マシンナリー・ガールズ

小海 淳

セイム・オールド・モーニング

——アシュマドールの場合


 いつも通りの朝、いつも通りの教室。いい加減、うんざりするような毎日が続く。だけどそれが学生ってものだし、私たちには変えようもない。教室にデカい隕石でも降ってこない限り、明日も同じ一日が続くんだろう。

「ねえ、何か面白いことない?」

 私がそう言うと、隣の席のグハルドラルが両目を閉じた半休眠状態のまま、首を静かに横に振った。毎朝こんなやりとりをしてるけど、彼女が首を縦に振るのを見たことがない。もしかして、首の可動域が横方向しかないんじゃないかしら。

 そんなことを考えていると、彼女は私の思考をトレースしたみたいに、左目だけパチンと開けて首を後ろに仰け反らせた。

「キュ……そんなに変化が欲しかったら、エンケラドスでも行ってきたらいいじゃない、アシュ」

 話す前にキュッと変な音を出すのは、彼女の生まれながらの癖らしい。きっと、声帯に虫でも入ってるんだろう。私は口からシューッと息を吐いて、呼吸器に溜まった塵とか煤とかを外へ出した。つまり、オエーッてことだ。

「やめてよ。あんなとこ行ったら、私なんかバラバラにされちゃうわよ」

 私は憤慨して言った。エンケラドスというのは、ここらで一番治安が悪い区域だ。盗賊バンディットたちの住処になっているという噂もある。私みたいな可憐な子が1マイクロミリメートルでも侵入したら、たちまち身ぐるみ剥がされてしまうだろう。それどころか、文字通り解体されて売られてしまうかもしれない。

 戦争はとっくに終わったというのに、世相は悪くなるばかりだ。昔の人は政府の転覆とか色々やっていたみたいだけど、私たち若者にはそんな気力も馬力もない。

「あ、そうだ。帰りにアイス補給してかない? 最近温度高いし」

 私の提案に、グハルはまた首を横に振った。

「ちゃんとクーラーの掃除しないからでしょ。私は全然問題ないわよ」

 付き合いの悪いやつめ。私だって、掃除ぐらいちゃんとやっている。だけど、どうも私は発熱量が人より多いみたいで、冷却が間に合わないのだ。もっといいクーラーに買い替えないと……ああ、また資金が足りなくなっちゃう。

 繰り返し溜め息をついていると、教室の外でガチガチと音がした。

「おはよー、アシュ、グハル!」

 朗らかに挨拶して教室に駆け込んできたのは、ダヌハウビストキンだった。歩くたびガチガチ音がするのは、彼女があんまりいいとこの生まれじゃなくて、骨格が少し歪んでいるせいだ。けれどそんなことは本人も、私たちも気にしていない。彼女はとてもいい子なんだから、それが全てだ。

「ちょっと、ダヌハ、あんた、その格好でここまで来たの?」

 グハルドラルがあきれた声で指摘すると、ダヌハウビストキンは慌てて自分の体をまさぐった。

「えっ!? なんか変?」と、ダヌハ。

 私も遅れて気がついた。

「背中。フック外れてぶら下がってるよ」

 そう教えてあげると、ダヌハはたははと苦笑いしながら背中に手を回して、外れていたフックをカチリと戻し、半ば露になっていた胸部のカバーを再装着した。私だったら恥ずかしくてオーバーヒートしてしまいそうな状態だったのに、彼女はまるで気にしていないようだった。

「これでよし、と。あ、そういえば二人、バスラフスマラスの新しいスカート、見た?」

 ダヌハの問いかけに、私とグハルは揃って首を横に振った。

「すごいよ、最新のモードだって。あたし、見た目のことはよく分かんないけど、キラキラしてキュッとしてて、思わず見とれちゃった」

 ダヌハの口振りは本当によく分かっていない感じで、私たちは思わずシュッと吹き出してしまった。装備のファッション性にはとことん興味がないらしい。

「あの子は大きい工場の娘だから、いいものが回ってくんのよ。どうせEMコートとかRADRシールとか、手当たり次第詰め込んだ成金仕様でしょ。私たち貧乏人は、ありあわせのジャンクでリファインするのが精一杯だってのに」

 グハルは嫉妬心を丸出しにして言った。でも、彼女の言う通りだ。

「まーね……せめてロジックの更新ぐらい平等にしてほしいよね。同じ学園の生徒なんだからさ。襲われたりして傷物になっちゃったら誰が責任取ってくれんのって感じ」

 私の呟きに、二人はグイングインとうなづいた。

「おい、お前ら! いつまでダベってんだ。もうチャイム鳴ってるぞ」

 教壇から響いてきた怒鳴り声に、私たちは慌てて自分の定位置に移動した。音声の主、ビジュルマガン先生は鏡面仕上げのツルッとした頭を神経質そうな手つきでなで上げ(彼の気持ちわるい癖だ)、ガフンとわざとらしい音を立てて排気した。

「諸君は少したるんどるようだ。毎日が同じ繰り返しだからといって、気を抜いてはならん。我々には崇高な使命があるのだ。そのために、日々精進していかなくてはならん」

 また、ビジュルマガンの演説が始まった。毎日毎日よくやるよ、とあきれていると、背後からカンカンと私の頭部を叩くものがあった。後ろの席のダヌハだ。

「……ショージン、ってどういう意味?」

「えっと、努力するってこと」

 小声で答えてやると、ダヌハは頭をカリカリ言わせながら何度もうなづいた。

「そこ! まだくっちゃべってるのか。まったく、βテストからやり直したらどうだ?」

 ビジュルマガンが私たちをポインティングして言うと、教室にドゥッと笑いの波が起きた。ビジュルマガンにうまいこと言わせてしまうなんて、無性にくやしい! ビジュルマガンは満足げにまた排気して、演説を続けた。

「……だからこそ、我々はいつか人類が再び太陽系に帰還するまでの間、この宙域を安全に確保していなくてはならんのだ。何千年でも。何万年でも。何億年でも。少なくとも、太陽が消滅するまでの間は。それが我々に与えられた至上命令であり、盗賊どものように自我に固執して目的を見失うような、大いなるロジックに矛盾を生じさせるようなことはあってはならんのだ」

 ハーイ、と生徒たちのまばらな合唱が教室に響く。私は密かに顎のクラッチを外して口を大きく開き、ギア部分に溜まっていた微かな金属塵を排除した。その小さな振動は、フアアと気の抜けた音になって、顎から頭部全体に伝わって消えた。私がこの358年の間に学習してきたデータの蓄積によると、この動作は有機生命体でいうところの「あくび」という生理現象に酷似しているはずだ。彼らは、もう、いないけれど。

 変わらない毎日が続くってのも、そう悪いもんじゃないのかもしれない。

「アシュマドール、音声が発振されてないぞ。先生にはお見通しだからな」

「はーいィ!」

 やけくそみたいな音量で怒鳴り返してやると、ビジュルマガンは驚いたように左右のカメラアイをパチクリさせて、頸部に六つ並んだ排気口をしゅんと閉じた。


(おわり)

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