異世界に召喚されてないで現実世界をどうにかしろよ

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

     ○


 俺は好きなロックバンドのボーカルが軽快なリズムにあわせて歌うのを真似するように口ずさんでいた。こんな星は大嫌いだぜ、全く。

 とりいそぎ現状を報告するならば、この世界の人口は半分以下になっていることだろう。別に隕石やスペースコロニーが降ってきたとかそんな話ではない。この地球に住むものは全員一度、白い光に包まれながら異世界に召喚されたからだ。

 異世界、わかりやすい例えはうまく思いつかないが中世ファンタジーの映画によくある王族がいて騎士がいて、それに敵対する魔王とか幻獣がいて魔法が使える、そんな世界だった。誰だって憧れるだろう? 俺もそんな世界に召喚されたら王女命懸けで守る勇者にでもなれると信じていた。が、現実はそんなに甘いものじゃなかった。

 異世界の王様と魔道士は魔王を倒してくれる勇者選抜のためこちらの世界の人間を手当たり次第召喚していった。優秀な人材は余すことなく採用、まあ勇者になれなくても自分の特性を生かした職に就かされた者も大勢いたわけだ。その反面、現実世界でもニートで運動もできなきゃ頭も悪い、魔法の素質だとか主人公補正も微塵にない性格のねじ曲がった俺みたいな存在はお払い箱。異世界のモンスターの前でビビって逃げ出したところをお偉いがたに見つかりこっちの世界に強制送還されたわけだ。そりゃ就職もできずこの年で自立しないでフラフラしてるプーが向こうの世界で活躍できるなんてご都合主義設定が大好きな神様がいない限り無理なこった。

 そんなわけで今頃異世界では高学歴高性能チームたちが結束し、現実世界にはないゲーム的感覚に酔いしれながら魔王討伐に燃えているのだろう。で、逆にこっちの世界では社会的にも人間的にもレベルの低い人間しか残っていないのだ。こんなんで経済活動が回るのか? 俺が言うのもなんですけど。

 久しぶりに出てみた街は恐ろしい程静かだった。


     ○


 意外と街はそれまでのように機能していた。いくら低レベル人間しかいない世界とは言えそれぞれの職を、順調ではないもののそれぞれこなしていた。誰だってトラブルは嫌なので取り締まるものはいなくてもそれまでのルールを守っていた。守らなければ村八分のような扱いを受ける。今の現実世界で助け合わなければ生きていけないのはバカでもわかるシステムだった。政治家はいたが言ってることを理解できる人間がおらず、しまいにはその政治家も肉体労働に日々汗を流すようになった。

 俺も働く決意をして無駄に溜め込んだパソコンの知識を使い情報管理の仕事をしていた。仕事ではしょっちゅうミスを繰り返したり理不尽なクレームをつける客はいたものの、今までみたいに俺を見下すような人間がいないのがとても気楽だった。競争することなく自分のやりたいことに熱中できる。わからないことがあれば先人の残した資料から勉強し、結果が成功すれば達成感があった。

 なんだ、俺働けるじゃん。まともな人間なれた気分だぜ。


     ○


「空から女の子が降ってきた!」

 誰かが叫んだ。俺は空に浮かぶ島をめぐる大冒険譚の始まりかと思ったがどうにも様子が違う。

 あの白い光は異世界に召喚されたときと同じものだ。そしてその少女は重力に逆らうことなく地面に急降下していた。俺と仕事仲間、及び近所の連中はここで人生最大の俊敏さを発揮(常人からすればおじいちゃんが立ち上がるスピードと大差ないかもしれないが)、少女の落下地点に駆け寄った。みな落ちてくる少女を見上げながらダッシュするものだから全員ぶつかってよろけ倒れ、その場に重なり合った。むさくるしい男たちがクッションとなり少女は地面への激突を避けられた。

 少女は黒い衣装に身を包んでおり、露出した肌は傷や火傷でボロボロだった。呼びかけるが応えず、意識はないみたいだ。

「とにかく病院に運ぶぞ」

「すっげーボロボロだな」

「なんかこの衣装コスプレみたいだな」

「俺この子見たことあるかも」

「この世界にこんな美少女珍しすぎる」

「異世界から来たんだろ」

「この子も向こうで役に立たなかったから返されたのかな?」

「俺たちと一緒にするなよ。かわいそうだろ」

 俺は知っている。異世界で上司の持っていた魔王討伐計画書に載っていた最終目標、魔王その人だ。


     ○


 病院ではアルコール中毒の医者がソファーにその巨体を沈めて寝ていた。仕事をしろと全員でたたき起こし少女の治療をさせた。腕はいいのだが職務態度が悪すぎて以前は病院内でも嫌われ異世界からも追い出された。しかし今は頼れる医者はこいつしかないない。

 少女に命はまだあるようだ。怪我もこちらの医療機器なら数週間で感知できると言う。治療後の少女は病院のベッドで静かに息をしていた。

「身元引受人はどうする?」

 面倒な問題だった。そりゃ誰かが世話しなくてはならないだろうが魔王様だ。目覚めたらわがままにあれやこれや命令してくるに違いない。幸いにも魔王と気づいてるのは俺だけだ。ここは誰かに責任を擦り付けて退散しよう。と、思ったがこういうときのトラブル解決は大体ジャンケンで決めるものになっていた。個人のバックボーンを一切無視した強引なやり方だが今の時代ではこれが一番わかりやすかった。そしてわかりやすく俺だけがグーだった。なんでお前たちは打ち合わせたかのようにパーを出すんだ。頭パーどもめ。


     ○


 数週間の後、目覚めた魔王様は意外と大人しかった。俺は魔王様からされる簡潔な質問になんとか伝わるように必死に説明した。というか言葉通じるのね。

 魔王様は俺の下手くそな状況説明を頑張って頭の中でつなぎ合わせているようだった。難しい顔をしている。口ベタでごめんなさい。殺さないでください。せめて半殺しで勘弁してください、ここ病院だし。

 魔王様は熟考し、自分の現状を話し始めた。

「ここはあの新気鋭の軍団、勇者たちの元いた世界に魔王である私が堕とされるとは皮肉なものだな。最後の戦いで私の魔力は尽き、この世界では魔力供給の術もないらしい。畜生以下というわけか。なに、敗北した時点で生きながらえる意味などない。殺してくれ」

 なんでこう、プライドが高い人間って難しく考えすぎるのかな。もっと気楽にジョブチェンジして適度に疲れて帰宅して飲むビールの味を楽しめばいいのに。というような内容を口に出せるわけがなく狼狽するしかなかった。勇者でも倒しきれなかった魔王様を俺みたいなミジンコがどうにかできるわけないでしょ。あ、ミジンコに失礼でしたすみません。

「私の父親は全世界の統治と平和を心から願っていた。種族や価値観の違う生き物たちが平等に共存するためには力による同調圧力しかないと思い至った父は強引なやり方ながらも世界を一つにしようと努力した。頑張りすぎたせいか無理が体に負担をかけすぎてしまっていたのだろう。志半ばで父は倒れ、私が魔王の座に就いた。そこに言葉の力こそ正義と信じる人間たちが反旗を翻したのだ。ならば言葉で私たちを説き伏せればよかろうに。しかし勢力で勝る我々が負けたのは奴らの奇策を見破れなかったから。今頃向こうの世界には新しい平和な世界が築かれているのだろう」

 魔王様はこれまで起こったことを整理するかのように語った。俺には正義って人それぞれなのねとかエラい人も横暴にしているようで実はすっごく悩んでいるのねとか小学生並の感想しかなかった。あ、小学生に失礼でしたすみません。

「幼い私には初めから無理だったのだ。……こんな星は大嫌いだ」

 病院の窓からは夕陽の光が差し込んでいた。それが魔王様の髪を照らし、輪郭をぼやけさせていた。魔王様の肌の透明感の中、頬の赤みが強調された。潤んだ瞳、鼻をすする仕草、溢れる大粒の涙。夢みた世界で一番美しいお姫様が、異世界なんかより幻想的な風景がそこにあった。まあ率直に言うと魔王様がめちゃくちゃ可愛いわけでした。

「泣かないでください」

「泣いてない、たわけ」

 見とれていた。でも、同時に喜ぶ顔が見たいと願望もした。どうにかしなくては。

「あ、えっとその、諦めないでくださいよ。まだどうにかなりますよ」

「嘘を軽々しく言うものは嫌いだ。浅はかな発言はもっとだ。殺すぞ」

 股間がヒュンとした。心臓が止まるかと思いました。しかしここで折れては男が廃るってもだ、てやんでい。どうせ魔王様の涙を見た時点で殺されそうなので口からでまかせ雨あられ、それっぽいことを並べ立てることにした。

「向こうの世界では新勢力が滞在し、対抗策も今は見つからないみたいですし、とりあえずはここでゆっくり計画を練るというのはいかがでしょうか?」

「やつらの奇策と元来の魔力武装に叶う手段がこの世界にはありそうなのか?」

「あー、やっぱ無理かもー……?」

「殺す」

「あーっ! 魔王様の目標は、平和な世界ですよね? じゃあまずこの世界から統治してみましょうよ。魔法とかないし頭いいやつもいないから全然イージーモードですし。俺、一番の下僕になりますから、ね?」

「貴様はこちらの世界での重要人物、もしくはその行動で多大な影響を世界に与えられる者なのか?」

「イエースイエース、インディアンウソツカナイ」

 よくまあでたらめが出てきたもんだ。人生最後に自分を褒めてやりたくなった。しかしこんな嘘が魔王様に通じるわけがないだろう。さあ、焼くなり煮るなり好きにしてちょ。

「よろしい、貴様を私の知将に任命しよう」

 魔王様は微笑した。ラスボスの笑みというよりかは、少女が親にいたずらする計画を思いついたかのような、そんな表情。百万ドルの笑顔なんか敵いっこないぜ。

「では進言してくれ。私はこの世界で何から始めたらいい?」

 俺は返事に詰まった。まずは怪我でも治しましょうとかそんな安易なことを魔王様が受け入れるわけがないで。でもなにか言わなくて。具体的かつわかりやすくビジョンが見える世界征服の企画進行、ってそんなものがあったら今頃億万長者だい。

「あ、アイドル活動とかしてみませんか?」

 何を口走ったのか俺は。最近やっていたアイドル育成ゲームのことを思い出しそんなことを口走っていた。今度こそ殺される。

「なるほど。ところでアイドルとはなんだ?」

 ここから、俺と魔王様の世界侵略が始まった。


     ○


 アイドルとは世界統治者の代名詞だとかなんとか言葉をつないでいたら魔王様は納得してくれた。具体的な活動は公衆の面前で魔王様の世界統治論を語り聴衆から支持を集めるやり方であるとも伝えた。ただ支配構想を伝えるだけでなく音楽にのせて歌って踊ったほうがこの世界の人間は受け入れやすい。そしてドラマに出演したりトーク番組に出たりすることで知名度を広げ理解者を増やすことも付随して説明した。魔王様はできることは最大限努力すると力強く言い放った。

 そこから魔王様ことアイドル・マオの大進撃は凄まじかった。魔王様は元々器用だったためか歌も踊りもあっという間に吸収し上達していった。自分の役割を理解し演じるのもうまく、メディア露出では全くの失敗がなく好印象で人々に知れ渡っていった。魔王様はその美貌に加えて超人めいた能力で群衆を魅了していったのだ。

 俺はプロデューサーのようなマネージャーのような仕事を日々こなした。情報管理の仕事から手に入れた人脈から広告業界にプロモーションし、様々な仕事に魔王様を起用してもらった。この世界には低レベル人間しかいないとは言ったが、それは総合的なことなので、前述の医者のように性格に難ありだが仕事の結果は超一流であることも多かった。

 俺はいろんな人間に頭を下げに回っている途中、あることに気づいた。この低レベル人間たちは本当に不器用なんだと。ただその不器用をうまく扱い、個性を生かすように仕向けたら通常の何倍もいい仕事をしてくれたのだ。自分は器用ではないので骨が折れる交渉にもうまい解決策が思いつくでもなくひたすら粘るしかなかった。ただ、目を見てちゃんと話せば通じることも多かった。元々いた現代人はかなり勿体無いことをしていたんだな。

 全てがうまくいったわけではない。元々俺は何の才能もないのだ。とにかく足を運び口を動かし仕事をもらい、増えていく魔王様のスケジュールを整理して面倒くさい事務作業を処理していった。俺にできるのは誰もが嫌がる雑仕事を身を削ってこなすことくらいだ。幸いなことに情報管理の仕事仲間もこの活動に協力してくれ、いつの間にか魔王様のための事務所ができていた。

 ネットの投稿動画から始まった小さなアイドル活動は、いつの間にか複数の大手企業が完全バックアップの元、全世界同時中継されるくらいの大規模なものに昇華していった。魔王様のことを知らない地球人なんて存在しなくなった。

 そして魔王様は楽曲のサブリミナルメッセージとカリスマ発言で国民の意見を左右するまでになっていった。魔王様が言っていたから、という理由で全員一致の答えになることがほとんどだ。決定意思の自由がないだなんて批難されるかもしれないが、これはこれで争いも起こらずに平和な解決方法なので俺はいいと思っている。昔、王様がいた時代の人間もこんな気分だったのかな。

 俺と魔王様の計画はトントン拍子でうますぎるくらいに進んでいた。魔王様のためにと世界中の人間が頑張って毎日を生きていた。

「問題はこの体制を維持していくことだ。抜かりのないように頼んだぞ、下僕」

「はい、お任せを」

「最初に貴様に会ったときはその怪しげな言動からその素性を疑っていたが、やはり本物の知将であったな」

「俺は、できることを必死にやっているだけです」

「大儀だ。ありがとう。これからも、ずっと私のそばにいてくれ」

 最近の俺の悩みと言えば、忠誠心に勝るこの気持ちだ。そんなもの許されないのはわかっているし納得もしている。アイドルはみんなのもの、魔王様には魔王様の幸せ、俺には下僕としての幸せ。それだけで十分すぎるじゃないか。

 魔王様が俺にだけ見せてくれた表情が何よりの財産だ。ぐへへ。


     ○


 空が光った。雷かと思ったがそれは長い時間継続して光っていた。随分と久しぶりに見る、異世界とこちらの世界をつなぐ白い光であった。

 現れたのは異世界の騎士団、先頭に立つのは勇者。久しぶりの里帰りですか? お疲れさまでした。久々にこっちのビールで乾杯して異世界の愚痴を言い合いましょうぜ。

「魔王はどこだ?」

 勇者は剣先を俺に向けて鋭く言い放った。魔王様は後ろのビルで新曲の収録中デスヨー。でもファンが押し寄せちゃうから秘密デスヨー。

「貴様が魔王一番の配下なのは知っている。そしてこの世界の清き民を下劣な思想に洗脳するとは同じ人間とは思えん。逆賊め!」

 俺はあんたが俺と同じ元現代人だとは思えないよ、毒されすぎだよその口ぶり。

「向こうの世界は平和なんだろ? こっちの世界も滞りなく平和なんだ。お互いに干渉しないほうが利口だと思うぜ」

「黙れ! 民主主義を無視した独裁政治のどこが平和か。人道に反しているのだぞ」

 おいおい、異世界も王様の封建制度じゃなかったかい? と、俺はこいつらの事情を悟った。元々民主的な思想の現代人にあの異世界が馴染めるはずがなかったんだ。

「向こうの王様、殺したのかよ?」

「話し合いに応じなかった。それだけだ」

 何が民主主義だよ。何が言葉の力だよ。それから統制がうまくとれなくなったんだろう?

 人口が増加して資源も不足してきたんだろう? 争いも増え政府みたいなのも機能しなくなっていったんだろう? それでこっちにやってきたと。歴史の教科書みたいな内容だな。

「この世界を奪還する。これは聖戦だ」

「かっちょいい言葉使えば何しても許されると思うなよ」

 さて、とは言えどうしたものか。敵勢力は魔法も使える武装集団×いっぱい。かくいう俺はアイドルを広く知らしめることに情熱を費やす誇り高きおっさんだ。どう考えても勝目ないだろ。

 勝率が一切ないにも関わらず俺は落ち着いていた。この充実感は何かを考えていた。そうか、元・現代人があーだこーだ言って成し得なかった平和な世界を俺たちダメ人間たちがやってのけちゃったじゃないか。散々見下されてきた俺たちが。だったらこいつら倒すのわけねーよな。でも、俺には無理だな。じゃあ後は未来のことだな。俺は未来を信じている。

「悪党を倒すことだけが平和への道のりじゃねーんだよ」

 ただの強がりだが、それだけで俺は前に進めた。俺は今、王女を命懸けで守る勇者になれているのかもしれない。最高にカッコ悪いけどな。

 魔王様、ずっとそばにいれそうにはないです。すみません。殺さないでください。生きてあなたに再び会えそうにはないけども。

 くそったれな人生の最後、ちょっといい思いができて俺は幸せだ。なんだか気分がいいので俺は好きなロックバンドのボーカルが軽快なリズムにあわせて歌うのを真似するように口ずさんでいた。


 こんな星は大嫌いだぜ、全く。

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