第2話 いつもの学生生活

 私、柳木麻衣は優柔不断で面倒くさがりなところがある。だからなのか、人の話を最後までしっかり聞かなかったり、大事なことを見落としていたりなんてこともままある。

 それでもこれまで大きなトラブルを起こしたことはない。また要領がいい方で、場の空気も読める方だと思っている。ただ友達からはどこか抜けてるとか天然だとか思われている節があり、それだけは納得しかねていた。



 残暑の和らぎだした秋のある日、午後の講義が突然休講になった。その代わりに課題が出されていた。次回の講義までに教授が指定した小説家のうち一人を選び、最低一冊は作品を読み、感想と考察をレポートにして提出しろというものだ。その際、資料や文献などを参考にすることも推奨されていた。

 学内の掲示板で課題を確認して、携帯に内容をメモする。私は面倒だなと肩を落としていた。

「ねえ、麻衣。麻衣も課題がらみの本探しに行かない?」

 後ろから青崎加奈に声をかけられた。加奈とは高校のときからの友人で同じ講義を受講している。隣にもう一人、加奈を通じて知り合った立花沙織もいた。私は沙織とは特別仲がいいわけではないが加奈とは親しいようだった。

「いいけど、どこ行くの?図書館?」

「とりあえずその予定」

 私たちは学内の図書館に行き、各々本を物色し始める。私は課題の内容を見たときに、既に読む本は決めていたので迷うことはなかった。そして、読む本と作者のことが書かれている本や本の内容に関わる資料を数冊見繕って確保する。

「ねえ、麻衣。なんでそんなに本持ってるの?読むだけなら一冊でよくない?」

「いやいや、あの教授ひねくれてるから参考にしてなかったら多分評価下げられるよ?」

「えっ、まじ?」

 加奈は露骨に嫌な顔をする。

「沙織は……」

 加奈は沙織の方に目をやると、当たり前のように参考にするための資料や文献まで手にしている。

「うん。麻衣さんの言い方はちょっとあれだけれど……あの課題はね、きっと多角的に物事を考察しなさいっていうのが目的なんだと思うよ」

「沙織が言うならそうなんだろうね」

 私は内心イラっとした。沙織の物腰が柔らかくどこか抜けているようで、それでいて本質を的確に見抜く感性のようなものが少し苦手だった。自分の薄っぺらさまで見透かされているような気になってしまうからだ。そのことを加奈も無意識に感じ取っているのか、話の受け止め方も私のときとは違う。

 それから加奈の資料探しをすることになったが、沙織があっという間に見つけてきた。私達は貸し出しの手続きを済ませて図書館から出た。

「ねえ、麻衣。これから次の講義まで沙織とお茶する予定なんだけど、麻衣はどうする?」

「私は今日はもう講義ないし、バイトもあるから、一旦家に帰るよ」

「あっ、そう?じゃあ、またなんかあったら連絡してね」

 加奈は沙織の手を引っ張りながらカフェのほうに歩き出した。沙織は驚いていたが、小さく私のほうに手を振って、加奈に連れ去られていった。

 私は二人を見送ると、学校前のバス停から街中に向かうバスに乗った。

 沙織はとても真面目で賢いのだけれども、人付き合いがあまり上手くないのだと加奈から聞いたことがあった。入学間もない頃は暗くて、影が薄く、それなのに近寄りがたい雰囲気をだしていて、大げさでなく声を聞いたことすらなかったらしい。

 他にも、受講科目全科目皆勤で成績は全て最高評価の優だったと教授内で噂になっていたのを耳にしたこともある。

 私も沙織と同じ講義を受けていたことがあり、学内でもけっこう見かけていたので沙織の人付き合いの悪さなどは多少は知っていた。

 ところが、夏休みが終わり後期の授業が始まると、人が変わったように周囲の人達とコミュニケーションを取るようになったそうだ。ただ言葉が足らなかったり、気持ちを表現するのが不器用で友達は少ないようだった。その不器用さと聡明さのギャップが加奈は好きなんだと言っていた。そして加奈はおそらく沙織の最初の友達になった。

 私も沙織の不器用ながら一生懸命なところには同姓ながらかわいいと感じることもあった。

 そんなことをバスの中でぼんやりと考えていた。

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