第1話「孤独な男、ぬっきー」

夢というのは不思議なものである。自分が正義のヒーローになり悪役を倒すといった、まるで日曜日の朝に放映されている戦隊物のような夢を見たり、夢に出てこなければ思い出すことのなかったような過去の出来事が夢に現れたりする。そのような不思議な体験をすると、懐かしい気持ちになったり、時には高揚的な気持ちになったりするものだ。


ぬっきーは小学6年生の頃、真夏の暑い日差しが照りつけるお昼休みに運動場でドッチボールをしている夢を見ていた。小学生の頃、2時限目の終わりと昼食後の休みは25分間あり、毎日運動場でドッチボールか鬼ごっこをして遊んでいた。メンバーはいつも一緒だ。通学路が同じで一緒に帰っているけんたと、けんたが通っている野球チームのメンバー4人を含めた6人だ。人見知りなぬっきーだが、一緒に遊んでいるうちにいつの間にか仲良くなりいつも笑顔で昼休みに汗を流していた。

ぬっきーは体から流れてくる汗に反応して、目を覚ました。


ぬっきー 「あー、暑いなー」


それもそのはずだ。ぬっきーは布団から起き上がり目覚まし時計を見ると時刻は12時30分を回っていた。

今日は7月10日。7月上旬といえど正午の気温は30度を超えている。


ぬっきー 「もうこんな時間か。そりゃ暑いわな」


ぬっきーは、眠そうな目をこすりながら2階にある自分の部屋をでて、昔ながらの少し急な階段を降りて1階のトイレに行った。トイレを出て薄暗い洗面所で電気もつけずに手を洗う。次に台所へ行き、紙パックのアイスコーヒーをガラスのコップに注ぐ。そして、母がスーパーで買ってきたであろうカレーパンを手に持つ。それから机の上に置いてある、朝に父と母が読んだであろう少し形の崩れた新聞紙を手に持って2階の自分の部屋に戻る。


家には誰もいない。今日は火曜日だ。父は公務員で市役所に勤めているので、平日は朝8時に家を出て大体19時に帰宅する。母は、スーパのパートをしていて夕方までいない。

ぬっきーは部屋に戻るとまず部屋の窓を全開に開けた。そして座椅子に座り、TVのリモコンをつけて昼のワイドショーにチャンネルを合わせた。ワイドショーでは、昨日のサッカー日本代表の試合を取り上げたり、イケメン俳優が結婚して腐女子が騒いでいることなどが取り上げられていた。


ぬっきー「ほんまどうでもいいことで騒いどる」


ぬっきーは毎日変わり映えしないワイドショーに愚痴を言いながら

座椅子の横に置いてある特大ポテトチップスの袋の大きさに近い物をを手に取った。

袋のファスナーを開け、手を袋の中に突っ込むと中に入っているスプーンを取り出す。

そのスプーンで大さじに掬った粉末を1杯、2杯とコーヒーに入れていく。

結果的に5杯の粉末をコーヒーの中に入れた。そしてまるで沸騰してぶくぶく膨れ上がった泡のように、盛り上がったコーヒーの上の粉末を

コップから零さないように丁寧に混ぜ合わせ一口飲んだ。


ぬっきー「やっぱりきなこーひーは最高やな」


粉末の正体はきな粉だ。ぬっきーはアイスコーヒーにきな粉を混ぜた飲み物が大好きだ。この飲み物を「きなこーひー」と呼んでいる。

単にきな粉とコーヒーをくっつけただけだが、自分ではとても良い名前だと思っている。コーヒーをひらがなにした時の柔らかい感じがなんとも気に入っている。

たまに母にその飲み物が何なのか聞かれることがあるが、決して「きなこーひー」とは言わない。自分が可愛らしい名前をつけたことが恥ずかしいからだ。

どうやら、愛知県では喫茶店でモーニングと呼ばれるものがあり、400円ほどのコーヒー料金にサラダやトーストがついてるらしいのだが、そんなものは外道だ。

ぬっきーにはきなこーひー以外考えられない。きな粉に糖分は多分に含まれている。ぬっきーにとってのモーニングがこのきなこーひーなのだ。

というよりそう思い込んできた。いかに一銭も使わずに栄養を摂取するかを突き詰めた結果このきなこーひーという結論に至ったのだ。・・

といったように大好物なので、多い時では1日に4杯飲むこともある。

たくさん飲むので特大サイズのきな粉を2週間に一袋を消費してしまう。なので、母にはきな粉を切らさないように散々お願いしている。

母からは糖尿病になるとたびたび注意されているのだが、そんなことはお構いなしだ。

今が充実しているならそれでいい。それがぬっきーの信条だ。


きなこーひーを半分ほど飲んだところで、ワイドショーからは目をはずし、新聞紙を広げる。

まずは、番組欄を眺める。昼のワイドショー以外はあまりTVを見ることはないので、別に見なくてもあまり問題はないのだが、

ときたまおもしろい番組がやっていたと後で知ることがあるので、それを見逃さないためにとりあえず見ている。

いまどきのハイエンドTVでは全番組録画という録画予約をしなくても全番組録画してくれるという夢のような機能があり、その機能があれば番組表を見る必要がなくなるのだが、そんな大層なTVなどニートのぬっきーに持てる術はない。


次に、新聞紙を裏返し、一面から順番に丁寧に読んでいく。政治には割と興味がある。

というのもネットでは極端な意見が溢れかえっている。そのような意見に振り回されないために1次情報に近い情報を得るようにしているのだ。

まあ、新聞でも新聞社ごとに右寄りや左寄りの立場が別れてたりする。本当は5社ぐらいの新聞を俯瞰的にみるのが一番いいのだがとは思っているが

そこまでするのは大変だ。政治面をめくり、経済面、地方面を読む。

1時間ほどかけて新聞全面を読み終える頃には、きなこーひーは空になっていた。


ぬっきー「よし、今日はなにやろっかなー」


時刻は、1時半を回っていた。

昼ごろに起きて、母の買ってきたパンと自家製のきなこーひーを、ワイドショーと新聞を見つつ嗜む。

このルーティンをこなしてぬっきーの一日が始まる。この生活をかれこれ6年続けている。


今から何をしようか考えていると、外で何やら子どもたちの騒ぎ声が聞こえる。窓の外を見てみると小学1・2年生ほどの子供4人が石蹴りをしながら楽しそうに帰宅の足についている。

ぬっきーの家に面した道路は通学路になっており、毎日この時間になると、給食を食べ掃除をしてきて帰る小学生たちがこの道を通るのだ。


「あー俺にもこんな時代があったんよなー」


小学生の頃、けんたと一緒に石蹴りをしながらこの道を毎日帰宅してる情景が思い出される。

あの頃はよかった。毎日学校に行って友達と話して勉強して帰る。


「あの頃は楽しかった、まあ過去には戻れん」


ぬっきーはそう言って過去を思い出すのをやめた。


ぬっきーは現在24歳だ。

小中と地元の学校に通ってきた。

高校の頃はPCに興味があったため高等専修学校に行った。高校入学当時は将来システムエンジニアになろうとしていたが、

ネットの掲示板である2ちゃんねるではシステムエンジニアはブラックというスレがいくつも立っていてそのような過酷な労働環境の元で働こうという気にはなれなかった。

高校卒業後、コンビニやお弁当屋さんのアルバイトをしてはみたもののどちらも3ヶ月と続かなかった。

ぬっきーには働く意味がわからなかった。当然お金を貰えるのは嬉しいが、長い時間拘束されてお客からのクレームで嫌な気持ちになったりするのが耐え切れなかった。

そんなことをするぐらいならお金がなくても家に引きこもりゲームをしてたほうが幾分か楽しい人生を送れる。そういう考えだった。

それに加えて、当たり前のように大学に行って、企業に就職し、上司に頭を下げながら社畜のように毎日朝から晩まで仕事をするという、

現代の日本の風習にとても嫌悪感を抱いていた。そういう反発心も多少なりともニートになった要因ではある。


ぬっきーは、そのようにしてニートになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

他称34歳ニートと自称22歳のキャバ嬢がニコ生で出会った奇跡の物語 @white-black

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ