背伸びをしてその耳元に何か囁きかける。

 すると、俯いていた顔がハッと上を向き、先程まで漂っていた悲壮な空気が霧散しているではないか。

 一体レティーシアが何を囁いたのか、それを知るのは先程ラングレイ教師に名を呼ばれ、指定された場所に向かって行ったレティーシアと、その背を晴れやかな笑顔で遅れて追いかけ始めたミリアだけである――――





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