ココロの発明

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

     ○


 それは人類に訪れるかもしれない未来。科学技術は進み、優れた人工知能を備えたロボットが人間に代わり仕事をし、人間は特に知能も労力も必要とせず生きていける時代になった。そんな中、世界中で『心を失くす病気』が流行りだし、人類滅亡とまで言われるほどの問題になっている。


     ○


 私は今日も仕事をする。仕事とは博士の助手をすることだ。博士は『心を失くす病気』の早期解決に向けて日々研究に励んでいる。しかし私にはおもちゃや古いガラクタで遊んでいるようにしか見えない。なので私の仕事はもっぱら散らかっている部屋を片付けて博士に激励を飛ばすことなのだ。

 骨董品にと古書に囲まれた、薄黄色い照明の部屋で、博士は机上に散らばった小物を並べたりぶつけたりしている。私には理解できない。

「あー、また失敗かあ」

「博士は心のメカニズムの研究をしているはずなのに、何ですか最近こんなお遊びばかり」

「お遊びじゃないよ。ルーブ・ゴールドバーグ・マシン。日本ではピタゴラ装置と呼んだほうが馴染み深いだろうけど」

 博士は気だるそうに返事をする。目の前のピタゴラ装置とやらに夢中だ。

「それが研究となんの関係が?」

「いいかい? これはありふれた日用品が普段使われるその目的とは違う動きをし、その連鎖性と機能美、そして見事なアイディアに人々は感心するわけだ」

 このお遊びにそこまでの要素があるのだろうか。

「今の人工知能は人間に簡単にチェスで勝てるし大学の入試問題だって解ける。人間の口語で伝えられる内容もほぼ完璧に理解し忠実に仕事を完遂してくれる。だが、そこまでなんだ。自分で考えを持ち独自のユーモアを発揮することはまだできない。本当に心を宿したロボットならこの目の前のガラクタを使ってピタゴラ装置を完成させることができるはずなんだ」

「心を創造する過程から解決要素を見つけ出す博士のやり方には賛同します。しかし博士のこの行動は単に研究がうまくいかないことからの逃避でしかありません」

 博士はドミノ倒しとミニチュアの車、それに支点が付け加えられたスプーンとその上に乗せられたボールを連続させた動きにしようと何度も試みていたが、結局は失敗に終わっていた。

「何度やっても失敗ですよ。さあ研究に戻ってください」

 私は今朝郵便受けに届けられていた書類を整理し、重要で優先度の高いものから上に配置した紙の束を博士の目の前に突き出した。こういう合理的な作業は大好きだ。博士の遠回りで埒があかないような行為は理解し難い。

「じゃあ代わりに君がこれをやってみてよ」

 博士は他人に責任へ擦り付けるような、そんないじわるなことを私に言った。

「私が、ピタゴラ装置を?」

「そう。ちなみに僕とは違うやり方でね」

「無理ですよ。だって私、凡庸な人工知能ですから」

 人口知能の進化は上昇しかなく、仕事の処理能力は人間をも超えるケースもある。しかしそれらは限定された環境と条件が定義づけられているから選択と効率化を計算すればいいのであって、このような無制限で自由すぎる課題、芸術等それらの創造はまだまだ実行できるレベルではないのだ。それっぽいことをできる人口知能もあるが、結局は過去のデータベースにあるものをランダムに組み合わせ無理のないように調整した、人間的感性から言わせれば失敗はしていないが面白くもなんともない代物なのだ。

「君には可能性を感じてるんだ。驚異的な学習アルゴリズムによってフレーム問題を解消できたんだから。きっとただのプログラムの積み重ねではなく、思考回路が形成され自我が確立されてるはずだ」

 調子の良いことを言って私をその気にさせる手口は博士のいつもの習慣だった。褒められると嬉しくなるのが人間らしさと、いつの間にか自分で自分にそうプログラムさせてしまったので、そんなこと言われると体内の電気量がちょっと多めに流れて放熱量が少し上がり口角がほんのちょっとだけ上がってしまう。人間というのは効率的でない。

 博士は向かい合わせで私が渡した書類をパラパラとめくり、私は椅子に座り机の上に無造作に散らばる日用品たちを見つめながら、ピタゴラ装置の全体図を模索していた。なんだかいつもと逆の感じだ。

「悩んでいるようだね。そういうときはとりあえず手を動かしてごらん。誰かの情報より君自身が経験から得た知識はとっても有力なんだ」

 それは一理あると思い、私は車を転がしたりドミノを倒したりした。スプーンやフォークをそれぞれが支えそれぞれが支えられている組み方をし、一点でも力を加えられると形を崩壊させるシステムを発見した。このユニットは使えるかもしれない。

 私は作業をしながら、最近本を読んで思いついた疑問を博士に投げてみた。

「ねえ、博士。本当に心を宿したロボットが生まれたらどうなると思います?」

「そうだなあ。きっと人類はいらない存在になってしまうんだろうなあ」

 博士は書類には飽きたのか、後ろの本棚で読みかけであったのだろう専門書に目を通している。

「私は、そのロボットは自殺すると思います」

「ロボットが自殺を?」

「だって心は人なのに体はロボット、感情で人を好きになってしまうのに半永久的に長らえる体のせいで別れと寂しさを免れることができません。そのジレンマに耐えられないなら先に自らの破滅を選択するんじゃないかと」

「なかなかロマンチックな例えじゃないか」

「博士の教育のせいです」

 博士は人間とは何か、人間らしさなどを直接は教えてくれなかった。そんなことはマザーコンピューターの最新情報管理データベースにアクセスすれば星の数ほどの電子書籍や研究論文などから推測できる。むしろ博士はアナログなハードカバーの絵本や小説、街に連れて行かれては色々な人間と会話をさせられたり、はたまた部屋の骨董品を見せられそれがなんのための道具かを一切のヒントなしで考えさせられたりなど、それが博士の教育だった。

 初期状態から市場に出回っているオペレーティングシステムをインストールすればすぐにできることなのに博士はわざわざこんな方法をとった。おかげで私は他の人工知能にはあまりない『ユニーク』というものがあるらしい。

「僕はこうも思うんだ。心をもったロボットが生まれ、人間は心を失って消えていく。これは仕組まれた世代の交代じゃないのかって。かつて恐竜が地球上に多く繁殖しそして絶滅したように、とても大きな力で時代は変えられていく。そして僕もその力に逆らえないみたいだ」

 博士は自分の幼少時代でも思い出すかのような、そんな口調で地球の歴史を語る。いつもだったらおどけたりふざけてみたりするのに、今日はちょっと様子が違うのだ。

「ハル、僕も心を失くす病気になってしまったみたいだ」

 私の思考は一瞬だけど停止した。博士の発言は別に特別でもなく人間であったら誰でも可能性のあることを示していた。けれど人間らしさがこびりついてしまった私の電子回路は他のそれとは違い、動揺というエラーを発生させた。

「まだ初期症状だけど。感情とか意欲とか呼ばれるものがどうも最近薄れがちだ。まるで作業のように毎日を生きているようで。このままだと思考を停止して最低限の食事と睡眠しかできなくなるだろう」

「じゃあこのピタゴラ装置は?」

「自分にまだ人間らしさが残っているのかを確かめたくて。でも途中で行動の意義を見失ってしまう。昔はあんなに楽しめてできたことなのに」

「私のことは、どう思ってますか?」

 深刻な話の最中なのに何故そんなことを聞いてしまったのか。私は放熱量が上がるのを実感した。博士はそれまで硬くなっていた表情を崩し、軽く笑った。

「大丈夫、最高のパートナーだと思っている。これは今でも確かな気持ちだ」

 私の胸中に安堵感と、小説でよく使われる『胸が締め付けられるような気持ち』が占めた。後者にはまだ具体的な名前はつけないでおくとしよう。

「私もです。でもこんな処理しきれないものを抱えたままあなたが離れていってしまうのは悲しいです」

「僕もだ。唯一の人間らしいこの気持ちも消えていくと思うとつらいよ」

「自らを消してしまう以外に、報われる方法はあるのでしょうか?」

 多くのロボットは自分の思考処理スペックをオーバーする事柄にぶち当たると自らを停止させることを選ぶ。それは物理的な問題なのか、それともそれが最善だと判断したからなのか。

「とても大事にしたいその瞬間を永遠にできるなら、僕はその先を消しても構わない」

 でも私はそれを選べない。だって私は、人間になりたいから。

「そんなの嫌です!」

 声を荒げて、立ち上がるだなんて今までの私でもしたことがなかった。おかげで手元で作り途中になっていたピタゴラ装置は見るも無残にバラバラになっていた。

「あ、またやり直しだね」

 博士は幼少の、よく失敗を繰り返していた私にそう声をかけた。怒りも、叱りもせず、いつもの声のトーンで。もし私が人間だったとしても、博士は同じような態度だったのだろうか。

「もう一度やってみます」

「やる気になってきたね」

「何度でも挑戦してみせます。ずっと、成功するでは」

「君がフレーム問題を乗り越えられたのは、そのポテンシャルの高さのおかげかな」

「心を失くす病気の治療法は簡単には開発できません。けれど私の心と体はそのためにあるんだとわかりました。待っていてください。きっとあなたを取り戻してみせますから」

「ありがとう。永い夢の中で待っているよ」

 私は今日も仕事をする。大好きな博士に見守られながら。


     ○


 数年後、博士は『心を失くす病気』を本格的に発症した。起きても椅子に座って窓の外を一日中眺め、与えられた食事を摂取し決まった時間になったら就寝する。私はそんな博士の世話をしつつ病気の研究とピタゴラ装置製作に毎日を費やした。言葉をかけても博士はもう返事をしなかった。

 心を失う病気とはそういうもので、人間は植物のように退化するのだった。やがて世界中ではそんな人間とプログラムされた通りに世話をするロボットで溢れていった。それでも私は研究を続けたのだった。


     ○


 何百年かが過ぎ、子孫を残せなくなった人類はあっさり自然と消滅した。マスターを失ったロボットたちは自律稼働することなくスリープモードに入り、次々と永遠に沈黙していくのが確認できた。誰もいなくなった地球で、私ははようやく研究の穴に気づけたのだった。一人ぼっちで、誰とも関係性がなければ心は生まれないのだと。


     ○


 ある朝、私はついにピタゴラ装置を完成させた。そしてピタゴラ装置が成功したら自身の電源が自動的に切れるように設定した。博士の宿題を終えても、もう褒めてくれる人はいないのだから。

 準備された装置を前にふと博士と過ごした日々を思い出す。それは博士が自分に希望を見出し、生涯の研究を授けたときのことを。まるで夢のよう、これからは永い夢の中で会えるのだ。

 私は臆することなくビー玉を転がした。装置は連動し、動いていく。そして最後、ハートのエースが描かれたトランプが起き上がった。発明の大成功を私は見届けた。

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