第三章 転校生と島の乙女たち、そしてイクサガミという生活

【1】苦い新生活

 ドンドンドンッ……ドンドンドンッ……


「んだよ……。うるさいなぁ……さっぱらから」

 ホテルから宿舎に移った翌日、僕は乱暴にドアをノックする音で目が覚めた。


 ……もう朝かぁ。時計を見ると午前六時。

 カーテンの隙間から漏れる光が、部屋の奥まで細く差し込んでいた。

 これが、ニライカナイの新居での、初めての朝だった。



 ☆☆☆



 チャペルでの一件の後、僕は真っ直ぐ部屋に戻ると、一切合切を脱ぎ散らかし、そのまま寝室でフテ寝をした。


 思いっきり持ち上げられた後で真っ逆さまに落とされた僕の心中は言わずもがなだ。あいつは一体僕に何の恨みがあるんだ?


 正直言って、みなもがいないと僕は生きていけない。

 でも訳の分からない理由で、ずっとこんな目に遭うのも納得いかない……。


 そんなことを考えているうちに、いつのまにか僕は眠っていた。

 で、いつのまにかみなもが隣に横たわっていた。

 僕が夜中に目を覚ますと、あいつは、ごめんと一言つぶやいて僕の首に腕を絡ませて、唇を僕のそれに重ねてきた。僕も反射的にあいつを抱き締める。


『ごめんなさいぐらい、ちゃんと言えよ』

 

 とは思ったが、結局毎度の如く、なし崩し的に水に流すことになってしまった。

 その翌日、僕らはホテルからこの宿舎に引っ越してきたんだ。



 僕らが島の休暇を楽しんでいた間、基地のスタッフが家具やら食器やら家電やら荷物やらを新居にセッティングしてくれていた。


 宿舎は基地敷地内の居住区にある所帯向け、二人で住むにはちょっと広めの5LDKで、二階建てのメゾネットタイプだ。


「ううん……」


 寝床の傍らから声がする。みなもだ。

 眠りが浅いのか、寝言を言いながらなんども寝返りを打っている。

 薄い肌掛けから覗いている彼女の白い背中が、薄暗い部屋の中で妙に艶めかしい。


 一昨日のことを思い出して、僕はひどく苦々しい気分だった。



 ☆☆☆



 バンバンと、苛立たしげにドアを叩く音がする。

 おっと、ヤバい。今日の予定を忘れてた。

 僕は頭の中からモヤモヤを追い出して、玄関に急いだ。


「お、おはようございます」

「おせぇよ。おう、準備しろ」


 ドアを開けると、ムッツリ顔の難波さんが立っていた。運送屋の制服じゃない難波さんには、ちょっとまだ慣れないな。


「わざわざ起こしに来るとは……思わなかったです」

「今日は着任式だろ。主役が遅刻したら俺が怒られちまうからな」


 自分が怒られるからなのかよっ。

 まあ、難波さんのことだから本気じゃあないんだろうけど。


「あ、みなもがまだ爆睡してるから、準備に多少時間かかると思います」

「んじゃ、早く行かないとメシなくなっちまうから、先行ってるぞ。さっさと来いよ」


 難波さんは、バイクに跨がって兵舎の方に走っていった。


 この士官用の宿舎には立派なキッチンがあるけど料理なんて面倒だし、タダメシが食えるんだから兵舎の食堂を利用しない手はない。

 兵舎はここから歩いて五分くらいの所にあって、難波さんはそこに住んでいるらしい。というか、横須賀からぼくらと一緒に引っ越してきたのか。それとも、こっちが難波さんの本宅になるのか。少し気になった。


 ところで食堂って、遅いと本当にメシなくなるのか?

 急いでみなもを起こさなきゃ。

 ベッドに戻ってみると、みなもはまだ、すぅすぅと寝息を立てている。


「たまんないよ……」

 僕は呟いた。

 ヒビの入った気持ちのまま、新生活を始めるなんて。


 ☆


 今朝僕は、基地のみなさんの前で着任の挨拶することになってる。正直不安しかない。

 人前に立つなんてイヤだけど、お約束だからやらないとダメって難波さんに言われてしまった。そりゃそうか。


 難波さんの指示どおり、時代遅れで、意味のない勲章とリボンだらけの礼服を着て出かける。着てくと暑さで倒れそうなので、上着は脱いで現地まで持っていくことにした。


 お、みなもが部屋から出て来た。


 おお。


 じつにけしからん。

 どこのギャルゲー巫女だ。


 僕は軍から貸与されたママチャリの前カゴに、ずっしりとした上着と羽つき帽子をブチ込むと、食堂のある兵舎へと向かうべく後ろにみなもを乗せる。

 二ケツなんてひさびさだぜ。


「みなも、裾とか引っかけないように注意して乗れよ」

「うん」


 みなもは、フワフワした袖やら帯やらを、なんとかまとめて自転車の後に腰掛けた。僕はみなもの合図でペダルをゆっくりと漕ぎ始めた。


 ☆


 兵舎の食堂は体育館くらいあって、小綺麗な内装で、とても明るかった。

 大学にあるカフェテリアってこんなカンジかな。

 出遅れたのか、中の人影はまばらだった。


 てきとうな席にみなもを座らせると、僕はトレーを二枚取って配膳カウンターに向かった。みなもはあの格好だから、せめて食事中は一番上のフワフワした着物は脱がした方がよさそうだ。


「ほい持ってきたぞ」


 みなもの前に食事を置いてやる。

 今朝のごはんは魚の煮付け定食。味噌汁はあおさ、カニ入り海草サラダと、海産物多めでヘルシーな献立だ。けっこー島っぽい。


 みなものやつは相変わらず「うん」しか言わないけど、まあいいか。

 顔は笑ってるから体調は大丈夫そうだ。

 みなもは手始めにサラダから口をつけた。


 ……おい、カニだけ先に食うなよ。そこはオカズだろうが。


 ったく、可愛いやつめ。

 これで凶暴じゃなければなぁ。

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