第6話 接遇⑥ クッション言葉

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賄いで使った皿を洗い、怒り狂う竹内を放置し早乙女と共に休憩を終え裏口から店に戻る。

タイムカードを押して店内を見渡すが、あまりお客様がいなかった。

俺は休憩を終えた事を伝えるため事務所に向かう。

ピクミンの如く早乙女は後ろに付いてきているが、俺に付いてくるのではなく早乙女にはなるべく自分から仕事を探して欲しい。

指示待ち人間が悪いとは言わないが、自分から仕事をするようにはなってほしい。

今の早乙女には何もできないわけではない。

スマートフォンのモデムや電化製品のサンプル展示品の拭き掃除やトイレチェックもある。

あ・・・掃除の仕方は教えてなかったな。

明日は、掃除の仕方を教えるか。

外の掃き掃除やトイレ掃除、鏡磨き、窓拭き、エアコンのフィルター掃除、トイレチェックの方法。

色々教えなければならないことが多い。

「平川さん?」

俺が考え事をしていると早乙女が話しかけてきた。

「あぁ、悪い」

俺は応え、事務所のドアをノックする。

返事がないため、もう一度ノックする。

返事がない・・・ただの屍のようだ。

なわけあるか!ドアが死ぬか!

「店長、失礼します」と断り事務所に入ると事務所の中は無人だった。

早乙女も俺の横から顔を覗かせる。

「店長はどこ?」

「わからん、休憩に入ったのかもな」

俺が事務所を出ようとすると、電話が鳴る。

電話はスリーコール以内に出る事が良い。

そして理想は、ワンコールで出る事。

電話越しでもお客様である事は変わりないからだ。

お客様を待たせてしまうのは失礼なことである。

俺は反応に遅れたがツーコールで電話に出る。

「お電話ありがとうございます。三沢電器森下店、平川が承ります」

少し大きめの優しい声音で言う。

相手は女の人だった。

「『宮本店長さんはいますか?』」

「申し訳ございません。宮本は只今席を外しておりますが、どのようなご用件でしょうか?」

俺は、お客様の声のスピードに合わせて言った。

後ろで早乙女がピクリと反応をする。

先ほどテストした言葉遣いが出てきたからだろう。

少ししてピコンと音がした。

恐らくボイスレコーダーのスイッチ音だ。

「『えっと・・・この前、お店に行った時に洗濯機の事で宮本店長にとても丁寧にご説明してもらいまして、宮本店長さんにお会いして購入したいと思いまして、また後で連絡します』」

「お手数ですので宜しければ此方からご連絡致しますよ」

「『あら、本当?』」

「はい。恐れ入りますがお名前を頂いても宜しいでしょうか?」

俺は事務所のメモ用紙とペンを取る。

「『名前は中島といいます』」

「中島様でございますね。お後、ご連絡先も頂いても宜しいですか?」

「『連絡先は・・・090-3×××-4×××です』」

「ありがとうございます。繰り返させて頂きます、090-3×××-4×××で宜しかったでしょうか」

「『大丈夫です』」

「ありがとうございます。宮本に申し伝えまして戻り次第ご連絡致します」

「『悪いわねぇ』」

「お気になさらないで下さい」

「『ありがとう』」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

俺はお客様が電話を切るのを待ってから受話器を置いた。

俺はメモ用紙に書いてあるお客様の名前と連絡先の下に日付と時間と俺の名前を書き込み、『店長への洗濯機購入予定のお客様』と書く。

「これ、お客様の個人情報だからゴミ箱に捨てるなよ」

俺は、デスクにセロハンテープでメモを貼り付ける。

これなら、すぐに気付くだろう。

個人情報は名前だけや電話番号だけでは個人情報にはならない。

相手を特定する『名前『と』電話番号(又は住所)』でなる。

つまり、組み合わせがあると個人情報になってしまうのだ。

そして、個人情報の破棄の場合は必ずシュレッダーにかける事は絶対である。

「平川さん、電話だと何で声を高くするの?」

早乙女が小さく挙手をして訊いてきた。

「あのな、電話は声だけで接客をしなければならないだろ?声だけでお客様に不快な思いをさせないようにしなければならないんだ。その為に電話では、声を大きくお客様の声の早さに合わせてハキハキと優しく言うんだ」

「お客様の早さに合わせてあげるのは何で?」

早乙女が首を傾げる。

可愛い。

「人はな早口な人やゆっくりと喋る人もいるだろ。人は自分の声の早さが一番聞き取りやすくて安心する早さなんだ。早口の人は早口が一番いいし、ゆっくりの人はゆっくりが一番いい。だから、お客様の声の速度に合わせてあげる事で聞き取り易く安心感を与える喋りができるんだよ」

「へぇー」

早乙女から1へぇ頂きました。

「で、さっき使っていたのが『クッション言葉』だ」

「クッション言葉って?」

「お客様に言いにくい事を話すときや本題に入るとき、お客様からの誘いを断るときに使うんだ」

俺はドヤ顔でそう言った。

今回の言いにくいところは、店長が不在のことだけどな。

さて、ようやく俺の教育ターンが来たな。

デュエルはしないが・・・。


15

俺は上着から紙を取り出す。

本当は昼休みに渡す予定だったが、竹内のせいで流れてしまったため今渡す事にする。

「クッション言葉の基本は、全てお断りやお願いをする内容の頭につけること」

「頭・・・?さっきの店長が席を外しているって言ったときみたいに?」

早乙女が首を傾げる。

やはり可愛い。

「その通りだ」俺は頷いて言う。

早乙女はプリントに目を落として言う。

「えっと、『申し訳ございませんが・・・』

『お手数をおかけしますが・・・』

『大変恐縮ですが・・・』

『大変申し上げにくいのですが・・・』

『失礼ですが・・・』

『恐れ入りますが・・・』

『誠に残念ですが・・・』

『宜しければ・・・』

『生憎ですが・・・』・・・・・だけ?」

「俺の知る限りはな。クッション言葉をつけるだけでお客様が感じる俺たちの印象もだいぶ変わるんだ。クッション言葉は婉曲(えんきょく)話法とも言って、謝罪の気持ちと謝罪の意味を持つ言葉を遠回しに使うことでお客様に不快な思いをさせずに此方からの断りを肯定して頂くんだ」

「でも・・・サービスマンってNOを言ってはいけないんじゃないの?」

「勿論だよ。でも、無いものを欲しいと言われたらどうする?例えば、沖縄から入荷した紅芋があるとするだろ?」

「う、うん」

早乙女は俺のいきなりの説明に遅れながらも応える。

「それで作ったタルトが飛ぶように売れて売り切れになった」

「美味しいよね。紅芋タルト」

「だろ。それで、売り切れた後にお客様が食べたいと言ったらどうする?」

「えっ!・・・紅芋を八百屋とかスーパーで買うとか」

「この辺で売っているのか?紅芋?」

「えーと・・・」

「・・・・もしも仮に売っていたとしよう。購入して作って提供する。早乙女にはまだ教えていないが、料理は十五分以上待たせてはいけない。お客様にお待ちくださいと伝え、食材を買いに行き料理を作る。これを十五分でできると思うか?」

「む、無理だと思う」

「だろ?電化製品も同じだ。在庫が無い、在庫がある系列店舗まで行ってくるなんて時間がかかりすぎるだろ。だからこそ、クッション言葉でお断りを入れるんだ。因みに電化製品なら予約を取ること!他店で購入されないようにね」

「ふぇっ!」

なに・・・『ふぇっ!』て、可愛いじゃねぇか。

てか、引いてない?

「早乙女よ、お前がお客様でこれ食べたいって時に商品・・・料理がなくて給仕の人に『おわってしまいました』って言われたらどう思う?」

「腹立つ」

直球だな!

ストレートすぎでしょ、この人!

間違っていないんだけどさ。

「まあ、そうだな。じゃあ『申し訳ございません、おわってしまいました』って言われたら?」

「仕方ないなって思う」

「それが、クッション言葉だよ。あえて砕けて言ったけどさ。結構差がでるだろ?」

「うん、面白いね」

早乙女はクスリと笑う。

「あと、言葉遣いの最後の項目を言うぞ」

「・・・・・うん」

早乙女が真面目な顔になる。

いや、いつも真面目っていうかクールなやつだけどさ。

「良くない話し方を教える」

「良くない話し方?さっきのクッション言葉を使わないとか?」

「いや、それ以外でだ」

「どんなの?」

キョトンとした顔で俺に訊ねる。

うん、可愛いじゃないか。

俺は軽く咳払いをして言う。

「一つ目、『はいはい』や『ふぅん』とかの二度返事や興味ない相槌をすること。お客様の話しは大切だ。王様なんだからな、しっかりと聞くこと!」

「へぇー」

「因みにへぇーも聞く側によっては興味なさそうに聞こえるから気をつけること」

「わ、わかった・・・ました」

出た!エセ外国人。

「二つ目、『やっぱり』『たぶん』の言葉を繰り返すこと。確証のない事を言うとお客様を不安にさせるからな」

「うん」

まぁ、いいか・・・。

別に俺を舐めてるようじゃないみたいだし。

「三つ目、カタカナ言葉や横文字、専門用語を連用すること。お客様は全員が同業者じゃない、一般の人もいるんだ。だから、ちゃんと伝わるようにすること!『アテンド致します』じゃなくて『ご案内致します』とかね」

「うん」

「四つ目、『○○(何々)でさぁ』とか『○○(何々)でねぇ』みたいに語尾を上げて話さないこと!お客様は友達じゃなくて俺たちが仕える王様だからな」

「うん!」

早乙女は目を輝かせて頷く。

よし!早乙女の信頼度を上げたぜ!

見たか竹内!

俺が説明を終えて悦に入っていると事務所のドアが開いて店長(俺の嫁)が入ってきた。

「あら、おかえりなさい」

店長は笑顔で休憩から帰ってきた俺たちに言う。

その言葉は是非、俺と結婚して俺だけに言ってください。

何なら、明日区役所で婚姻届持ってきますから!

それよりも、さっきの事を連絡しなければ。

「店長、先ほど中島様という方からご連絡がありまして店長にご用があると」

「あら、中島様は何て?」

「店長が不在でしたので、此方からご連絡すると伝えましてご連絡先を頂戴してあります。メモはデスクに貼り付けました」

「ありがとう平川君」

店長はとても綺麗な笑顔で言った。

あぁ、その笑顔待ち受けにしたい。

「そういえば、平川さん。何で名前を頂戴するの?」

早乙女が思い出したように言う。

「ん?」と俺が首を傾げる。

「え?」と店長も首を傾げる。

とても美しい・・・。

「ほら、名前って伺いますって言うのに平川さんは何で頂きますとか頂戴しますって言うのかなって・・・」

「早乙女さん、お客様の名前は誰のものかわかる?」

店長が優しい笑顔で言う。

「お客様の・・・もの?」

「そうよ。名前は同姓同名だろうと、その人のその人だけのものなのよ名前って。お客様は王様っていうのは平川君から習ったかしら?」

早乙女はコクリと頷く。

「王様の名前には名前だけでも価値があるの。その方が後々リピーターになるかもしれない、その時にお客様の名前を覚えておくとお客様はとても喜んで頂けるの。だから、名前は大切なものなのよ。だから、名前を伺うのでなく、今後もお店に残るかもしれない名前だから頂戴しますって言うのよ」

店長は笑顔で言ったあと、ふふっと笑った。

やはり素敵だ。

「はい!」

「平川君も、報連相をしっかりしてくれてありがとう」

「いえ・・・」

俺は照れて斜め上を見てしまう。

「ほうれん草?・・・平川さんは家庭菜園でもしてるの?」

まじか!

報連相知らないのか!

「早乙女、ほうれんそうっていうのは、報告、連絡、相談の事を言うんだ。本社から電話があった報告を店長にする。お店のシステムが変わったことをスタッフに連絡する。お客様からご要望を頂いたことを店長に相談する・・・全員が同じ情報を共有して俺たちが混乱しないよう必要なことだ」

「平川君、正確にはお客様に不安や混乱をさせないために必要なのですよ」

「はい!」

俺は敬礼する。

お辞儀のほうの。

「そうなんだ」と早乙女は応える。

いや、何で他人事なんだよ。

「報連相はどの業界でも必要な業務だから絶対に忘れたりするなよ」

「うん・・・できるかな?」

また、臆病症候群だなこいつは。

「そうだな・・・。お客様や同僚から何か変わったことがあるみたいな事を伝えてくれればそれでいい」

「変わったこと?おかしいなとか変だなって思った事とか?」と早乙女は首を傾げる。

「あぁ、それでもいいんじゃないか」

確かに相談にはなるだろうしな。

「昨日、田辺さんに平川さんが更衣室でスマホのプロデューサーになるゲームでいつもは『特別な名前』を言うのに、その時はミホー!って叫んでたこととか?」

「何報告してんのお前!?」

店長が口に手を当てて肩震わせてんぞ!

「んーと、あと田辺さんから平川さんは黒髪ロングのキャラが一番好みとか聞いたけど」

「だから!業務内容の報告だよ!何で俺のプライベートを報告すんだよ!」

「変だなって思ったから」

真顔で言いよったコイツ。

やばい、もう教育係を辞めたくなってきたんだけど。

すると、早乙女は自分の黒髪ボブの先を摘み言う。

「あのさ、平川さん・・・。私、前までロングだったんだよね。今は肩までしかないんだけど・・・伸ばした方が嬉しい?」

こいつ・・・俺を精神的に攻撃してきやがった。

上司をイジるとは・・・恐ろしい娘!

「・・・・・そのままでいてくれ」

「うん、わかった」

早乙女は笑顔で答える。

「ふふふ、仲が良くていいですね」

店長も笑顔で言う。

やめてください。

今夜は夜泣きしそうだ。

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