ここより遙かへ:連載版

吉村ことり

第1話 探査者たち

             ――――― 01 ―――――



 減速用スラスターの噴射が終わり、「探査者プロスペクター」は長い長い旅の終わりが近づいた事を知った。


 目的の惑星は進路の先に、この恒星系の主星の光を反射して輝いていた。ぼんやりと惑星の輪郭が光っており、豊かな大気圏アトモスフィアがある事を示している。実際、大気中にはある種の気体が凝結して出来たと思われる「雲」が渦を巻いている。大気の下には液体の「海」と思われる部分と、陸地が見て取れた。

 星の直径は故郷の星より2%程大きいだろうか。重力もそれに伴い大きいようだ。それでも、この星には生命を育む素地がある。


 来た甲斐があった。有望な星だ。

 「探査者プロスペクター」は達成感を噛みしめつつ、慎重に周回軌道への進入コースの割り出しを進めた。だがここからだ、ここからが本当の――。


 やがて「探査者プロスペクター」は、惑星の上空1000㎞をめぐる周回軌道に乗ると、眼下に広がる地表をつぶさに調べ始めた。

 「探査者プロスペクター」は、宇宙探査を行うために作られた存在であり、重要なミッションの遂行中であった。そして、ミッションの目的である惑星は「探査者プロスペクター」を送り出した「あるじ」の思惑通り、様々な研究対象で溢れていた。

 地表をスキャンして、エネルギーの集中している点を探し出しては映像を記録する。

 「探査者プロスペクター」は「下」に広がる惑星上で起きていることを辛抱強く観察し続けた。「探査者プロスペクター」は細かい識別と記録の才能と、なにより忍耐力には長けていたから、粘り強く、眼下の世界の様子を調べては、彼方に居る「上役」に連絡した。


 「探査者プロスペクター」が見つめる「下」の世界は、彼らの「あるじ」の基準にしてみれば、生物が存在できるとは到底思えない過酷なものであった。高い毒性を持つ高温の大気が吹き荒れ、荒れ狂う気象は、時として地表の形をすっかり変えてしまうほどであった。

 もっと主星から遠い惑星も検討されたが、今度は大気層が希薄だったり、逆に分厚すぎる大気の「ガス・ジャイアント」だったりと、なかなか条件に合致する星は少なかった。だから、たとえ過酷な条件の星であっても、可能性のあるものは調査対象となったのである。

 もちろん、逆に内側の惑星も探査対象として候補にはあげられたが、恒星系への接近中に行われた追加調査により、高温のガスに包まれて地表すら確認できない星だったり、そもそも大気がほとんど存在しない星だったりで、結局は候補から除外され、この星だけが残った。

 追加調査では、この惑星自体も、連星系を成していて、片方が大気のほとんどない死滅した星であったため、探査計画そのものが失敗であった可能性も示唆されていたが、子細な調査の結果、大気圏の存在や、惑星表面の「海」の存在を示唆するデータが得られたことにより、計画は実行に移されたのだった。


 故郷の星からの観測では、生物には過酷と思えたその惑星は、周回軌道上に到着してから実際に調べてみると、とても奇妙な生物相が、豊かな生態圏を形成して栄えていることが分かった。

 そして、目指す存在はその生物相の中に居た。

 ひときわ目立つ行動をし、エネルギーを生み出す生き物。

 明らかに何らかの創作的意図でモノや文化を生み出し、産業を発展させ、土壌から採取した成分を塗り固めたものや、他の生物の亡骸を組み立てて住居を作り、奇妙な結晶体で出来た建物なども構築し始めていた。生物は過酷な条件下に生きている割に脆弱で短命であり、「あるじ」の世界の空想物語にあるようなスーパー生物ではなかった。その生物の進化基準は「あるじ」の基準に照らし合わせると充分に高等生命体と言えたし、その文明発展度は、「探査者プロスペクター」が観測を開始した時点で、産業が機械化を始めるころと判断できた。生命たちは無知による公害や、イデオロギーの違いから大規模な争いを行ったりと、「あるじ」の世界でもすでに経験してきた道をたどり始めている。主たちはすんでの所で絶滅になる戦争を回避して、宇宙へと進出できる生命体になった。この世界の支配的な生命体は、どんな運命をたどるのだろうか?


 「探査者プロスペクター」は彼らに「歩く樹」という名前を付けた。観察で分かった細長く伸びた体の形状はまるで植物の様であったし、周囲の環境の変化によってまとう、奇妙な色の皮革のようなものは、まるで樹木の花を思わせたからだった。

 結論として、どれほど奇妙であっても、「歩く樹」は「あるじ」が強く欲して止まなかった「異星の隣人」であった。だが、接触は慎重に行わなければならなかった。異文化同士の接触は、ともすれば取り返しのつかない戦争や、未開な側の文明の崩壊を引き起こしかねないからだ。だが、未開な彼らが自滅の道に進むのも、出来れば回避の道へと導いてやりたいと思った。しかしそれは、「探査者プロスペクター」の権限を遙かに超える事ではあった。

 「探査者プロスペクター」は夢中になって眼下の世界で支配的地位に居る「歩く樹」について、記録を取っては、「上役」へと送信した。はるか昔に開始された系外の知的生命体探査計画が、ようやく結実するのだ。かつて「あるじ」の世界に、他の星からのメッセージが届き、自分たちは孤独ではない事が分かって勇気付けられた様に、やがて発展したこの世界に、「あるじ」からのメッセージを届ける日が来る。そうすれば、彼らが単独での険しい道を乗り越えて成熟するのを待つよりも、より良い確率で、成熟への道筋をつけてやる事が出来るかもしれない。

 ただそのメッセンジャーとしての栄誉は「探査者プロスペクター」の物ではなく、「上役」が担う事になるだろう。探査に特化するために他の機能を削り落とした「探査者プロスペクター」には、「上役」の様に「あるじ」からの信号を伝える機能は無かったし、星間空間からエネルギーに変換する物質を収拾する能力も与えられていなかったから、稼働年数も限られていた。

 だが「探査者プロスペクター」には、「上役」を羨ましがるという機能も欠如していたから、ただ只管に情報を収集しては送り出していた。


 そしてまた、長い月日が流れていく……。



            ――――― 02 ―――――



 自分がどれくらい探査に貢献できているか。それを知る方法はなかった。


 彼らはただ只管に、データを処理するだけだった。世界中に張り巡らされたネットワークは、計算リソースとしては理想的だった。本来使われていなかった時間を有効に使えるならば、一石二鳥というものだろう。


 それでも、世界に貢献する、というのはあくまで一つの夢物語である。

 そのプロジェクトの参加者のほとんどはそう思っていた。万に一つの可能性を探り、PCやスマートフォンの余剰の計算時間を、カリフォルニア大学バークレイ校から送られてくる、WU=ワークユニットというデータ塊の解析に割り当てる。処理したユニット数が多いとランキングされ、世界で順位をめぐって競争する。真面目に地球外生命体の探査をしたい、というのは、もちろん参加者の希望ではあったが、現実問題としては、いかにしてランキング上位に入るかを競い合う、世界的なゲームといった様相の方が強くなっていた。


 SETI ―― "Search for Extra-Terrestrial Intelligence" 地球外知的生命探査。

 その中でも、地球人類以外の知的生命体からの通信を全天からやってくる宇宙ノイズの中から見つけ出そう。その為に、世界中のボランティアのPCや携帯端末に専用のクライアント・アプリケーションをインストールしてもらい、膨大なデータを細切れにして解析用に送り出し、解析の終わったデータを送り返してもらってそこから地球外で発せられている人為的な通信波の痕跡を探そう。と、一般人ボランティア相手に呼びかけてはじめられたプロジェクト、それが"SETI@home" というプロジェクトだ。

 データ源になっているアレシボ天文台が予算不足で閉鎖しそうだとか、利益になるものをなかなか生み出さないSETIそれ自体に、アメリカ合衆国からの予算がなかなか出ないとか、色々な問題が有りつつ、壮大な夢とは裏腹に、細々と続けられているプロジェクトではあった。

 ある年の9月に、ヨーロッパのとある学生のPCで処理された幾つかのWU=ワークユニットが、そんな瀕死のSETIプロジェクトの息を吹き返させることになるまでは。


 その日、SETIのプロジェクト責任者S博士は、興奮したスタッフからの連絡を、期待を込めながらも、どうせまた不確実な情報に踊らされているのではないか、と、若干懐疑的な気持ちで受け取っていた。報告が来たのはちょうどスタンフォードでの公演中であり、突如として飛び込んできたその知らせに、講演会場は大きく湧いた。

 慎重論を唱えていた同じくSETIの最初の実施者であり、宇宙にどれくらいの知的生命体が分布しているかを推定する「Dの方程式」で知られるF・D博士も、この件に関しては「喜ばしい前進」とするコメントを発表した。


 即座に多くの天文台が対象を追跡し始めた。アレシボ天文台が解析のために流したパケットではなく、生の電波が捕捉され、広く認知されるに至って、電波減の天体は"ORIa01P1"と名付けられた。

 正直分かりやすい名前ではない。だから、どの研究者が言い出したか、自然発生的に発生した呼称が有った。

 "Wow again"。それがこの天体に付けられた愛称であった。

 この別名は、同じくSETIで2004年に見つけられた謎の電波源の記録に殴り書きされた"Wow!"の文字から名付けられ、その後の検証で否定的な結果が出てお蔵入り状態の"Wow! Signal"の再来。という事で名付けられたものだ。


 だが"ORIa01P1"の電波源の特定が為されていくと、"Wow! signal"の時と同じく、喜びは懐疑と落胆に変わっていった。

 理由としては「電波源が近すぎる」事が挙げられた。

 観測データから半年後の観測時、微弱に検出されたデータと位置を三角法で求めると、発見された電波源は地球から0.7光年の距離にあることがほぼ確定された。地球に最も近い恒星「ケンタウルス座最近星」であっても、4.22光年の距離がある。地球産の電波源である可能性は低いとみられていたが、他の星からの電波の可能性は無かった。

 ロマンとして、異星人が近くで――と言っても、現代の地球の科学技術では、探査機の到達まで何十年もかかる距離ではあるのだが、電波を発信しているのではないか。という説も出たが、電波源のドップラーシフト(物体が近づいていれば青方向へ、遠ざかっていれば赤方向へスペクトルが変動する現象)は、周囲のそれと同じであり、物体が観測時点では接近や後退はしておらず、なおかつ視差分以外は移動の形跡はなかった為、否定されてしまった。


 やがて、"Wow again"からの電波はふっつりと途絶えた。

 いくつもの天文台やハッブル望遠鏡、フランスの"COROT"、ケプラーなどの宇宙望遠鏡の調査も加わったが、光学望遠鏡では、まったくと言っていいほど成果は上がらなかった。その後、水沢天文台のVERAや、米国国立電波天文台NAROのVLBA等で精密観測が為されたものの、特徴的な信号は受信されず、距離的にオールト雲などに存在する氷塊などへの、地球からの何らかの電波の反射現象なのではないか、など否定的な意見が大勢を占めて行った。

 (それにしては電波が強すぎる、という反論ももちろん出た)

 3ヶ月の狂想曲の末、最終的にSETIから「何らかの自然現象による電波である可能性は否定できない」というステートメントが出て、この件は終結した。


 と、誰もが思っていた。


 だが、その年も押し迫った12月。

 事態は動いた。


 そしてそれは、国立天文台NAOJ三鷹キャンパスに勤める一人のプログラマの運命を、大きく変えていくことになる。


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