ひかりのさすほうへ

柴駱 親澄(しばらくおやすみ)

第1話

     ○


 この世界の天気予報から『晴れ』というものが消えてから二十数年が経つ。昔から工業の発展に伴い噴出された化学ガスは少しずつ気候を変化させていったが、先の大戦で大量投入された新型爆弾が決め手となった。巻き上げられた塵は今でも上空を漂い、地球全土は分厚い雲に覆われている状況にある。

 私を含め多くの人物は戦時中から地下シェルターで暮らしていたので今更地球に晴れがなくても生活には大差なかった。微かに幼少期の記憶で日向を歩いた覚えがある。目がくらむほど世界は白く明るかった。そんな世界こそ正しく、経済的にも太陽の恩恵というのは重要すぎるため、私より上の世代はあの雲を吹き払うことに必死であった。エスカレーター式にその研究は私のところに引き継がれた。そしてついに、あの雲を分解させるシステムの開発に成功した。新薬を積んだミサイルが明日、世界中から天に向かって飛び立つのだ。明日から世界はあの暖かな光に包まれる。


     ○


 妻が日光の下で生きていけないと告白してきたのはつい先日のことだった。戦前から肌の病気と診断され治療法も特効薬もないのだが、ずっと日光には当たらない生活だったため弊害は全くなかったという。これまでは外でも自由に歩き回れたが、これからは戦時中と同じく日中は屋内で過ごすしかないのだ。

 不自由な生活を強いることに私は嘆いた。私の研究は善か悪か。妻もそれを知っていて何も言わなかったのだろう。これからを受け入れる強さを彼女は持っていた。私にはそれがなく、今すぐにでもミサイルの打ち上げを阻止しようとしたが妻に諭された。人類は皆平等なのよ、と。

 私と妻は手を繋いで、灰色の空の下を散歩した。こんな景色も、こんな時間帯に妻と並んで外を歩くのも、もう最後なのだ。町並みは前よりも賑やかだ。誰もが再び太陽を拝めることに歓喜している。人は私を英雄と呼んだ、たった一人、妻を救えないというのに。世界は全人類が幸せになれると確信している。


     ○


 窓から少し離れたところで、私と妻はミサイルが打ち上がっているのを眺めていた。

「君が人類は皆平等と言って僕も少し考え直したんだ。昨日、あのミサイルに積み込まれた新薬の濃度を倍以上に設定した。どういうことが起こるか。新薬はあの雲を分解するだけでなくオゾン層含めた地球の大気圏層のものをほとんど分解してしまうだろう。つまり容赦なく宇宙線がこの地表まで降り注ぐんだ。これで人間全てが君と同じさ。」

 ミサイルは見えなくなり雲の隙間から光が差し込む。研究は大成功なのだ。何も知らない人間たちは手を繋ぎ地上で踊るのであろう。


 妻が私の手を握る。私も頷き、共に外へ出る。澄み渡った青空の下を歩く。世界は白く明るく幸福に包まれるのだ。

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